第五章 太陽と花と水の国 6
とりあえず、食料とお土産を確保できました。By食べ物班
モリヤがキャンプ地と定めたポイントへ戻るとウラコが火に薪をくべておりエリはその傍でなにやらしきりに石を地面に叩きつけていた。
「…エリたん何してんのん?」
あまりにもデンジャラスなエリの様子にツネさんが引き気味に声を掛ける。その声で僕らが戻っていることに気付いた二人がタイミングを同じくしてバッと立ち上がった。
「あ、あのね、湖の水、結構キレイでさ。そのまま飲んでも大丈夫だったの」
ヘヘヘと取り繕いながらエリが言った。
ということは、この子たちは飲み物を確保するということをさほど労力を使わずして完了させたということになる。
「なんやねん、それー。ズルイんちゃうん!?」
やっぱりツネさんが噛み付いた。
「悪いと思ってるよー!それで二人で交互にちょっと林の入り口あたりを探索してさ、薪ひろったりしてたんだよ」
ねー。とエリがウラコに同意を促す。しかし、彼女の目はエリを見ていない。ツネさんの胴のちょっと右側を凝視し、そしてその目には少し恐怖が混じっている。…あ。
「つ、ツネさん、何、持っとんの…」
思い出した。彼のお土産。
ふと自分の右腕に目をやり、それからウラコをみてエリをみて彼はそれはそれは楽しそうにニコッと笑った。
僕とモリヤは頭を抱える。
「ご褒美やで、頑張った二人への。ほぅ〜ら」
ゆっくりとヘビの巻きついた右腕を前へ出す。丁度二人の顔面にヘビの頭が来るように軽く持ち直しながら。
その腕が完全に肩と平行になる前にウラコは言葉に表せないような叫び声をあげて逃げ出した。
「何考えとるんよ!バカバカバカッ!」
と叫びながら、火の明かりがギリギリ届くあたりの所まで避難している。
そのウラコの反応に気をよくしたツネさんがもう一人の悲鳴を聞こうと、揺らしながらエリの目の前にズイとヘビを差し出した。あと少しでヘビとエリがキスしてしまいそうなくらい、その距離は近い。
しかし、僕の記憶が正しければ…
「うっはぁぁぁ!かわいい〜!!!!!」
エリはツネさんの腕ごとヘビを自分の方へ寄せた。予想外の反応にツネさんは戸惑っている。
「あいつ、ヘビ好きやんなぁ」
「あー、爬虫類好きとかって前言ってたよな」
そう。エリにとってヘビとは恐怖の対象ではなく、むしろ愛玩すべき存在。「社会人になったらボールパイソン飼う!」と嬉々として語っていたのを思い出した。エリの彼氏であるサイチさんは、そんな彼女を止めるでもなく引くでもなく、むしろ「ボア・パイソンはハンドリングできるしな!」とマニアックに賛同していた。彼もまたヘビの好きな男だったのだ。
結局、ツネさんのヘビ爆弾はウラコにダメージを与え、エリのHPを回復し、そして逆にツネさん自信にもダメージを与えて終わった。そして渦中にいたヘビはエリが別れを惜しみながら林へ帰した。
それから、僕がみつけたリンゴもどきを5人でなんとか分けて腹に収めた。
エリが行っていたデンジャラスな行為の訳は“石器作り”だった。石と石をぶつけて、割れた破片で簡易ナイフを作ろうとしていたらしい。
「これがまだソレっぽいかなー」
と彼女から渡された石の欠片はナイフというにはまだ厚みがあったが、リンゴ程度の固さのものを切るには不都合はなかった。さすがに包丁のようにスコッと小気味良くは切れなかったが、調理場勤務経験のあるモリヤ先生の豪腕でズ…ズ…ズゴッとどうにか切り分けることができた。
皮をむくなんていうお行儀のいいことはせず、皆皮付きのままリンゴのような果実に食らいつき、数時間ぶりに空腹感を忘れることができたのだった。
やがて、太陽が完全に沈み辺りに闇が漂い始めた。
パチパチと炎の中ではじける木の音だけが聞こえる。誰も、なにも話さない。ただ、炎を見つめていた。
皆、何を思っているのだろう。これからの僕らのことだろうか。もしくは離れてしまった仲間のことだろうか。
きっと今頃大学は大騒ぎになっているだろう。僕らが消えてしまったのだから。サイチさんたちが必死に探してくれているのかもしれない。だけど、そこで僕らが発見されることはまずない。
断言してもいいが、ここは僕らの暮らしていた世界とは全く違う世界だ。
僕らはトリップしてしまったのだ。
初めは信じられなかった。バカバカしいと、自分の中で浮かんだ答えを嘲笑った。しかし、全てのことが示す答えがソレだったのだ。そして決定的な違いを見せ付けられた僕らは言葉を失った。
ゆっくりと空を見上げる。満天の星たちの中、ひと際大きく明るく光を放つ衛星。僕らの世界では『月』と呼んでいたものだ。満月にはまだ足りない、十日夜くらいの月が、ふたつ。まるで黒い空全体が、白金の眼をもった何かの魔物に見える。
月がふたつ。こんなこと、有り得ない。ここは、僕らの世界ではない。
体が震えた。言い知れぬ絶望と恐怖感からきたものだと思った。しかし、どうやら違うようだ。ホゥとついたため息がほんのり白かった。気温が下がっている?
そういえば昔地理の授業でちらりと聞いたことがある。砂漠は日較差が激しいのだと。昼と夜とでは何十度も気温が違うんだ、と当時は大嫌いだった教師が言っていた。
日中は砂漠といえども僕らのいたところと対して変わらない暑さだった。34、5度くらいだろうか。息が白くなったということは10度近くまで下がったということだと推測される。まだ日は沈んだばかりだ。なのにもう20度近く気温が下がったということは…。
これから起こることを想像してゾッとした。そして現状を見てさらに僕はゾッとした。炎が小さくなっているのだ。
「ウラコ!薪くべろ!」
「……」
「おい、ウラコ!」
「え!?はいっ!なに?キムさん」
考え事に没頭していたウラコを無理やり此方に連れ戻す。
早くしないと皆の命に関わる問題だ、多少語気が荒くなってしまったが今は気にしていられない。
「皆、寒ぅないか?」
喋る僕の息が明らかに白い。この世界の砂漠は僕らの世界よりも日較差が激しいみたいだ。
「…っ!そういえば…」
モリヤが半袖の下から露出している腕をさする。
「薪、薪、はいっ!」
慌てたウラコが僕に全ての薪を渡してくる。炎を絶やしてはいけない。僕はそれを全部炎の中につっこんだ。
「あっ!」
「バッ…!」
同時に聞こえたエリとツネさんの声。え?と振り向く間もなく、僕は自分の愚かさを憎んだ。
多量の薪に押しつぶされ、先ほどよりも炎が小さくなってしまったのだ。薪の隙間からヒョロヒョロと頼りない炎が顔を出している。
「アホか!何いっぺんにつっこんどんねん!!どけ!」
ツネさんが僕を突き飛ばし炎の傍にしゃがみこむ。顔を火元に近づけ、フーッフーッと優しく息を掛けた。酸素を与えられた炎は少し力を取り戻したように見えたが
「あっ」
「あ…」
「…」
「あー…」
僕らの傍を走り抜けて言った一陣の風にあっけなく命の炎は消されてしまった。
要するに、彼が何を言いたいのかと申しますと、「誤字脱字があったら報告して欲しい」と。
そう!