第四章 実験 2
そっちは夢、こっちが現実。
暗闇の中、タクに激しく揺さぶられている。
目を閉じれば、まだうっすらとエリが見えた。そっちが夢か。こっちが…現実か。
「なんやねんな・・。起こすなよタク。せっかく…つめたっ!」
身を切るような冷たさに一気に目が覚める。反射的に起き上がり、今まで自分が横になっていた場所に目をやると、石だった。加えて俺は上半身裸だ。
「びっくりしたー…」
体をさすり、摩擦熱で一瞬の暖を連続的に得る。しかし体温をしこたま奪われた体にはその行為は焼け石に水だった。あー、焼け石が欲しい。
「何バカなことやってるんスかサイチさん!ハタさんが大変なんですよ!」
タクの言葉で完璧にスイッチが切り替わった。そうだ、俺たちはいまとっても危険な状態に…
ん?
「ハタが…なんやて?」
「大変なんです!なんか、すっごい汗かいててうなされてて…」
ハタは俺たちから離れた壁際に転がされていた。石でつくられた小さな空間に荒い呼気が一定間隔で響いている。
「ハタ…?」
暗闇の中、段々となれて来たもののまだあまり情報を入手できないでいる視覚と、それをカバーするためにいつもよりも少し研ぎ澄まされた聴覚を駆使し、ハタのところまでたどり着いた。
「う…」
苦しそうな声が漏れている。
「どないしたん?傷口が傷むんか・・?」
そっと手を置くだけのつもりだった。が、
「!」
体の温度が尋常じゃなく熱い。発熱しているのか?予想外の異変に思わず手をひっこめた。
「熱でとる…」
「ど…どうしましょう」
どうしましょう―と聞かれても、解決策なんて見当たらない。傷口から菌が入って膿んでしまったのだろうか。そういえばマヤが清潔な布でないと―とか言っていたような気がする。無理やり俺のTシャツで処置させたのは俺だ。それがいけなかったのか。
「さ・・寒い…」
ガチガチを歯がぶつかる音がする。ハタの全身が震えていた。こんなに熱を出しているのに寒いなんて。まだ体温を上げるつもりなのか、こいつの体は。
「タク、お前の服ハタにかけてやれ」
「俺の服だけじゃ足りないっすよ。サイチさんも…」
「あほ!俺にストリートキングになれっちゅーんか?」
「こんな牢屋の中じゃ誰も見てませんよ!ストリートじゃなくてプリズンキングになればいいじゃないですか!」
「牢屋?」
確か、あのサド王子は俺たちを研究室に運ぶよう指示を出していたようだったが。だいぶ暗闇に慣れた目で辺りを見回すと、俺の背中の方に鉄柵が見えた。
「なんで牢屋なんよ」
「知りませんよ!ほら、サイチさんも早く脱いでくださいよ!」
タクはすでにプリズンキングになっていた。一応付け加えておくが、トランクスは履いたままである。俺も第2のプリズンキングになるべく、Gパンに手をやった。
足を通す部分を右と左とで重ね、隙間を埋めてからハタの腹部にかける。タクからもパンツを受け取り、それは足にかけてやった。少しでも楽になるように、ハタのベルトを緩める。
だが、俺とタクがプリズンキングになったところで、根本的な解決にはならない。マヤを探し出してここから脱出し、医者にハタを診てもらわなければ。
その時、足音が聞こえた。
おそらくこの牢へと繋がっている石段を降りてくる2つの足音。誰か来る。
「タク、お前なんか握れるもん持っとるか?」
「え?なんすか?」
「右手にグッと力こめられるようなもん持っとるんか?」
「…腕時計なら…」
タクは俺の質問の意図を理解できていないようだ。腕時計を俺に差し出してきた。
「ちゃう。その腕時計、文字盤を外にしてナックルみたいに嵌めろ」
「え?」
没収さえされてなければ、ハタにかけてやったGパンの中に確かあったはずだ。俺はハタの上から動かさないように注意を払いながらポケットをさぐった。
「あった」
車のカギと家のカギ。
キーケースから乱暴に外して、親指と閉じ込める形で握った拳の指と指の間にねじ込んだ。
「な、何するんすかサイチさん…」
「コレからくる奴らを何としてでもブチのめす!」
「ええぇ!?」
「看守かもしれんからな。それやったら鍵を奪えるけんラッキーじゃ。もし一般兵だとしてもなんか武器くらいは手に入るやろ」
「無理無理無理!無理っすよ!俺、人殴ったことないんすよ!?」
「無理やない!やらなんだら俺らは死ぬんぞ!」
「……」
俺の案にタクは黙って自分の拳を見つめた。わけもわからないままに嵌めた、本来は左腕につけるはずの時計をなぞっている。
俺は黙ってタクを見ていた。もうこれしか手段はない。アイツに覚悟を決めてもらわないとこの計画は成功しない。
足音は近くまで来ている。
「…わかりました」
まっすぐな目で俺をみた。初めて見るといってもいいくらい至極マジメな瞳だった。
「よし」
タクの体が震えているのは寒さからくるものだと考えることにしよう。それか、武者震いだ。
「えぇか。セクシーコマンドー戦法でいくぞ」
「隙を作るんすね」
「お前もマサルさん好きやったな。ほんだら話は早いわ。鉄柵の近くで、背中を向けて横になれ」
黙って俺の言葉に従うタク。俺も同じように体を横たえた。
あれほど冷たかった石の温度も感じられない。思っていたよりも俺自身緊張しているようだ。
「耳だけに集中せぇよ。足音が近くで止まったら相手を掴んで殴る。これでいくぞ」
「はい」
「顎を揺らせ。テンプルにくればすぐに反撃はされんはずやけん」
「はい」
「とにかく殴って殴って殴り千切れ」
「…はい」
足音はもう近い。
息を殺して、その瞬間をうかがう。まだ遠い。もう少しだ。
だんだんと、靴の踏んだ砂利の音まで聞こえてくるようになった。ハタの荒い息と靴音以外は何も聞こえない空間。その中で靴音にだけ意識を集める。
ゆっくりと近づいてきた靴音が俺のすぐ後ろでピタリと止まった。
誤字脱字等ございましたら(ry