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第四章 実験 3

生き延びるには、足音の主をどうにか殴って気絶させるしかない。

「今じゃ!」

「うおおおおっ!!」

「はひゃぁぁぁつ!!」


 はひゃぁ…?

 聞き覚えのある甲高い声に一気に勢いが失われた。振り上げた拳そのままに、鉄柵越しの正面にいる人物を良く見てみれば…


「マヤ!」


 ペタンと腰をぬかしてなみだ目で俺らを見上げるマヤがいた。昔の虫歯に対する一時的な民間処置のように、顔の両サイドが白い布で覆われていたため、一瞬ではマヤと判別しにくかった。


「お前、どうしたん!?うまいこと逃げ出せたんか!?」

「マヤさん!助けに来てくれたんすね!?」


 マヤはまだアウアウ口を動かすだけだ。相当驚かせてしまったらしい。

 ちょっと待て。足音はふたつだった。ひとつがマヤのものだとしたら…もう一つはいったい?


「何だ、お前ら」


 ゆっくりとマヤの後ろから現れたのは、あの国王の間でマヤを本気で張り倒した白金髪のサド王子だった。


「お前…!」

「やぁ、さっきぶり」


 先刻あったことなど何も記憶していないのか、サド王子は無表情で右手をあげ、顔のよこでヒラヒラと振って見せた。


「マヤ、どういうことやねんな」

「あうあう…」


 まだ腰を抜かしてやがる。

そんなマヤに手を貸し、少々乱暴にサド王子が立ち上がらせる。小さい声で礼を言うマヤ。面倒くさそうに「別に」とだけマヤに返し、サド王子が此方に近づいてきた。


「マヤはまだ喋れないようだから俺から話す。…サイチ」

「!なんで俺の名前を…」

「マヤから聞いた。上半身裸の方ががサイチだって。が、牢に着てみればお前ら二人とも脱いでるし。目つき悪い方とも聞いていたから、それでわかった」

「おい、マヤ!目つき悪いってどういうことやねん!」

「本当のことじゃない!」


 やっと喋れるようになったマヤが王子より前の位置まで進み出た。


「大体、なんやねん、その…コレは」


 名前がわからず、言葉での表現も難しかったので、ジェスチャーでマヤの顔の布を現した。はっとしたマヤは両手で頬を―というか布を隠して俺を睨んだ。


「うるさいな、いいでしょ!それより、ハタ坊の様子はどう?」

「そ、それが、熱だしちゃったんすよ!汗いっぱいかいて、寒い、寒いって…!」


 タクが鉄格子にしがみつき、隙間に顔を押し当ててマヤに訴える。

 マヤはやっぱりーと呟くと王子を返り見た。マヤの視線を受け、王子はフゥと息を吐き、


「そこをどけ」


 とマヤに告げた。

 おずおずと道を開けるマヤ。腰からジャラジャラと大量に鍵のついた束を出しながらサド王子が近づいてくる。

 何をするつもりだ?


「な、なにをするんだ・・するんスか」


 サド王子の絶対零度眼力に気圧されながらもなんとか前に出るタク。いちいち言い直してしまうのがアイツらしい。


「お前、ハタという男を救いたくないのか?今は俺の言うことをきくべきだということが何故わからないんだ。いいから黙ってろ。サイチもだ」


ガチャリ


 重厚な金属音とともに牢の鍵が開いた。ゆっくりと中に入るサド王子。俺たちには目を振らず、まっすぐにハタへと近づいていく。そのあとにマヤが続いた。


 高熱に煽られうなされているハタの傍に膝をつき、傷口を隠していた俺のTシャツを外し始めた。


「何すんねん!」

「お前はバカか。傷口を見ないと何もわからないだろう。無知な露出狂は黙っていろ」


 いちいちムカつく男だ。攻撃態勢万端の俺の右拳をその冷めた面に叩き込んでやろうかと思った。が、俺のその感情を察してマヤが目で「やめろ」と訴えてきた。いったいお前はいつからサド王子の味方なんだ。渋々振り上げた拳を下ろすが、何か納得いかない。


「ふん。傷口からグレオリアエルーソの粒子が入り込んだんだな」


 傷口を視診し終わった王子が立ち上がりながら誰にともなく告げた。


「どういうこと?」

「彼は“ろぼっと”から放出された橙色の光線を受けた、と言っていたな」

「うん。」

「それがグレオリアエルーソだ。小さな粒子の集合体を何億単位で密集させ連続的に放出する。何も知らない者が見れば光の線に見えるだろうな。お前たちのように。グレオリアエルーソは一つ一つが高熱を発することができる物質だ。こいつの傷口も焼き切られたようになっているだろう」

「うん」


 答えるのはマヤだけだ。


「グレオリアエルーソの粒子が体の中に入ると、血液中の成分と結合し、体全体に分散してしまう。そして各々が熱を発し、結果、その人間は高熱を出してしまう。グレオリアエルーソが体内で発する最高温度は79度だ。空気中より何百分も威力は落ちるが、生物を死に至らしめるには十分な温度だろう」

「さっきから何やねん、グレなんたらがどーしたこーした…。もっと簡単に言えや!ハタは治るんか!?」


 サド王子のご高説でわかったことはハタが死にそうだってことだった。そんなこと、しっかりと説明されなくてもあのハタを見れば簡単に予想がつく。考えたくないことではあったが。

 それよりも、もっと違う言葉はないのか。俺たちが今最も求めている言葉は、聞きたい言葉は―


「治る」


 掴みかかった俺の腕をめんどくさそうに解きながらサド王子が告げた。

 1℃も温もりを感じられない声ではあったが、その一言はじんわりと俺たちに染み渡った。


「彼は死なせない。そのために俺がきた。俺の名はファズアルク。最愛の母からもらったこの名に誓って、彼を、そしてお前たちを死なせはしない」


 冷たい声が牢内に響く。

 まるでこの空間内の冷気の中心ではないかと思えるほどの美しい男が真の威厳を持って宣言した言葉は、こんなにも嫌な奴なのに、なぜか絶対の信頼を感じさせる力があった。

 俺もタクもマヤもそしてハタも、この絶望の淵で出会った寒色の王子を信じることに決めた。

 決めたというよりも、俺たちが生き延びるにはこの選択肢しか選べなかった。


誤字脱字等ございましたら、いつものようにアレしてください。

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