第六章 異世界での暮らし 3
お世話になっているサメオさん。
「今日はお前らにちょっと話があってなー。悪いんだけどもさ、管理室行く前に俺の部屋来てくれる?」
「あ、はい」
じゃ、ヨロスィクーと軽いノリでそれだけ告げるとサメオさんは周りの女の子たちにちょっかい出しながら食堂から出て行った。
最近かなり忙しいようで、食事は自室で仕事片手に取っているらしい。それでも夜はオネエチャンのいる店に僕らを誘うのだから凄いっちゃぁ凄い。
「なんやろな、話って」
「さぁな。行ったらわかるんちゃう?」
モリヤの疑問にそっけなく返し、食べ終わった食器を重ねて席を立つツネさん。相変わらず周りに自分を合わせない人だな。共同生活をしているとよくわかる。別に女子中高生じゃないんだから、つるむつもりもないんだけど。
「アスール、何か思い当たる?」
「うーん…。あるにはあるけど、ちょっとコレは軍事部以外には口止めされてるし」
ここではね。と肩をすくめ、アスールも立ち上がった。
「あれ、もう行くの?」
「うん。今日朝イチで会議あるの。めんどくさいけど、あの人が睨んでるから早く行くね」
彼がそっと伺っているその先には、待ちくたびれているような睨んでいるような、いや、確実にこちらを睨んでいるジュウザの姿が。口だけで「早くしろ」とアスールに告げると身を翻してスタスタと行ってしまった。
「じっジュウザさぁんっ!」
情けない声をあげてアスールが慌しく食器を片付ける。
ジュウザの去った方向ばかりを気にして食器を見ずに重ねようとしているため、周りに残り物が飛び散り酷い状況だ。
「いいよ、そのままで。僕やっとくし」
「ありがとう、唇キム!愛してるよっ!」
あまりにも焦っているアスールが可哀相で助け舟を出したが、辞めておけばよかった。男に愛してると叫ばれたところで嬉しくもなんとも思わないし、この変な色を含んだ視線を僕にどうしろというのか。
「お前ら、やっぱり…!」
「やめてー」
どこかの少女漫画の婦人と呼ばれる先輩のように、小指を立てた手を口元に当てて大げさに仰け反るモリヤ。あなた、こういうネタ好きよね。
「早く食べてよ。もう時間になるよ」
「お、スマンスマン」
僕の差し出した時計を見て遊んでる余裕がないことに気付いたモリヤがガツガツと見事な食べっぷりを見せる。さすがは元球児。気持ちの良い食べっぷりだ。作った人もさぞや喜ぶだろう。
「ごふっ!」
と思っていたら、あらら喉つまったの?パンまでかっ込むからいけないんだよ。
仕方ない。目の前で苦しんでいる友人のため、ミルクを貰いに行こうと椅子を引く。でも立ち上がることはできなかった。
「こ、これどうぞ!」
見知らぬメイドさんがモリヤにミルクを差し出していたからだ。
うーん、モリヤセンスでいけば80点といったところかな。もう少しツリ目なほうがきっと彼好みだ。
胸元をドンドン叩きながらも、片手を伸ばしてそれを受け取り、生理的な涙をうっすらと蓄えている目だけで礼をするモリヤ。
なんでかな。どうしてなんだろう。
「ぷはーっ!生き返った。サンキューな」
空になったコップを受け取ったメイドさんは顔を真っ赤にして「い、いえ、どう、どういたませてし!」なんて意味不明な言葉を吐いて脱兎のごとく去っていった。
「なにそれ」
僕が言うのは彼女の去り際の言葉のことじゃない。
「さぁ〜な」
なんていいながらも、ニヤニヤとその子の後ろ姿を見送るモリヤ。最近の彼にはこういう出来事が多い。それはあのメイドさんに限ったことじゃなくて、けっこう多くの子から。なんか、ちょっと悔しいと思ってしまう。
「はいはい、お二人さん!早くしてくれないと片付かないんだけど?」
食堂の女将さんスタイルのエリがパンパンと手を叩きながらやってきた。周りを見て気付いたのだが、食べてるの僕ら、いやモリヤだけだ。まだ食堂に人はいるものの、ほとんどが食器を下げている途中だったり、食後のお茶タイムだったりで、しっかりとトレイを抱え込んでいるのは見事に僕らだけだった。
ウラコと王女も気付けばもういない。
「すまん、って、お前また自分で前髪切った?」
「おい、今更か?誰が今日アンタを起こしたんだよ」
「いや、その時はまだ頭働いとらんかったし。今気付いた」
僕も今気付いた。最も、僕の場合はモリヤと違って今日初めて近くで顔をみるので仕方ないことだと思う。
そういえば昨晩「前髪が鬱陶しい。」とぼやいていた。せっかく不ぞろいの前髪が伸びてきてまともなソレになってきていたのに、この子はまた自分でザクザクと切り落としてしまったらしい。見事にガッタガタ。
「ほらほら、トレイ上げて。テーブル拭くんだから」
本人はそんな前髪のことは気にしていないらしい。むしろ視界を遮るものがなくなり満足しているような、そんなカオだ。
急かされるままにトレイを上げ、そのまま席を立つ。モリヤもさっきの掻き込みでもう食事を終えていたし、これ以上座っている理由もなくなったからだ。
フと振り返りエリを見た。忙しそうにテーブルを拭いている彼女の横顔からは何も読み取ることはできなかった。
「いくぞ、キム」
「あぁ、うん」
少し意識を残しながら、しかしもう就業の時間まで間もないので僕はトレイを厨房に返し、モリヤと共に食堂を出た。