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辛辣姫は遊び相手を見つけました

新キャラでござい。分別のあるドSお嬢様萌え


 城勤めを始めてから十一ヶ月が経ちました。


 にっこり。

 にっこり。


 オフィーリア魔術機構の魔術師であることを示す紺青のローブを纏い、その組織の中でも第二位の地位を表す銀のブローチを左胸につけた眼鏡の男性と(わたくし)は城の廊下で笑い合っておりました。一見和やかに見えますが、その実、決して微笑ましい光景ではありません。

 私の目標その二、『犬達と遊ぶのはやめたくない』をつつがなく果たせるかどうかを決定づける闘いですわ。勿論、負ける気はありません。


「…………」

「…………」


 私達が放つ険悪な雰囲気から逃げたのか、周囲には誰もいなくなってしまっています。

 落ち着いた深緑の色を湛える眼鏡の彼の正体は、オフィーリア魔術機構第一室長シティズマ・ルード・カルマン氏という方です。

 彼はふわりと肩まである深緑の髪を揺らし、油断なく私を見据えました。その髪と同じ色の瞳を失礼のない程度に見返します。


「ミレディ嬢、先日貴女は一つの盗賊団を国から追い出すように仰せつかっておられましたな」


 笛の音のように雑音のない滑らかなテノールがそう私に切り出しました。カルマン室長様は単刀直入に本題に入ったようです。

 私は笑みを深めます。


「ええ、間違いありませんわ。カルマン室長様」

「そうですか。実は先程、私の所にこのような書類が回ってきましてね」


 表面上は互いに笑顔のままです。仮面の笑みを貼り付けたまま、カルマン室長様が私に一枚の紙を見せてきます。

 カルマン室長様がインクでうっすらと汚れた指先で紙のとある箇所を指差します。


「これはどういうことですかねぇ…? ”以前より問題視されていた盗賊の件の解決にあたり、その功労者であるミレディ・グルーシェフに盗賊らの人権及び所有権の譲渡を許可する”……この一文の、意味が、全くもって、分からんのですが」

「そのままの意味ではないのでしょうか」

「あ゛ぁん?」


 書類に書かれた一文を読み上げた御仁に、私は動揺することなくさも当然であるようにあっさりと答えます。事実、当然ですので。

 その瞬間、怜悧な美貌を誇るカルマン室長様の顔つきが鬼の形相へと変わりました。眼鏡の奥の眼差しの鋭さが増し、私を貫きました。


「この文書はあの盗賊達の出生地である国から送られてきたもののよう、なの、だが、ね! 一番の疑問が、何故、本来処刑されるべき罪人共の諸々の権利譲渡をたかが公爵令嬢へと認める旨の書かれた正式な文書が、私の所にまで回ってきたのか、ということでありましてね!」

「国同士の正式な文書ですので、それらの契約を確固たるものにするため国の上層部の方々の押印がいるのですわ。無論、カルマン室長様は魔術機構の第二位にあらせられるのでその文書が回ってきたというのはおかしいことでは…」

「そこではないっ! 国同士の文書に私の署名が必要なことなど分かりきっておるわ!」


 ギリギリ繕えていた口調を崩して声荒く私の言葉を遮り、カルマン室長様が噛み付いてきました。


「どうしてたかが公爵令嬢一人のために、それもこんな下らないことに国が動いているのかが問題なのだ! 奴らは方々で盗みを働き、最後には自国であるあの国で捕まった。元々はあの国の民だ。あの国で裁かれるべき罪人共だろうに何故処刑もされず我が国の預かりに…!」

「彼らは私の犬となりましたので」

「犬…? それが国を動かす理由になるとでも思っておられるのかねミレディ嬢。貴女は噂に違わぬ傲慢な性格をされているようだ。はぁ、私以外の上層の者達が何故貴女の行為を見逃しているのか理解に苦しむ。自国の罪人を断罪する機会を手放すというのに、あちら側が文句を言わないところも謎……んっ…!?」


 一歩足を踏み出し、止まらない不満を放ち続ける薄い唇に人差し指を当てます。

 近づかれたことにも気づけなかった様子のカルマン室長様は驚きに目を見開き、自身の唇に当てられた指に視線を固定したまま硬直しました。


「カルマン室長様」


 目の前の胸元に触れない距離をあけて擦り寄り、その高い位置にある瞳を覗き込みます。その瞬間カルマン室長様が何かを言いかけましたが、ぷに、と指を軽く押して言葉を封じます。


「お聞きになって。実は私の下僕や犬は身分、年齢、性別、そして……国籍まで隔てなく数多くおりますの」

「っ…」


 自国に留まらず、他国の権力者にまで私に跪く人間がいるということを遠回しに言った言葉にカルマン室長様が眉を顰められました。唇を押す指をやんわりと払われ、何歩か退き距離をとられます。

 手酷く払わない辺り、女性に対する気遣いが幾らか出来る程度には紳士な方のようです。

 払われた指を軽くさすり、警戒心を露わにしているカルマン室長様を見つめます。


「ご心配なさらずとも、もうあれらには害はありませんわ。あの時に私が"しっかり"躾ておきましたので。その書類におきましては、納得がいかなければ署名なさらずとも宜しいかと」

「何…?」

「まぁ、その代わり……」


 うっそりと獲物を見つけた狩猟動物の光を湛え、私はカルマン室長様に心からの笑みを向けました。


「時々、私と遊んで下さいましね…カルマン室長様?」


 私に正々堂々と刃向かって来られる方は非常に貴重ですから…見つけたら簡単には逃がさないようにしてますの。えぇ、貴方様のような方を……特に。


 うっとりと、そう続いた小さな囁き声を耳聡く聞き取ったカルマン室長様の目に怒りが宿ります。それでも、もう彼は何かを言おうとはしませんでした。


「それではカルマン室長様。私、まだ仕事がありますので失礼いたしますわ」


 指先まで神経を使った優雅な礼をしてこの場を去ります。背中に憎悪混じりの熱い視線が突き刺さり、ぞわりと気持ちの良い痺れが背筋を走りました。


 廊下の角を三つほど曲がった所で私は立ち止まりました。そしておもむろに口元を手で隠します。


「……カルマン室長様、やはりとても楽しめそうな方ですわ。今度は私の方から呼び止めてみようかしら」


 口元を隠す手の隙間から見えるのは愉悦の笑み。


 生真面目な魔術師と皆に恐れられる辛辣姫との勝負は、元より負ける戦いをしない辛辣姫に軍配が上がったのだった。







 ミレディが去った後。廊下に取り残されたオフィーリア魔術機構第一室長、シティズマ・ルード・カルマンは無意識に詰めていた息をゆっくり吐き出した。先程まで触れていた細く冷たい指の感触を意識し、唇を押し潰すように手の甲で押さえる。


「…ッチ、これは目を付けられてしまったか?」


 舌打ちし、目を眇める。

 最後に彼女の雰囲気に圧し負け苛立ちを胸に抱くも、彼女との会話が罵詈雑言が飛び交う舌戦になるとばかり思っていたシティズマは幾分拍子抜けしていた。


 発言こそ聞き捨てならないものであったにしろ、自分を貶める言葉を吐かなかった噂の公爵令嬢は、去り際の『あれ』を除けばその立ち振る舞いだけは育ちに相応しい立派な淑女であった。

 無論、毒々しい艶やかな赤い唇から"犬"という言葉が出た時点でそれは表面上にすぎないと理解したのだが。


 人のことを何の気兼ねなく容易く”犬”と言い放ち、お茶会を開いたと朗らかに言うかのように"犬"の”躾”はしたと微笑む。

 まさに悪魔、まさに堕天使である。

 一部で女王と呼ばれているのにも頷ける傲慢な気質。聞くところによるとあれは生まれつきだというのだから、彼女は本当に悪魔の生まれ変わりなのではないだろうかと疑ってしまう。

 あれでまだ十四歳だというのだから末恐ろしい。


 彼女は言外に私を認めた。

 シティズマは複雑な気持ちで心中で呟いた。


 彼女ーーミレディは確かに人を人と思わぬ所業を繰り返し、屈辱に歪む顔や痛みを堪える顔、または泣き顔を見て楽しむという非常に嗜虐的な嗜好を持つ。それは周囲の視線を憚らないもので、そのためこの国周辺においては彼女のことを知らない者はいない。

 公爵令嬢という身分を笠に着て好き勝手している性悪女。市井や貴族階級の隔たりなく、広くそのようにも言われている。


 だが、一方で彼女は炯眼を持つ者としても有名だった。

 公爵令嬢としての嗜み以上に彼女は礼儀作法というものをよく理解し、それに準じた振る舞いが出来る聡明さを持つ。だがしかし彼女は相手の身分に関わらず罵りたいという欲求が湧けば即実行に移す、という些かどころか多大に欲求に忠実な一面を持つ。いや、一面ではなくそれが本性なのだろう。

 そんな彼女が罵詈雑言を吐かない相手というのは、彼女が相手を貶めたいという欲求を抑えてでも敬意を払うべき人物であると判断した人間であるのだ。そして、その判断を決して間違うことがない。

 人をよく観察し、僅かな表情をも読み、その心の内まで見透かす真性の洞察力は、シティズマの上司でありオフィーリア魔術機構の頂点に立つ魔術師長も認める正確さだという。


「…………」


 手に持った書類を見下ろす。

 罪人を受け入れるなど、それも自分から見れば赤子同然の幼い少女が彼等を引き取り、その身元を預かるなど到底見過ごせないことだ。だが、もう自分が何を言ったところで無駄なのだとシティズマは悟っていた。

 先程自分が言ったことは全て本音。嘘は全く吐いていない。彼女とは馬が合わないと確信もしている。何より、己を一瞬であろうと魅了したその振る舞いが気に食わない。気に入らない。あのような子どもに自分が僅かなりとも振り回されたことが非常に気に障った。

 

「署名はしなくてもいいと言っていたな」


 銀縁の眼鏡を押し上げ、書類の署名を書くために空けてある空白を睨む。せめてもの抵抗に自分だけでも彼女の思い通りに動かぬことにしよう。

 そう決意したところで、最後にシティズマに向けられた鈍く光る捕食者の眼差しを思い出し、眉間に皺を寄せる。


「…ふん。小娘に遊ばれる程、私は愚かではないぞ」


 心底不愉快そうに呟かれたテノールは城の廊下に小さく反響し消えた。その場から立ち去る足音に紛れるほんの少しの期待の籠もった楽しげな響きを隠して。






「遊び相手が増えましたわグリー」

「どういう遊び相手ですか」

「言葉遊びができる遊び相手ですわ」

「つまりミレディ様好みの何かとミレディ様の行動に突っかかってくる口の立つ御仁であると……お気の毒に」


 そう言って肩を竦めるグラッジのうなじ近くの背の部分に丁寧に下絵を描きながら(わたくし)は微笑みます。服を着れば必ず隠れる位置に描いているので人に見咎められることもありません。


「無謀に突っかかってくる方でも一方的に私に言いくるめられるような愚鈍な方ではありませんわ。とても対峙のしがいのあるお方でしたの」

「要は、プライドが高くて知性的でミレディ様に屈しない所がお気に召したんですね」

「…ふふ」


 小さく笑ってグラッジの言ったことを肯定します。えぇ、頭の回転が早く、自尊心の高い方は好物ですの。間違っていません。

 針先で浅く皮膚に傷を付けて描いている下絵はどんどん完成に近づいていきます。

 尻尾の先を描き終わったとき、暫く静かにしていたグラッジがその暗い髪を揺らして首を傾げました。


「そういえば、預かりとなった罪人達の処遇はどうされるおつもりなんです」


 そんな素朴な疑問に私は後ろから彼を覗き込み、濃紺の瞳と目を合わせました。グラッジは真っ直ぐ私を見つめ、いつも通り目が逸らされることはありません。


「幸い労働力にならないほど年配の者はあの中にはおりませんでした」


 だから。


「我が公爵家の『草』として教育しようかと思っていますわ」


 勿論、私直属の私に絶対の忠誠を誓わせた『草』として、ね。


「暗器を使える犬、前から欲しかったんですの。それも出来るだけたくさん」

「……教育は誰が」

「躾は私だけれど、そうね、教育は……」


 今、私をあの木々の陰から狙っている方々にお願いしましょうか。


 グラッジは私のその言葉に俯き加減だった頭を上げ、眼光を鋭くしました。父に与えられた別邸を囲む森の中、夕焼けの下で切り株に座っていた私達は周囲を覆う木々を見渡します。


 気配は殆ど感じられません。ですが私には分かるのです。空気の流れ、そして、木々達が私に教えてくれます。


「ミレディ様」


 肩の部分をはだけさせたままグラッジが立ち上がりました。彼の手には傍らに置いていた愛用の長剣が握られています。

 剣を握っていない方の大きな手が肩に触れ、彼の方に引き寄せられました。



 夕陽が完全に山に隠れ闇が訪れたその瞬間、周囲の闇がふるりとーーー揺れました。

何やら不穏な展開

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