第六章 異世界での暮らし 2
オテンバで破天荒な王女にも3ヶ月で慣れました。
「はよ」
「あ、ツネさん。おはようっす」
「はおー、ツネツネ」
彼はアスールの奇妙な呼び名に突っ込めないほど頭が働いていないらしい。いまだに眠たそうなツネさんはあくびをかみ殺しながら僕の対面に座った。「朝から食べる気せぇへんわー」とブツブツ文句を言いながらスープを恨めしそうに掬っては戻し掬っては戻ししている。
「あれ、モリヤンヤンヤンは?」
「知らん。エリたんが起こしてる声だけ聞こえた」
「アイツの起こし方には憎しみこもってますよね」
何故彼女の起こし方には憎しみがこもっているのか。
答えは簡単で、自分もまだ眠たいからだ。彼女は僕らよりも何時間も早く起き、仕事に取り掛かっている。そしてその眠気を僕らを起こすときの怒号に変え憂さ晴らしをしているのだ。
最初は彼女の怒りの鉄拳で目覚めていた僕とツネさんも、最近では彼女が来る前に目覚めることができるようになった。
ただモリヤだけは相変わらずで、今日もきっと良いパンチをお見舞いされたことだろう。
「ウラコ、君もここで食べよう。で、聞かせてくれ。あれから小林少年はどうなったのだ?」
「王女、食事の席でのお喋りはお行儀悪いですよ。メッ」
「ケチー。気になってご飯も喉を通らないぞ」
王女のお付きのメイドにはウラコが選ばれた。
最初は戸惑っていた彼女だが、まるで二人は姉妹のようで、お似合いだと僕は思っている。
ウラコは王女に僕らのやっていたお芝居の話を聞かせてあげているようだ。うまいこと考えたものだなぁ。
そして、僕らは国の徴兵制度に則り一応国軍の兵士として働いている。さすがに戦いには出られないので僕らの所属は軍備品管理班という、いわば軍の雑用係だ。
先ほど話題に上ったエリはというと、今は軍用メガロの整備補佐プラス朝食当番という職で落ち着いている。ここに来るまで、まぁイロイロとあったワケなんだけれども…
「お、おはぁぁぅぇ…」
口をつくあくびを止める気もなくモリヤが登場。その後ろについてきていたらしいエリは既に厨房の方へ移動している。
「おはよう、ヤンヤン」
「それもう誰だかわからんやん。はぁぁぇぁぅ。眠た」
基本ツッコミのモリヤ先生。寝ぼけていてもそれは忘れないらしい。
「今日はどこにもろたん?」
ようやく手を付け始めたスープを飲みながらツネさんが尋ねた。
「今日はデコピンと言う名のアイアンクローでした」
「名前と技が合ってないやん!」
整備補佐の仕事柄腕力がついてきたらしく、最近のお仕置きは専らアイアンクローだ。これが馬鹿にできないくらい痛い。
そっと厨房のエリを伺うと、サメオさんのトレイに食事を盛りながら何か話している最中だった。
エリと目が合い、手を振られる。手、というか手にもった御玉というか。サメオさんも気付いて僕らに向かって片手を上げた。
彼は僕らの班の上司であり、なおかつエリの師匠でもある。
実は、エリは最初城内メイドの職を与えられたのだが、その仕事が自分に合ってないのではないかといつも悩んでいたのだ。
他人の僕からみても、恐らくはツネさんやモリヤ、ウラコからみてもメイドという職はエリには向いていない。なぜなら彼女は恐ろしく片付けが下手なのだ。いや、片付けに限らず料理以外の家事全般といったところか。
サバサバした性格なので僕らも彼女の性別を意識することなく接することができているのだが、いざ女としての職を与えられてそれがガサツという形で現れるとは、なんだか可哀相でもあった。
毎晩毎晩人一倍時間をかけて片付け終わった食堂でため息をついていたエリを拾ったのが、他でもないサメオさんなのである。
食堂で顔見知りになった彼に悩みを打ち明けたところ、じゃぁ整備でもやってみるか、という話になったのだそうだ。そしてサメオさんが上に掛け合ってくれ、人手が足りない朝食の支度もするというのならということで、エリが整備補佐に回ることが受諾されたのだった。
サメオさんは備品整理班とメガロ整備を掛け持ちしながら、プライベートな時間を割いてエリに整備のことを教えてくれている。僕らも仕事では大変彼にお世話になっており、本来ならば頭も上がらない思いなのだが、
「よぅ、お前ら。今日仕事終わったらおネェちゃんのいる店行くぞー。ガールハンターサメオの勇姿を見せてやろうかーっ!」
と腰をグラインドさせながら近づいてくる彼を見ると、感謝の気持ちが沸いてこないのがとても不思議だ。
サメオさんは仕事の顔、プライベートな顔をしっかり切り替えができる人で、それを表すこんなエピソードがある。
サメオさんのいるワーハウス―これはメガロ用の倉庫なのだが、初めの一ヶ月くらいかな、そこからよく怒鳴り声が聞こえてきた。怒鳴られているのはエリだった。やはり、兵器を扱っているということでかなり危険なことが多いらしい。あのサメオさんが怒鳴るってことは命に関わることしかないと僕は思っている。
サメオさんに怒鳴られた日、エリは決まって食堂で甘いお茶を飲んだ。僕らと他愛のない話をしているときは笑ったり下ネタ言ったりしているけれど、やっぱり完全には立ち直れないようで、会話が止まったときにふとため息をこぼす。
するとサメオさんがやってきて、昼に怒鳴ったことを謝るでもなく、説教を加えるでもなく、いつもの調子で「どうした、エリー。誰に怒られたんだ?ん?お兄さんに言ってごらん」と声をかけたのだ。
初めはキョトンとしていたエリも、サメオさんの思いに気付いたのか「サメオっていう若作りのオッサンに怒られた」と、サメオさん相手にサメオさんのグチを言い始めた。「可哀相になー。でも34歳におっさんはちょっと…。なぜか俺が悲しくなる」ハァーッとため息をつきながらわざとらしく額に手をやり、チラリとエリをそして僕らを覗き見る。
その様子に、誰ともいわずにブッと噴出しはじめた。それを合図にしたかのように、笑いは僕らの間にどんどん伝染し、サメオさんは更に笑いを提供し始める。自分の過去の失敗話、オンナとの話、その他諸々。
そして、誰かがお茶のオカワリを言い出す頃にはエリもだいぶ立ち直っていてケラケラ笑いながらサメオさんをいじりまくっていた。
僕らの中の誰が落ち込んでいても、サメオさんは同じように手を貸してくれた。
時には厳しい意見もあるけれど、彼に言われる言葉はなぜか自然と受け入れられた。締めるところは締めるし緩めるところは緩める。そういうメリハリがついていて、そして落ち込んだ部下のフォローも忘れない。そういう上司だからこそ僕らも、そしてワーハウスの皆も彼を親方と慕っているのだと僕は思う。
僕は最近気付いたんだけど、この雰囲気はあの人に似ている。だからエリもサメオさんといると楽しそうにするんじゃないかな。