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辛辣姫は気づきました

連載にしました。一話目は短編と全く同じです。

ドSな令嬢萌え

 罵ること。それは(わたくし)の心を潤す甘露です。

 私は何故か幼い頃から人を罵り、追い詰め、泣かせることが大好きでした。記憶にはございませんが、過去にろくに話せない幼児であった私にさえ精神を抉られた方は数知れずいたとお父様が仰った程の筋金入りです。

 罵るという行為は五歳の頃には日常となり、十四歳の今となっては習慣にまで達してしまいました。

 さらにレパートリーも増えて、罵るだけでなく相手の逃げ道を塞ぎ追い詰め、頭を地面に擦り付けさせたりもしています。その頭を踏みつけたときのあの快感はもう病みつきになりますね。

 はあ…あれはまるで淫魔(インキュバス)の誘惑のようです。気がつけば足が後頭部に乗っているのですもの。最初は流石の私も驚きました。でも聞こえてくる呻き声と泣き声にこの身を駆け巡った電流にすぐに夢中になってしまいました。夢中になりすぎて険しい表情をした周りの方々に羽交い締めにされて止められてしまいましたが。

 ご迷惑をおかけしてしまったようで、非常に恐ろしい顔つきでしたわ。何故か怯えた表情をした方も見受けられました。不思議でした。私を見て顔をひきつらせますの。淑女に対してそれは失礼でありませんこと? 見逃して差し上げましたけど。

 それからというもの、私はなるべく周囲に目がない所を選んであれをやっています。時と場合と場所は大切だと勉強になった一件でしたわ。


 (わたくし)は半年前から王城勤めの侍女として身を粉にして働いております。公爵家の五人兄弟の中で紅一点であった私は蝶よ花よと育てられておりましたので、少々仕事を覚えるのに時間が掛かりましたが、入城から一月で大体のことは難なくこなせるようになりました。

 しかしその間、一度も頭を踏めなかったものですからストレスが溜まって溜まって辛い思いをしたものです。二月が経ってやっと頂けた一日の休みもストレス解消に費やしてしまいました。

 ああ、買いたい物がありましたのに。もったいないですわ。目先の快感を優先してしまうなんて、私はなんて愚かなんでしょう。私、まだまだ自制が足りませんわね。反省です。

 その時はそのように思っておりました。でも無理でした。反動というものは恐ろしいですわね。気がつけば休みの日は必ず誰かを足蹴にしておりますの。記憶にぽっかりと穴が空いていることもしばしばあります。幼い頃からよくあったことですのでさして気にしていませんが、私は買い物がしたいのです。

 ……そう、買い物がしたいのに、私の欲求のランクでは足蹴の方が買い物よりも遙か高みの上位に位置しているようなのです。当然のことのように納得できましたが。

 誰かと一緒に行けば何かあっても私を止めて下さると思い立ち同行をお願いしたこともあるのですが、一人として首を縦に振って下さる方はいらっしゃいませんでした。それどころかもの凄い速さで横に振っておられました。

 ……あら私、もしかして嫌われておりますの?




 翌日侍女頭に頼み連日の休みをお願いしたところ、冷や汗を額に浮かばせた侍女頭は(わたくし)と目も合わせることなく二つ返事で了承して下さいました。あの反応、やはり私は嫌われているのでしょうか。

 落ち込んだ気分を上昇させるため、私は椅子の上に座っております。硬く頑強な筋肉を骨の周りに貼り付けた全長190センチ越えの椅子です。座り心地は最低なのですが、まるで凍えた体に染み入る温かなスープのようにじわじわと快感を得られるので嫌いではありません。特に長く楽しみたい時に便利で重宝しています。

 この椅子は丈夫な方ですが、やはり半刻も経つと苦しげな息づかいと呻き声が鼓膜を刺激してきます。それがまたぞくぞくとして良いんですの。でも時間がないとできないのが残念なところですわね。


「私、どうやら皆様に嫌われているようですの」

「今更ですか…っ」

「私を馬鹿にした態度をとれる資格など貴方にはありませんわ。椅子、背中が反ってきておりますわよ。ちゃんと四つん這いになりなさい。図体ばかり大きい愚鈍な椅子風情が」

「ぐぅっ………そろそろ解放して欲しいんですが…多分、一刻は経ってます。腹と腕が震えて……っ」

「椅子は喋りません」


 椅子が軋んだようです。耳障りですわね。ああ嫌ですわ、もう替え時ですの? やはり年季の入った椅子は壊れやすいのかしら。

 この椅子は私が四歳の時に手に入れたものです。十年物です。出逢ったばかりの当初は色々と抵抗してきたものですが、少し苛めて差し上げたら大人しくなりました。いえ、大したことはしておりませんのよ? ただ、ちょっといつも以上に気合いを入れて挨拶をしただけですわ。

 従順な犬にして便利な椅子。一目惚れでしたの。本当に良い拾い物をいたしました。昔の私を褒めたいぐらいです。こういう物はとりあえず数多く持っていた方が何かと役に立ちますもの。


「はあ…それにしても、私はどうして嫌われてしまったのかしら」

「……そりゃあ、こう…っいうのが駄目なんだと思います」

「私の唯一の癒やしに口出しするのですか椅子」

「いや、自分はミレディ様に周知の事実を……ぐっ!!」


 私の久々の癒やしに水を差されたような気分になったので、お仕置きとして椅子の地面に突いた手の甲に常に携帯しているダガーナイフを深く突き刺しました。びくりと椅子が震えたのでとても不愉快です。ああでも、手の甲から流れ出た血が鮮やかですわ。


「ふっ…ぐうぅ……う」

「抜いて欲しい?」


 にっこりと笑って聞きます。

 私は椅子の背中に胸を貼り付けるように上半身を倒して、ダガーを持った手を伸ばして椅子の手の甲に刺しています。私の唇の隣には今にも触れそうな程近く迫った椅子の耳があります。椅子が首を捻ればキスもできそうなぐらいの距離です。

 けれど地面を睨みつける椅子は私の方を見ようともしません。長い付き合いである椅子は私がどんな表情をしているのか分かっているでしょう。見ればどうなるか、経験上知っているのです。だから意地でも見ない。

 ダガーの柄の先を人差し指でツンと押さえて、椅子の脂汗が浮かんできた額を空いている手で撫でます。普段こういう時は撫でるなどという飴をやる行為はしないのですけれど、今回は頑張って我慢している椅子へ特別にご褒美です。

 というのも、実はダガーに神経を冒して痛みを極端に増幅させる作用のある毒を塗りつけているのです。通常であるなら狂ったように泣き叫んでもおかしくない劇毒です。運良く手に入れられたので使ってみたのですが、流石は私の一番のお気に入り。呻き声だけで耐えられるなんて随分な精神力ですわ。


「…っ、抜いて、下さい」

「なら……言わなくちゃいけないことがありますわよね」


 ぎりっと歯を食いしばりながら請うてきた椅子に耳元で囁きます。びくりとまた震えました。ああ楽しい。興奮しますわ。

 頬が熱い。目も潤んできました。ああ、ふふふ。気持ちいい。

 椅子が小さく息を吸いました。


「じ…ぶんはっ…ミレディ様のもの、です…っ。椅子で…す下僕です奴隷です…っく、ミレ…ディ様に傅くしか能のない…牙を、折ら……っれた下賎な…い…ぬです。どうか…ミレディ様のあいを…愛を…っくだ…さいっ…」


 低い声を苦痛に掠れさせて屈辱的な言葉を吐く椅子。

 ああん、もう最高ですわ! 身に染みるこの悦楽この快感! やはり止められません! 私のこれが原因で皆様に嫌われているのだとしても止められるものではありませんわ! 本能ですもの!


「いい子ね……ふふふ」


 ゆっくりと、いたぶるようにダガーを抜いていきます。椅子が獣のような呻き声を上げて耐える姿に、つい息が荒くなりました。

 抜き取ったダガーを切れない特殊な糸で作った特別製の布に包み胸元にしまいます。その際に親指ほどの小瓶を取り出して蓋を外し、いまだ血の吹き出す傷口に向け、瓶を傾けて僅かに粘度のあるそれを一気に垂らします。解毒薬です。

 液が傷口に触れた瞬間、声にならない悲鳴を上げて椅子の体がガクンと崩れ落ちました。でも転げ落ちはしません。私、意外と運動神経が優秀ですの。

 片側の頬を地面につけて倒れる椅子の目から痛みによる生理的な涙が零れます。

 それを見た瞬間、足の指先から甘い痺れが脳天まで駆け上がりました。


「ふ…ぅ」

「…っ!」


 堪えきれず漏れた熱い吐息が椅子の耳にかかって、椅子が息を詰めた気配を感じました。自然と私の笑みが深まります。

 この椅子、色恋というものが苦手だそうであまり女性経験がないのです。意外と初で、今のようなことでも敏感に反応します。椅子の意識が私に集中していることが分かって、気分が良くなりました。

 でもそのような反応を返されると、まるで私が誘惑しているかのようではありませんこと? 私はただ(じゃ)れて遊んでいるだけです。その反応はとても不愉快です。そして心外ですわ。他の椅子や、犬や、下僕や、奴隷などとこのように遊んでいる時にも、時々あれらも同じ反応をすることがあります。そういう反応をしないよう躾るべきかしら。

 まあ、それはともかくとして今は治療です。

 私は椅子の傷口に掌を翳し治癒魔術を使いました。掌から生み出された白い光の粒が雨のように傷口へ降り注ぎます。見る見るうちに傷口は消え去り、痕も残らず完治しました。

 この治癒魔術のおかげで、私がどんなに彼らを痛めつけようが体に傷が残ることはありません。私と遊んでくれる方達の皮膚は実に綺麗なものです。傷が原因で後遺症が残ったり亡くなったりということは一度も起きていません。即死でもない限り私は全て治すことができますから。


「はあ、今日はこのぐらいにします。満足ですわ。ありがとうグリー」


 流石にこれ以上は可哀想だと思い、ストレス発散を兼ねた日課の遊技の終了を宣言します。

 その言葉を聞いて椅子になっていた人物は顔を紅潮させたまま、片目だけで私を上目遣いに見上げました。疲れ果てて声も出ないようです。労いの意味も込めてその漆のような真っ黒い髪を指で優しく梳いであげます。

 すると陶然とした表情で目を細めました。まるで愛玩動物のような仕草ですわね。こんなに大きな愛玩動物はいないと思いますが。


「みれ…でぃ、様」

「ご苦労様グリー。ふふ、今日も楽しかったわ」


 遊びは終わりましたし、椅子扱いはやめています。何事にも、切り替えというのは大切でしょう?

 そうそう、遅くなりましたが彼の紹介をいたしましょう。椅子もとい我がグルーシェフ公爵家に私専属の護衛として仕えている元傭兵のグラッジです。

 グラッジは非常に優秀な犬で、下僕で、奴隷で、護衛です。年齢は私の倍の二十八歳。出逢ったときは血気盛んな若き十八歳でした。

 その時のことはよく覚えています。初めてお互いを認識したあの時、グラッジはかつての私に向かって見下した発言を吐き捨てたのです。

 邪魔だガキ、と。

 勿論、今より自制の利かなかった当時の私はつい反射的に本気の罵倒で反撃しておりました。

 その時の反論する言葉を奪われ、ただ唇を噛んで私の罵倒に耐えるグラッジの姿がなんとも…好みだったのです。

 その一件で彼を気に入ってしまった私は、すぐにお父様の権限を最大限に利用してグラッジを私の許に引き込みました。反抗的な彼の教育は私の役目となりましたが、別段苦になりませんでした。威嚇する犬の牙を抜いて従順にさせる作業というのは私にとって楽しいものでしかありませんでしたから。

 その頃から十年。グラッジは今も私に従事し、私が仕事の時以外は常に傍にいます。私を一番よく理解しているのも彼です。


「ミレディ様」


 椅子に座って過去を振り返っていた私の隣にグラッジが立ちました。血に汚れた床の掃除が終わったのでしょう。

 グラッジは膝を突き、神妙な顔つきで私に目線を合わせました。ターコイズの瞳が私を見つめます。


「ミレディ様。改めて言わせて貰いますが、周囲に怖がられている理由はこういったミレディ様の嗜好にあります」

「あら、さっきもそのようなことを言っていましたわね。何故ですの?」

「ミレディ様は幼少の頃からご自身が周囲になんと呼ばれているか知ってますか」


 なんと呼ばれているか?

 唐突な問いに首を傾げながら指折り数えます。世間のことは私よりグラッジの方がよく知っていますし、これには何か理由があるのでしょう。


「グルーシェフ公爵の愛娘、堕天使、悪の女王、悪魔な淑女(サキュバス・レディ)、金色の魔女……ぐらいかしら」

「それと辛辣姫(しんらつひめ)です。これが一番有名です」

「どれも淑女には似つかわしくない呼び名ですわね。堕天だとか悪だとか、私はそんな風に呼ばれるほど性格が悪いのかしら」

性質(たち)が悪いという意味ではそうかもしれません。まあ、そこがミレディ様の魅力でもあるので、そう気を落とされなくても大丈夫です。少なくとも自分は今のミレディ様を十二分に敬愛してます」


 言い並べてみた自分の呼称に少し落ち込むと、それを敏感に察したグラッジが慰めてくれました。けれどそれは分かっているのです。グラッジ並びに私の従者(いぬ)達が私のことを敬愛していないなど有り得ませんから。それだけの信頼関係は築いてきたつもりですので。


 今、重要なのは私が周囲に嫌われている現状をどう打破するかという事ですわ。

 でないと、これまでもそうですが、これから私は身内と従者(いぬ)達以外の親しい方を作れません。

 友人は一人しかおらず(幼少からの唯一の親友です)、評判の悪さゆえに婚約者もできず(つまりその先の婚姻など夢のまた夢)、従者(いぬ)達と遊ぶことだけが楽しみの(これは悪くありませんわね)老嬢となって死ぬ、という寂しい生涯を終える未来がくっきりと見えます。


 一人は嫌です。せめて三人ぐらいは友人が欲しいとは思います。

 でも、遊ぶため以外に頑張るのは少し億劫だとも思いますの。頑張らずとも、とりあえず先程のようなことを止めればいいのかもしれませんが、生き甲斐あってこその人生ですので、趣味は手放したくありません。あれは最早私の生活の一部です。今更取り除くのは不可能だと断言できます。


 まあ、そのようなことを考えていてもどうにもなりませんわね。とりあえず目標を作りましょう。

 一.友人を増やしたい。

 二.従者(いぬ)達と遊ぶのはやめたくない。

 三.億劫に思ってしまうので頑張りすぎないようにしなくてはならない。

 これら三つを満たす目標を考えます。


「ん、そうですわね」

「ミレディ様……?」


 何をするかの方針が決まったので、考え込んでいる間ずっと黙ったままだった私を心配げに窺っていたグラッジにすっと口角を上げて、その高い位置にある端正な顔を見上げます。


「私、まずは王城内に友人を作りますわ」


 こつこつと、ね。

 そう続けた私に、グラッジは意外そうに目を見開いて、それは良案ですと苦笑しました。


 

続きました

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