第四章 実験 4
ハタを救うとサド王子が言った。それを信じるしか道はない。
ハタをおぶって牢から出る。
もうプリズンキングである必要はないらしく、あの後王子が俺たちに服を投げつけてきた。
そしてここから王子の研究室までどのようにして行くかを簡単に説明してくれた。俺たちをここから出したことは、他の兵士たちや国王に知られてはマズいのだそうだ。詳しいことは話されなったが、別に聞くことでもなかったので黙っていた。
そういった理由で俺たちは今物凄く狭い道をコソコソと移動している。
何度目かの曲がり角を曲がったあたりから段々とイラついてきた。背中に感じるハタの体が熱い。また体温があがったな。今は何度くらいなのだろう。42度を超えてしまうと人は死んでしまう。早くどうにかしてもらわないと。
「おい、王子!まだなんか!?」
「もう少しだ。それと、俺のことはファズと呼べ」
城の見取り図だろうか、何かが細かく書き込まれた紙から顔を上げずに王子が言った。
「王子って呼ばんでえぇんですか?」
「ファズアルクと呼ばせたいが、マヤに言わせると発音が難しいそうでな。
ファザルクなどと妙な名で呼ばれたくない」
マヤをチラリと横目に見ると、あわててよそを向いて白々しく口笛を吹いている。何を誤魔化した気でいるんだ、あいつは。
「それにお前らはここの国の人間ではないしな。そんな者から王子などと呼ばれると気色悪い
」
この男は典型的な一言多い毒舌人間だな。気色悪いまで言うか?普通。
しかしファズの提案は有りがたい。正直な話こちらとしても王子と呼ぶのが気色悪かったところだ。
曲がり角を曲がった瞬間、ふたつの人影が現れた。思わず身構える。
俺のその行動の言わんとしていることがファズに伝わったらしく、ファズが俺の前をふさぐようにすっと手を出した。
「安心しろ。こいつらは俺の部下だ。スナー、サイチに代わってハタを運んでやれ」
「はい」
スナーと呼ばれた男が俺に歩み寄ってくる。暗くてわからなかったが、近くにくると先ほど国王の間で会った奴だということがわかった。
「代わりましょう」
「あぁ、すまん」
「先ほどは失礼しましたね」
「あ?」
「あなたを殴ったのは私です」
困ったように笑いながらスナーはハタを抱えた。細身ながらも筋肉のしっかりついた体が悠々とハタを背負い上げる。伸びっぱなしの黒髪がピョンピョン跳ねているのはどうやら癖毛らしい。この狭い道の湿気もお構いなしに、スナーが歩くたびにフワフワと動いていた。
「王子のご判断でして。結構な力で殴らせていただきました。痛かったでしょう」
「痛かったわ。後で殴らせろ」
「サイチ。あの場ではああする以外お前たちを救えなかったのだ」
「わかっとるわ、そんぐらい。冗談じゃ」
俺の冗談を本気でとったファズが、慌てて―といってもそんなことはカケラも表には出さず立言した。初めて見る人間らしさだった。
その様子がすこし面白くて、なんとなく気持ちが軽くなったような気がした。
「じゃぁ僕を殴ったんは…」
「あ、オレオレ」
もう一つの人影が歩きながら答えた。スナーとは違い、だいぶガッシリとした体つきだ。腕も結構太い。かなりの肉体派に殴られたタクは慌てて自分の後頭部を気にしだした。今の時点で意識戻ってるってことは問題ないってことだろう、タクよ。
「アクリーン。お前に聞きたい事がある」
「は、なんでしょう」
ファズの声がいつもに増して低く冷たい気がした。アクリーンもそれを感じたのか、少しこわばった様子で返す。
「お前、オヤジにヘンなこと言っただろう」
「ヘンなこと…はっ!」
「いつ俺は同性愛者になったんだ。誤魔化すにももっといいウソをつけ!」
「申し訳ありませーんっ!」
―「お前…男が好きなのではなかったのか!?」
「…なんだい、それ」
「お前があまりにも女に興味を示さないからアクリーンに尋ねたら、お前は女よりも男に興味があるのだ、と奴が…」―
どうやら国王の間で交わされたこの会話のことでアクリーンは責められているらしい。
「だいたい、それを本気にしたオヤジが男娼買ってきたりしたらどうするつもりだったんだ!」
「お言葉ですが、王子。私とて何の覚悟もなく王にあのようなことを申し上げたわけではございません」
「なんだ、覚悟とは」
「よもやの事態には、私の体を差し出してでも…」
「お前の体などいるか!愚鈍が!死ね!!」
アクリーンとファズの会話にクスクスと笑うマヤ。その声に気付いたファズがわざとらしく咳払いをする。いまさら威厳を取り繕ったって、もうバレてしまったぞ。結構こいつ、面白い奴かもしれない。まぁ、それ以上に嫌な奴ではあるけれど。
「そういえば、マヤさんもファズさんに張っ倒されてましたよね」
タクが思い出したかのように言った。お前、その話を今さら蒸し返すのか。さすがは空気読めない男だ。
「あれはもういいの。あの後ファズが説明してくれたし。それに、コレだって」
そういってマヤは顔の側面を覆ってる布をさすった。
「私は大丈夫だって言ったんだけど…」
「はぁ?痕が残ったらどうすんだ。俺は結構な力で叩いたんだぞ」
ファズがマヤの言葉を遮った。なるほど。その仰々しい昔の虫歯スタイルはファズの処置だったのか。乱暴ながらもマヤへの気遣いがその言葉には隠れていた。こいつ、女に弱いタイプ?
「もう着きますよ」
先頭を歩いていたアクリーンが教えてくれた。
しかし、アクリーンが足を止めたのは何もない廊下のひとつの壁だった。
「何もないじゃないっすか。…あ!もしかして隠し扉!?」
「ご名答」
隠し扉に驚くタクの反応が嬉しいのか、したり顔でいくつかのブロックをコンコンと叩いていく。マヤも興味津々で、ファズやタクの肩の隙間から小さい背を必死にのばして覗き込んでいる。
「ほんでも、なんで隠してあるん?」
「ここは存在しないことになっている研究室ですから」
「あっちの研究室は他の者の他愛のない研究に使わせてやっている」
ますますもって何かワケありな雰囲気だ。どうもファズは城の者にはあまり知られたくない何かを行っているらしい。
石の造りとは裏腹に、壁は音も立てずにスーッと開いた。
壁の向こうは結構な広さがあり、まるで新築の病院のような真新しい白が、暗闇に慣れていた俺たちの目を素早く刺した。一瞬目をしかめたが、視神経がすぐに順応してくれたおかげで周りを見渡せるようになるまでそう時間はかからなかった。
誤字脱字等ございましたら・・・ねッ。