第二章 どこかで 1
二章 どこかで
砂…?
頬に触れている、ザラッとした感触。ガキのころは転倒した際に毎度お目にかかっていた感触だ。…ということは俺の頬は地面にくっついてんのか?
体を動かそうとしたが、全身に走る痛みがそれを拒む。指一本うごかすのもまるで最大の罪を犯したのごとく痛みが体を攻める。俺は、まぁ大人だから声はあげないが、顔がゆがむのは止められない。なんとか顔だけを動かして辺りを見回す。
「ハタ!タク!マヤ!!」
3人が俺と同じように倒れているのが見えた。幸い、見える範囲でだが怪我はしていないようだ。
「サイチィ。俺もうだめじゃわー。体痛ぁて動けーん」
ハタの間の抜けた声が聞こえた。ハタは気がついていたのか…。
「ソレは俺も同じよ。怪我はないんか?」
「あほー。こんだけどこもかしこも痛かったら怪我しとってもわからんわー」
それもそうか。
「いたたー…」
「タクも気ぃ付いたか?」
「その声はサイチさんすか?なんなんすかコレ。すげー痛いんすけど」
「俺に言うな。俺も同じやけん」
さっきよりは少し痛みレベルが下がったので、俺はなんとか上体を起こしてみた。
さっきよりも視界が広がる。
ハタ、マヤは仰向けで、タクは俺に後ろ頭を向ける形でうつぶせに倒れていた。
「お前、よう動けるなぁ」
「当たり前よ。俺を誰と思っとんな?お前らとは鍛え方がちがうわ」
そんな軽口を叩いてみるけれど、俺の目は周りの風景に釘付けだった。
なんだ、ここ。こんなところ、大学の周りにはなかったぞ…。
どこまでも続く荒廃とした砂の海。岩肌や、茶色がかった植物が点在している。まるで他の色を失った世界のように茶色だらけだ。それ以外の色を身に付けている俺たちのほうが浮いてしまっている。生物の気配はない。
地平線の向こうには、ぼんやりとではあるが、町の気配がした。蜃気楼などでなければ良いのだけれど。
「サイチ、マヤが起きたで」
ハタの声に、俺はマヤが倒れている方を見た。起きたーというものの、マヤは目を開けたままピクリとも動かない。
「マヤ?」
声をかける。マヤの目から涙が溢れ出し、目じりから何度も線を引いては砂に消えていった。
「いたい…」
女には辛いかもしれないな、この痛みは。
「大丈夫や、マヤ。時間たったらなくなるけん、ちょっと我慢しな」
「どう…なっちゃった…の…?他の・・皆は…?」
しゃくりあげる呼吸の隙間からマヤが搾り出した疑問は、ここにいる俺ら全員が考えていることだった。誰もマヤの問いに答えられず、しばらく沈黙があたりを包んだ。
確か、あの時部室には俺らも合わせて9人いたはずだ。だが今どれだけ辺りを見回しても、俺、ハタ、タク、マヤ以外の5人は見当たらない。目では確認できないほど遠くに同じように居るのだろうか。それとも、部室の近くで俺たちのことを探してくれているのだろうか。それとも…。
沈黙に答えたのは、俺たちの中の誰でもなかった。
それは遠くから、しかし確実にこちらに移動してきているであろう、何かの音。その音がするたびに地面が響く。ズシン、ズシンと何か巨大なものが歩いている、そんな感じだ。
「な、なに?」
マヤが震えた声をあげる。おびえた瞳がゆっくりと俺を見上げた。その疑問に答えてやりたいが、俺にもわからない。というか、その台詞は俺が言いたい。
俺はいまだ全身を捕らえて離さない痛みを無理やりおさえこみ、なんとか立ち上がった。
こんな痛み、骨髄に注射されたときよりもたいしたことはない!と、思う。
「ハタ、タク。お前らも立て」
「えー。ワシ立てんわー」
「無理くり立て。痛みはあるけど、体に異常はないでよ」
「痛みがある時点で異常だと思うんスけどねー…」
こんな状況だというのにぶちぶち文句を言えるこいつらは、ある意味すごい。それでもなんとか立とうとしているあたり、少しは危機感を持っているということだろうか。
視点が高くなったため、先ほどよりも周りを見渡せる。そのまま、音の正体を探した。相変わらず音と地響きは続いている。音は…あの町のようなものが見える方向から聞こえてくるようだ。
「町が見える…。音はそっちからする」
「まち?」
「誰か助けに来てくれたんスよ、きっと!俺ら遭難者みたいなもんですし!」
「ほんなら、自衛隊とかなんかなー。救助活動て、結構金とられるみたいやけども、大丈夫やろかー?俺今月金ないわよー」
「あぁ・・救助か」
本当にそうだろうか。
いつも最悪の状況を考えてしまう俺は素直に受け取れなかった。
しかし、いまここで俺の感じる不安をこいつらに喋っても、ムダに恐がらせるだけだ。この音の正体がはっきりするまでは黙っておいた方がいい。
だが、俺の決心に反して、音はプツと途絶えてしまった。
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