好きだから
真っ白なカーテンが風でふくらんで、花びらが私の足もとに舞いこんできた。
給食終わりの昼休みはじめ、クラスメートとともに机の位置をなおしていた。私は桜の花びらをおもわず踏んでしまいそうだったけれど、なんとか、左足を持ちこたえられた。
私は机をそのままに置いて、花びらに手をのばした。
「ちょっとォ。タマちゃん、何やってんのお」
「あっ、ごめん」
前の席の女の子のじゃまになってしまっていた。
あわてて花びらをつまみとり、花びらを持っていない左手で、机をずるずるぎいぎいと引きずっていく。
前の席の女の子が笑いながら待っている。
「おーい、松山ァ、呼んでるぞお」
「えっ? えっ?」
急に男子に呼ばれて、教室の出入口に視線を向けた。扉から体を半分出している女の子が私を手まねきしてきた。私は机をもどさなくちゃいけないし、呼ばれてしまっているしで、すこし混乱してしまった。
「いいよ。私、やっとくから」
前の席の子がそう言ってくれた。私はごめんとだけ言って、机とクラスメートたちをかきわけていった。
呼び出した女の子は隣の2組の女の子だった。終始、にこにこと笑顔でいたけれども、私はこの子とたいして会話をかわしたことがなかったので、目をまるめた。
「どうしたの、何?」
「松山さん、ごめんね。ちょっとだけ時間、大丈夫?」
「うん。でも、どうしたの」
「ちょっと」
廊下に出ると、そこにはもう一人、隣のクラスの女の子がいた。その子もにこにこと笑顔でいて、やっぱり、「ごめんね」と、言った。
なんだろうと不思議になりながら、私は学年中の生徒たちで昼休みににぎわう廊下を、二人について歩いていった。
階段を降りていくとちゅう、手招きしてきた女の子が振りかえってきた。
「松山さんと話がしたいっていう男子がいてさ。でも、嫌だったらイヤって言っていいからね」
「話しをするぐらいべつにいいけど、誰?」
「ウチらのクラスの吉海。ほら、一年のとき、松山さんと同じクラスだったんでしょ」
「うん。でも、何? あんまり話しなんてしたことないけど」
すると、隣のクラスの女の子どうし、顔を見合わせてクスクスと笑った。
「なあに? 気持ちわるい。何?」
「いいからいいから。とりあえず話しだけでもさ」
「そういえば、松山さん、さっきから手に何持ってるの」
「花びら。桜の」
私が教えてあげると、二人はまた顔を見合わせて目をまるめた。
「意外って言うか、思った通りって言うか、可愛いんだね、松山さんって」
茶化されたような気がしてむっとした。やっぱり、教室にもどろうかと思った。でも、仲良しでもない人に嫌われるのは面倒だなと考え、しぶしぶ二人についていく。
うわばきからスニーカーに履きかえて、校舎裏の自転車置き場まで連れていかれた。昼休みに自転車置き場に来る生徒はいないので、校舎の向こうのグラウンドで遊んでいる生徒たちの声がはっきりと聞こえてくる。
大きな桜の木が、積もった雪のようにして枝いっぱいに花を咲かせている。
「じゃ、私たちはこれで」
と、隣のクラスの女の子たちは来た道を駆け足でもどっていってしまった。そうして、何十台もの自転車が屋根のしたで静かに並んでいるところに、吉海くんが立っていた。
「あ――」
私は思わず声が出てしまった。
ようやく、この状況がなんなのか理解できた。
そうしたら急に、私の心臓は胸の内側から私に何かをせかしてきた。せかすものだから、顔中がものすごくあつくなってしまった。頬が真っ赤になっていたらどうしようと心配になり、私は地面のアスファルトにうつむいた。
「ご、ごめん、松山。急に」
「な、何?」
私はちらりと上目に吉海くんをのぞいて、すぐに伏せた。吉海くんがゆっくりと私に歩みよってくるのがわかった。彼の落ち着かない様子も察した。私は吉海くんのことなんて好きでもないしきらいでもない。意識したことは一度もない。二年前は同じクラスだったので、もちろん、会話は何度かあっただろうけど、その内容は覚えていない。
だから、私はどうしたらいいのかわからない。
私は、こちらから歩みよることも、逃げさることもできなかった。両足をふるわせているだけ。花びらをつまんだ右手を左手で覆って握りしめ、足もとにすべりこんでくる花びらにはまったく目がいかなかった。
「あのさ、松山、一年のときクラス一緒だったじゃん」
「うん」
「それで、その、実はおれ、そんときから松山のこと好きで」
私は何も答えられなくて、吉海くんの靴を見つめているしかなかった。そのときようやく、桜の花びらがここにふりしきっていて、駐輪場のアスファルトの上をささやくようにすべっているのがわかった。
「か、彼氏とか、いんの?」
私は首をふった。
「す、好きな奴とかは?」
私は首をふった。
「じゃ、じゃあ――、もし、よかったら」
私は首をふった。
私は一度、両目と唇をぎゅっとむすぶと、うつむいたまま吉海くんの表情は確認せずに、頭をいっぱいにさげた。
「ごめんなさい」
「そ、そう。そうだよな。こっちこそ、急に――」
私は吉海くんの言葉を最後まで聞かないうちに、彼に背中を向けて、走って逃げた。
とても恥ずかしかったし、とても怖かった。そもそも、私は何を考えているのかわからなかった。
だから、私は花びらを持っていたのを忘れてしまっていた。あっ、と、思って、気づいたときには、花びらはその他たくさんの花びらの中に飛んでいってしまっていた。