第五章 太陽と花と水の国 2
キム君の回想です。地震が起こったあのときの、部室でのこと。
ふわふわとした空気につつまれ、ぼんやりと考える。さっきと今の間にあるぽっかりとしたブランクの部分。ここを埋めないことには、どうにも気持ちが悪い。
それにここはなんだかじんわり暖かくて、寝転がったままぷかぷかと浮いていられるし、他のものは何もない。考え事をするには丁度いい場所だ。
そもそも、ブランクを考えるにあたってこの場所も無関係ではない。この場所は『今』だからだ。
じゃぁ、『さっき』のことを思い出してみよう。
「揺れてる…?」
最初に気付いたのはエリだったな。地元で何度か地震に遭遇していた彼女のことだ。本来揺れるはずのない場所の振動にはすこし敏感な気があった。
一瞬の間―皆それぞれで振動を確認していたんだと思うが、その間の後
「べつに…」
と、ケータイから目を離したモリヤがそう返そうとしたとき、彼の語尾を掬い取るように今度は音をたてて揺れ始めた。誰もがその音を認識した。
「やっぱり揺れてるよぉ!」
ミシミシと建物が軋む音だった。机や本棚に置いている軽い物が、紙相撲の容量で少しずつ位置を変えていく。
地震の恐ろしさをたっぷりと経験しているエリが細い声でサイチさんを呼んだ。
段々と揺れは激しくなっていく。
「おいおいおいおい、コレやばいんちゃうの!?」
ツネさんの言葉にあわあわと皆立ち始める。いつでも逃げられるようにだ。
僕らのいる研修館はオンボロ建物で、僕らのいるこの部室は3階に位置する。ベランダにある非難梯子に一番近い場所とはいえ、使ったこともないものに頼るよりはいつもの階段を走って降りるほうが断然早いと思うし、この地震が大きなものじゃなかった場合非難梯子を出してしまったことを学生課の怖いオバチャンに文句を言われてしまいそうだ。
「外に逃げよう!」
そうウラコが英断した瞬間だった。
微震はグラグラグラッと全てのものをなぎ倒すような激しい揺れに変わってしまった。何かにつかまっていなくては立っていられない。本棚、戸棚から物が次々と投身してくる。
「皆、大丈夫か!?」
俺は近くの本棚に捕まりながら部室を見渡す。物のシャワーは相変わらずだが、それで怪我をした奴はいないようだ。
大きな揺れは短時間で収まるはず。揺れが小さくなったときを見計らって外へ非難しよう。
そうだ、第三部室の皆は…!
ガクガクと揺さぶられながら部室と第三部室を繋いでるドアを見た。
エリの背中でよく見ることはできなかったが、少しだけ、サイチさんがマヤさんを抱いてるのが見えた。
あーあ、こりマヤた拗ねるぞー…なんて、危機的状況ながらいつもの歓楽的思考でのほほんと考えていたら、下から激しく突き上げられるような揺れに襲われた。
信じられないけど、体が中に浮いたんだ。僕だけじゃなくて皆。
「なんやこれ!」「やだー!」そんなことを叫んでいたような気がする。僕も、なんかワーとか声あげたんじゃないかな。
あ、この辺りからか。記憶がどうもぼんやりだ。多分意識を飛ばしてしまったんだと思うんだけど。
で、気付いたらコレか。
「…死んだってか?」
なんかソレしか思いつかない。だとしたらここは死後の世界ってこと?
…そんな、マンガじゃあるまいし。マンガにしたって、ありきたりで使われまくった古臭い展開やんか。
で、どうなるん?神様とか出てきて、僕は霊界探偵にでも任命されるんやろか。あ、それはそれで何かおもろいなあ。
死んでようやく僕は憧れのヒーローになれるってわけか。まぁあの世の中じゃぁヒーローになるだけバカを見るからな。
いろいろ心残りもあるけれど、過ぎたものは仕方がない。元々長生きするつもりも無かったから逆に丁度いいかもな。
たった一つ心配なのは彼女のことだけど。早く僕を忘れて、幸せになってくれればな。
でも伝えたかった。せめて、伝えたかった。この声、この言葉、彼女の元へ届かないことは知っているけれど…
「僕を愛してくれて、ありがとう。」
声に出したら少しだけ安心したよ。
誤字脱字等ございましたらDOしてください。
それから、「ここにもういっこ段落いるんちゃう?」などご指摘も待ってます。
段落つける作業はなかなか難しい・・・。自分で書いておきながら難しい・・・。