きっと彼らを粛清する
私はショッピングモールの駐車場に閉じこもっているときから莉子ちゃんとメールのやり取りをしていた。
すると、莉子ちゃんは五回ぐらいメールのやり取りしたあと、こう送ってきた。
――てか、気になってたの?
私は携帯電話をバチンと折りたたみ、莉子ちゃんに返信しないでいた。なんなら真っ二つに割ってしまいたかった。
帰り道は一切喋らなかった。ママからお金を返されたパパは後部座席の私に振り向いてきて、うつむいている私をしばらくながめていたけれど、何も言わずにフロントガラスに向き直り、何も言わずにお金を財布に入れた。
春のもやにかすんでいる空はうっとうしかった。
自宅に帰ってきてすぐに二階の自室に駆け上がっていった私は、ポーチバッグを机の上に叩き置くと、ベッドにうつぶせになって倒れた。
気になっているはずがない。
ただ単に私は彼らの人間性が信じられないだけ。私に好きだと告白しておいて、吉海くんの告白を手伝っておいて、あれからまだ一ヶ月も経ってないのにショッピングモールで愉快そうにデートしている。
ただの友達だから?
中学生の男の子と女の子がショッピングモールを探索しているって、ただの友達の行いなの?
もしそうだとしても、私にはそんな感覚がわからない。私は好きでもない男の子と一緒になんて絶対に歩かない。
付き合っていたって私は歩きたくない。特にあんな家族連ればかりのショッピングモールでなんて恥ずかしいし。
バッカじゃない。
あんなところを男女四人組で歩ける感覚は本当にわからない。あれでデートのつもり? デートじゃないただの散策だとしたら、なんのつもり? 私のような家族で来ている人たちにとっては目ざわりだし、ぶらぶら歩いているだけの邪魔者だし――。
ポーチバッグの中で携帯電話のメール着信音がしたので、私はベッドから起き上がった。
――おーい。気になってたのか?
莉子ちゃんがにやにやと笑いながらこの文章を打っているのがすぐに思い浮かんで、私はすぐに返信した。気になっているはずがない、と。
携帯電話をベッドの上に放り捨て、また再びうつ伏せに倒れた。
気になっているはずがない。
気になっていたら私は断らなかった。気になっていたら私は気まずくなんかなっていなかった。気になっていたら私は――。
着信音が鳴って、携帯電話をひらいた。
――ま、よくあることじゃない? 環にフラれた慰め会みたいなものじゃないかな? 気にすることないよ! 頑張って!
どうして私が慰められているんだろう。頑張って、だなんて、莉子ちゃんはどういう意味で言っているんだろう。
でも、多分、莉子ちゃんの言う通りだ。あれから一ヶ月も経っていないのに、デートなんてするはずがない。私を連行していった女の子たちはアクティブな感じの子たちだったから、きっと、彼女たちから誘ったに違いない。
けれど、胸のうちがもやもやで重い。なんだか、不快感が喉につっかえているようにして、気分は晴れない。
だから、私は次の日の夕方、家に帰ったらすぐに遠藤先生の塾に向かった。いや、遠藤先生の塾の近くの西予公園というところで莉子ちゃんと落ち合うことにした。
お日様はまだ傾いたばかりで、西空が光のもやにさんさんとしている早い時間だったけれど、自転車を立って漕いでいった。
道中、莉子ちゃんの学校の子たちと何回もすれ違った。ちょっといやだった。私は制服を着ていなかったけれど、莉子ちゃんの学校の子たちは、誰だろうという具合ですれ違う私にいちいち視線を向けてきた。
そうして、国道を渡るときに歩行者信号の赤色に捕まっていたら、向こう側に学生服姿の男子生徒が大勢いた。いやだなと思っていたら、そのうちの一人が「おーい」と、私を大声で呼びかけてきた。
「オタマちゃーん! おーい!」
目を凝らしてみたら、遠藤先生の塾で一緒の藍島という人だった。私は顔をしかめた。そのとき国道にはちょうど車の往来がなくて、向こう側の話し声がよく届いてきた。藍島という人と一緒にいた大勢の男子生徒は、オタマという呼び名について笑っていた。
「知り合いなんだよ。塾で一緒なんだよ。おーい、オタマちゃーん! 早いねー! どうしたのー!」
私は自転車を降りると、ハンドルを持ち上げて自転車の前輪を国道の上り方向に向けて、再びまたがって走り出した。どこ行くの、おーいおーい、と、バカみたいに騒いでいる声を背中で無視して、私は遠回りしていく。
塾では私と話したことないくせに、友達が大勢いるからっていちいち声を掛けてきて、男子って本当にバカだなと思った。
遠回りをして遠藤先生の塾の近くの公園に来ると、小さい子供たちが遊んでいる広場のすみで、私服姿の莉子ちゃんがベンチに座って英単語帳をめくっていた。
「ごめん、待った?」
「待ったよ」
と、莉子ちゃんは声を低くして、一度、にらんできた。
「ウソだよ」
すぐに笑って単語帳を鞄の中にしまった。私は莉子ちゃんの隣に腰かけると、ため息をついた。来る途中に藍島という人たちと会ったことを話した。オタマちゃんと大声で呼ばれて恥ずかしかったことや、大勢でぞろぞろと移動していてみっともなかったことや、どうして男子っていうのはああいうふうにデリカシーが無いのだと莉子ちゃんに矢継ぎ早に喋った。莉子ちゃんはうんうんとうなずいて聞いていた。
私はリュックサックの中からペッドボトルの水を取り出し、ごくごくと飲んだ。それとグミの袋も取り出して、莉子ちゃんに食べるかどうか訊ねた。莉子ちゃんが食べると言ったので、差し出してきた掌に一粒落としてあげた。
莉子ちゃんはそれをぽいっと頭上にほうって、ひらいた口でキャッチした。私は久々に莉子ちゃんのそれを見たので、もう一回やってくれるようグミを一粒渡した。莉子ちゃんはもう一度やってキャッチし、得意げな顔を私に見せてきながらもぐもぐと食べた。私も真似してほうり投げ、ぱくっと唇を閉ざしたら、鼻の頭に当たって、はずんで飛んでいってしまった。
「あーあ。もったいない。できないんだからさ」
莉子ちゃんの冷ややかな声を背中に受けながら私はグミを拾いに行き、ベンチにもどってくると、リュックサックから取り出してきたポケットティッシュでグミを包んで、リュックサックにもどした。
「で、環は吉海くんのことをどう思っているの?」
「えっ?」
唐突に言われたのでびっくりしたら、莉子ちゃんはにやにやと笑っているので、私は眉をしかめた。
「どう思っているだなんてどうも思ってないし」
「ふーん。どうも思ってなかったら怒ったりしないはずなんだけどなあ」
「怒るでしょ、普通。だって、私に告白したばっかで他の女の子と遊んでいるんだよ? おかしくない? じゃあ、私と付き合っていてもそういうことしたって話じゃん」
「いや、しないでしょ」
「じゃあ――」
莉子ちゃんが観音像みたいな真顔で私を見つめてくるので、私は口をつぐんだ。私は莉子ちゃんから視線を離して手もとに落とすと、グミの袋から掌に一粒出して、口の中にほうった。
苛立ちを噛みしめるようにして、グループフルーツ味のすっぱさを食べた。
「べつにさ、なーんにも考えてなかったら怒りもしないはずなんだけどなあ」
私は莉子ちゃんを無視し、小さな子供たちがメリーゴーランドが回っているみたいに駆けている様子を見つめた。
「素直になれば? 素直じゃないんだよね、環は。それが玉にキズ」
私は真顔でいる莉子ちゃんに振り向いた。
「今のダジャレ?」
「そう。おもしろかった?」
「おもしろくない」
「素直になりなよ」
私は莉子ちゃんに会ったのは失敗だったと思った。莉子ちゃんがどうしてか、そう言うものだから、私はだんだんと腹立たしくなってきた。
莉子ちゃんの言うとおりに素直に――、あるいは第三者の視線で私を分析するとしたら、私はとにかくあのショッピングモールの状況に無性に怒りが湧き、そして悔しかった。
どうして怒りが湧いて悔しかったか、たぶん、吉海くんに告白されたことについて私はもやもやとし、気まずくなっていたのにも関わらず、そんな私を放っておいて、当の張本人たちが愉快そうに遊んでいたから。
もちろん、私はその愉快さの輪に参加する気なんてさらさらないけれど、私から言わせれば私がわりかし思いやってあげているんだから、殊勝な気持ちで暮らしていてほしい。
そうすると、その分析結果で弾き出された第三者としての答えは、松山環はものすごくわがままな中学三年生。
吉海くんを、言うならば告白されたあの日の出来事すべてを私だけの所有物にしようとしている、とんでもない独裁者。もしも、巨大な権力を持っていたら私はきっと彼らを粛清する暴君に違いない。
くだらなくて矮小なわがままを貫くために。
とても怖い。私ってそんなに愚か者だったの?
「ごめん。言いすぎたね、環」
私がずっとうつむいていたせいか、莉子ちゃんはしおれた表情ながら私の背中をさすってきた。莉子ちゃんの手の温かさ、人の手の優しみを感じたら、悲しくなってきた。
莉子ちゃんは知っているんじゃないだろうか。私がこんなわがままな愚か者だっていうことを。莉子ちゃんは我慢して私と友達でいてくれているんじゃないだろうか。
子供たちがお母さんたちと一緒に公園をあとにしていく。私は頭の中が空っぽすぎて、しばらく何も考えられなかった。
塾の時間までの間、公園のベンチで、莉子ちゃんは進路の話をした。
莉子ちゃんは私を慰めるようにして、とても喋っていた。私は言葉を返す気力が湧かなくて、うんうんと、うなだれながらうなずくだけだった。
莉子ちゃんの志望校は私の志望校よりも二段階ぐらい下の高校だった。今の学力だとそこがギリギリだとも言った。
「環と一緒の高校行きたいけど、さすがに無理だね」
莉子ちゃんは自嘲するような笑いを含めていたけれど、私はまったく笑えなかった。莉子ちゃんと一緒じゃなくなったら、私はとうとう一人ぼっちになってしまうような気がした。わがままで愚か者の私と友達になってくれる人なんて莉子ちゃんぐらいしかいないと思った。
私はべつだん、今の志望校に行きたいわけじゃなく、私も私でギリギリのラインなのでそこを志望校にしているだけだった。だから、莉子ちゃんの志望校に鞍替えしたって構わない。でも、パパとママが絶対に許すはずがない。
塾の時間の30分前だったので、私たちは自転車にまたがり、遠藤先生の家をめざした。10分で到着してしまい、一週間前と同じく教室には誰もいなかった。
「守屋さんはどうするのかな」
「守屋ッチもあんまり頭良くないみたいだし」
心細さのあまりの私の問いに、莉子ちゃんはそう笑いながら席に座った。私は真っ暗な世界に沈んでいくような気持ちのまま、リュックサックから学習道具を机に並べ、リュックは長机の下に押しこめた。
何かが落ちた。
「あ」
私は思わず声が出てしまい、消しゴムを拾った。莉子ちゃんがどうしたのだと訊ねてきたけど、私は何も答えずに消しゴムを見つめた。
やっぱり、消しゴムは真新しくて、カバーが中身とずれている。
「何それ。誰の消しゴム? 環の?」
「これ――」
私はなんて説明していいものかわからなくて、怖かったけれども、とりあえず、カバーから中身を抜いていった。
今日もまた どうしていいのか わからない
好きなんだけど 好きなんだけど
「何それ。ねえ。何か書いてあるじゃん」
「これ、前もあった。こうやって短歌が書いてあるの」
私は莉子ちゃんに渡して見せた。莉子ちゃんは表と裏を交互にながめ、そうして笑った。
「何これ。誰。二年生?」
莉子ちゃんはせせら笑っていたけれど、私は困惑し通しでまったく説明できなかった。
「前もあった」
「え?」
「前もここにあったの。短歌が書いてあるのが。好きだけど、好きなんだけど、今はまだ、言えないでいる、好きなんだけど、って」
「うっそ」
莉子ちゃんは好奇心で目をきらきらと輝かせながら、右隣の列、誰も座っていない二脚の長机に振り返った。
「うわ。誰。誰の仕業。うっそでしょ」
「ねえ、莉子ちゃん。それって私に送ってきているのかな」
「そうだよ。そうに決まっているじゃん。あの三人の誰かが送ってきているんだよ」
私は何も言葉にできなかった。