ロンロンとの出会い⑵
目を覚ますと、そこにはチャイナ娘がいた。彼女の着ている灰色の迷彩柄のズボンは街中でもカモフラージュ効果を期待できるものだ。シャツには大きく「I(ハートマーク)上海」と書かれている。
「メイグアンシーマ?」
恐らく、大丈夫か?と聞いているのだろう。彼女の手にはよくあるパリパリの薄いペットボトルに入ったミネラルウォーターがあった。
「ここではきれいな水は貴重みたいだから、とっておきなよ。あと、日本語でも大丈夫?」
近未来では義務教育の期間で英語に加えて中国を学ぶことができるのだが、不真面目がたたって役に立たなかった。
「いいわよ。あなた、長いこと眠っていたんだから。」
意外とあっさりと流暢な日本語が飛び出してきたので拍子抜けした。
ボイラー室の下の階では、昨日のろくでもない連中がアルコール漬けで伸びている。
「私も少し距離を置いていたのよ、お酒苦手だし。」
クールな目元に反して、彼女はいくらか饒舌に思えた。
「一人で乗り込んで、不安じゃなかったの?」
「冒険は好きな方ね。」
彼女は三つ編みの毛先で頬を撫でている。面白い仕草だ。
「僕の名前は大空宇宙。」
「宇宙に出るのは宿命だったって訳ね。」
彼女は睨むような目で僕を見た。僕は宇宙に出てきたこれまでのいきさつがあまりに間抜けだったので恥ずかしくなった。
「両親がパイロットだったから。父さんは若い頃からずっと軍に所属して宇宙の前線で戦っていたし、母さんも僕を産むまではそうだった。」
「船団には来てないの?」
「あの大戦で2人とも死んだんだ。」
「ごめんなさい、軽率だったわ。」
「いや、いいよ。父さんたちの眠る宇宙に来れたんだし。」
そういえばまだ僕は宇宙の星々を見ていない。
「君の名前は?」
そう聞くと、彼女は少し考える素振りをした。
「そうね、ジェニファー・龍々(ロンロン)」とでも名乗っておくわ。」
僕はぽかんとした。
「失礼に思わないでね、今はそう呼んで。」
僕はうなずいた。
「しばらく休んだらここを出よう。」
「私もそう考えていたわ。」
ここに来る途中、監視をいくらか見かけた。ここに居座っていたら、いつかは彼らに見つかって、まださほど遠くない地球へと追い返されてしまうに違いない。
「しばらく寝たら、出発しよう。」
薄暗いボイラー室に朝はない。床に散乱したオリーブ色のパッケージの宇宙食を物色する。TEN-SING-HANG、PAERIA、TACOS、そしてPANCAKEとGYU-DON。各国のメニューがいろいろとあるので驚き、迷ったが、かさばることと水分を考え、高カロリーのゼリー・チューブを持って行くことにした。
いよいよ出発しようかというところで、背後から声をかけられた。
「行くのか?」
サムが真剣な顔をしていた。
「だろうな。俺たちもじきにここを出るつもりだ。これ、持って行けよ。監視室からこっそり拝借した地下の地図のコピーだ。地下は意外と広い、気をつけろよ。」
僕は彼と固く握手をした。
「地上に出たら、ドイツのビールでもおごるぜ。」
僕たちは、ボイラー室を出た。
「意外といいやつだったのね。」
「ワインは散々だったけど。」
地下の通路は意外とすんなりと通過することができた。地上に続くエレベーターをいくつも見つけたが、いずれもロックされパスカードが必要で通れない。
そして、やっと見つけた錆びたハシゴを疑いがちに登り、古びた重いハッチに思い切り力を込めると、ギシギシと音を立ててハッチが開いた。
初めて見る宇宙船団の地上、それは砂吹雪吹き荒れる砂漠であった。