第四章 実験 6
実験内容判明。生きるか死ぬかは五分五分。
「そ、そんな!だって容量のでかいのをつけたら…!」
「死ぬのはこの世界の人間だけだ」
そう。俺たちはこの世界の人間ではない。ここでの常識が当てはまらない存在である可能性が高い。
ここの人間では耐えられないことでも、もしかすると耐えられるかもしれない。勿論前例などないから、生か死か、全くの50%50%だろう。
「アクリーンたちから報告があったとき、俺はすぐお前らに新しい端末を装着することを考えた。親父が面倒臭がってさっさと殺そうとするのを止めるのはなかなか大変だったぞ。我が親ながら、親父はセックスよりも処刑のほうが興奮する真性の変態だからな。お前たちを気絶させた後もどうにか処刑を行おうと必死だった」
ファズが俺たちを死なせたくなかったのは、貴重な実験体だったからなのか。恐らく、国王に報告している実験内容と実際のそれは違うのだろう。どうもこの親子は別々のベクトルで行動をしているようだ。
「嫌だと言ったらどうする。いまこの部屋では2対1やで。お前を盾に、この国から逃げることもできる。俺らに拒否権がないと思ったら…」
「あぁ。お前たちに拒否権はない。お前たちは断れない」
「なんやと?」
間違いやで―。言いたかった言葉は少し大きい声を出したファズに消されてしまった。
「忘れていないか?ハタにマヤ」
「!」
「マヤはずいぶんと俺を信用してくれているようだ。そのように振舞ったのだから当然だがな」
ガラス越しに向こうを見る。恐らくは栄養剤を点滴されているハタと、その傍につくマヤ。
そしてまるでその二人を見張っているかのような位置に立っているアクリーンとスナー。
嫌な立ち位置だ。
「俺のこの襟にはマイクが埋め込まれている。城全域にも、特定の受信機にも発信することができる。後者はどういう時に使うか、わかるか?」
襟をつまみ、口元へゆっくりと近づける。
「今はアクリーンと繋がっている」
「ひ、人質ってことっすか!?」
タクがガタンと大きな音を立てて立ち上がった。テーブルを掴む手は、恐怖からなのか怒りからなのかわからないが、小刻みに震えている。
「ふふふ。お前たちの返答次第だ。一度しか問わないからよく考えて答えることだな」
壁から背を離し、ゆっくりとテーブルに手をつけ上半身を此方側に傾ける。俺とタクの間に顔を挟み、聞こえるギリギリの声で囁いた。
「お前たち、俺に、協力するか?」
酷くゆっくりとそれだけを言うと、また壁に背をつく姿勢に戻った。腕を組み、目を細めて俺とタクを見つめている。
冷たい沈黙が俺たちを包んだ。
不安を顔に貼り付けてタクがチラチラと俺を見ているのがわかったが、それに応えてやることはできない。俺の中でもまだ結論が出ていないからだ。
断ればファズは即座にハタとマヤを殺すだろう。そして俺たちも、殺される。逆を考えれば、ファズの要求に応じれば俺たち4人の命は助かるということだ。
が、助かったところで生か死かどちらかしかない実験の被検体にされてしまうのだから、「はい」と答えても50%の確立で殺されるようなものである。
仮に実験が成功し、容量の大きな端末を装着した後はどうなる?30年戦争に新たな戦力として担ぎ出されるのか?そしてこいつらの言う“メガロ”で戦わなければならないのか?相手国の兵士たちと。
こんなところで死にたくない。
「お、俺は…あんたに…」
ファズ王子に従います―。震える声でタクが言った。冷たい汗を流しながらも、まっすぐとファズの目を見て。
「タク」
「こうするしか、ないでしょう。サイチさん」
無理やりに笑うタク。
「そうやな」
こいつのぎこちない笑顔で心が決まった。こいつばかりに無理はさせられない。
「ファズ。ええよ。俺らを使ぉて」
結局俺たちはこの道しか選べなかったってことだ。ファズの手の上でうまいように転がされているが、それでも生きることができるのなら今はそれでいい。
そうだ、生きてさえいればどうにかなる。
『人生よぉ、サイチぃ。“死”以外は丸く収まるようにできてんだ』
昔読んだ小説にあった言葉で、落ち込んだときはこう考えると楽になる―とよくエリが言っていた言葉だ。自分の死と直面しているこの場面で、その言葉がひどく沁みる。
「もし実験で結果的に俺らが死んでもーたら、そん時はどうすんねん」
「どうするって?何が」
「ハタとマヤのことじゃ」
「あぁ。どうしてほしい?道連れにするか?」
「なんでじゃ!」
「自分だけ死んで外の奴が助かるなんて悔しくない?」
「…死んだら関係なくなるやろ。そんな感情。俺らが死んでもハタとマヤに手ぇ出さんと約束せぇ」
すこし驚いたようだったが、やがて軽いため息をつき
「わかった」
とファズは言った。
俺、できる限り足掻いてみるわ、エリ。ほんでも、死んでもうたらスマンな。
誤字脱字等ございましたr「だが断る」