第四章 実験 5
ヒミツの実験室まできました。
「すごい…」
マヤが声をもらす。
白で統一された空間の中に、見たこともない大きな機械がその体に数え切れないコードやチューブを繋いで点在している。象が入れそうなほどの水槽や、円柱といってもいいほどの試験管(だとスナーが言っていた)、周りの色と明らかに違いすぎて浮きに浮いている毒々しい色の薬品たち、そして中央に配置された手術台のようなもの。
俺たちのいた世界では映像でも見たことのなかった“研究室”がそこにはあった。
「アクリーン、グレオリアエルーソの抗生物質をハタに注射してやれ」
「すぐに」
ファズの指示にあわただしく準備を始めるアクリーン。
スナーは滑車のついている恐らく運搬用であろうベッドにハタをうつぶせに寝かせ、上着とパンツを腰が露出するように調節している。こ、腰に打つんだ…。よりによって一番痛いところか…。
アクリーンは大きな体を縮めながら、注射器で薬品を吸い上げてはぴゅーっと空気抜きをしている。何種類か混ぜられているようで、彼の持っている外にもカラになった小瓶が3つほど机に転がっていた。
「これで体んなかのグレオリアエルーソはただの生食(生理食塩水)になるぞぉ」
何が楽しいのか、ニコニコと笑いながらハタに近づいていくアクリーン。小さい小さいと思っていた注射器は、アクリーンとの対比で小さく見えていただけで、すれ違うときに見えた注射器はかなりのでかさだった。
ハタが意識を飛ばしていることを、俺は心から残念に思う。
「さて。目下の問題は解決したし、そろそろ本題に入ろうかと思う。サイチ、タク。お前らは俺と共に来い。マヤにはアクリーンの手伝いをして欲しい」
ファズに呼ばれ俺とタクは彼の後を追った。
マヤはアクリーンの傍でガーゼやテープを切っている。多少経験があるとああいう時に役にたつんだな、とマヤの学科で習うことを少し思い出した。
そういえば同じ学科のエリも三角巾がどうだこうだ言っていたな。包帯の巻き方練習など、俺もタクもよく犠牲になったもんだ。
ファズに案内されたのは、研究室のはずれにある小さな部屋だった。一見しただけではそこにあると判別できない、壁と同調している机と無機質な4つの椅子だけがある、真っ白な部屋だった。広さは空港の喫煙所くらいだ。
ファズについて中に入ると、扉が自動的に閉まった。
その瞬間に外部の音は全く聞こえなくなり、まるで研究室からこの空間が切り落とされた感覚に陥った。
ファズは椅子に座ることなく、壁に背中を預けたままだ。ん。と顎をしゃくり、俺とタクに座るよう促す。
一転した異様な雰囲気にのまれながらも、俺とタクは静かに腰を下ろした。
「さて。これからお前たちには被検体として実験に参加してもらう」
「そ、それって、万が一にしか生き残れない薬物実験の…」
「ん。薬物ではないが・・・まぁ、似たようなものだ」
「!」
タクが悲愴な顔で俺をみた。俺は対面にいるファズをただ見るしかできなかった。ファズの本意がわからない。もう少し、説明が欲しい。
「どういうことやねん」
考えを言葉にのせファズに投げ掛ける。
「この国は今、戦時中だ。隣にあるカセアロラ公国と領地を巡って戦っている。いつまでたっても決着のつかない戦争でな、もう30年ほどずっと争っている」
カセアロラ公国という言葉に聞き覚えがあった。そういえば、初めに出会ったあのムカツクおっさんが俺たちをその国のスパイだとか言っていたな。
成程。敵国の人間と思われてのあの扱いだったわけだ。許すことは難しいが納得はできた。
「マヤから聞いたが、お前たちこの世界の人間じゃないというのは本当か」
顔の前に垂れてきた前髪を首から上の動きだけで処理しながら、ファズが言った。
「マヤから何を聞いとんのか知らんけどな。俺らのいた世界じゃあんなロボットも光線もまず存在せん」
「まぁ、いい。嘘だとしても俺は特に困ることはない。困るのはお前たちだからな」
「困る?」
ファズの視線が苦手なのか、タクはうつむきがちだ。
「この世界の主戦力は…あー、“ろぼっと”とお前たちは呼んでいるようだが、まぁそれだ。ここではメガロと呼んでいる」
「めがろ?」
「古い言葉で、“巨大な軍神”という意味だ」
ファズは言葉を続ける。
「わが国とカセアロラと戦力は五分五分。だから30年も決着がつかずにいた。そこで俺は新たな戦力をわが軍に投入し、戦争をわが国の勝利で早々に終わらせることを考えた」
頼りない推測がいくつか俺のなかで立ち上がった。どれもこれもバッドエンドばかりだ。これらが外れていることを祈る。
「メガロは搭乗員に取り付けた端末により動いている。端末は一人につき一つ。端末一つにつきメガロ一体。わかるな?現段階でわが国とカセアロラの所有している端末の容量は全く同じだ。今持っている端末が、俺たちの装着できるギリギリの容量で留まっているせいでな」
「つ、つかぬことをお聞きしますがー…」
恐る恐るタクがファズに問う。ファズはふむ―と口を閉じると、目でタクに先を促せた。
「そのー…容量超えちゃうと、つけてる人ってどうなるんですか?」
タクにも俺と同じ推測が立っているのかもしれない。
「結構酷い死に方をする」
ひっ―とタクが息を飲み込んだ。曖昧に言われたほうが逆に恐怖感が増す。きっとそれをわかってのあの説明の仕方なのだろう。事実、怯えたタクを見てファズは目を歪ませている。面白がっているのか。
いくつかの推測が消え、代わりに残ったものが輪郭を現し始めた。
一種のギャンブルだ。こいつをぶつけてやろう。
「ファズ。俺らに新しい端末つけるつもりやな。容量の…でかい」
ファズから一瞬余裕が消えた。が、それは本当に一瞬で、すぐに彼はもっと面白そうに顔を歪ませて
「察しの良い奴は嫌いだ」
と楽しそうに言った。
勝ちたくもない賭けほど勝ってしまうのはどうしてなのだろう。
俺は誤字脱字を辞めるぞぉぉぉッ!!ジョジョォォーッ!!