救え!バトロイド
ボロボロに引き裂かれたバトロイドを回収する車内。皆無言だった。荒んだ戦闘を経験した僕は心に埋められない空間を感じていた。引きちぎられる音、感覚、それらがまとわりつき、こびりついて離れない。
機体に絡みついた8本のワイヤーは途中で引きちぎられたままほどけない。オヤジがロンロンのパンケーキを気に入って作ったパンケーキのレンズユニットも見るも無残に割られていた。そして、左腕がない。
「ひでえ戦いになっちまったな。」
オヤジが申し訳なさそうだ。
「どうせ計画もない商売だ。これから少しリゾートに行ってしばらく休まないか?」
ロンロンは答えない。
「しかし、最初に千切られちまった左の腕は一体どこに行っちまったんだろうな。」
瓦礫の街、ラクシャに戻る。
「コーヒーよ。私が飲みたいだけだけど。」
ロンロンのくれたコーヒーは少し、ブランデーの味がした。
オヤジはさっそくシングル・モルトの瓶を煽っている。
「やめちまおうぜ、体に毒だ。」
「そのウイスキーのこと?」
「なんでそうなるんだよ、この仕事の事だよ、しごと。」
皆、少しだけ笑った。
移民船団のラクシャに戻ったのは夜のことだった。
「今日はもう寝るよ。」
夜になると、砂埃の風も眠るのだろう。乾燥して静かな砂漠の夜に、名も知らない惑星が小さくぼやりと浮かんでいる。かわいそうなのは、バトロイドだ。もう寝よう。
深夜。バリバリと変な音がして目が覚めた。地を這いずり回るような奇妙な音だ。すると、オヤジの怒声が聞こえた。
「手伝ってくれ!バトロイドがおかしい!!」
部屋の窓代わりの四角い穴から、身を乗り出して見てみると、引きちぎられたパーツたちが奇妙な動きをしてうごめいている。
僕は急いで隣のビルへ飛び降りた。
「お前はとりあえずこれだ。メインエンジンにクランクを突き刺して、ひたすら回せ。続く限りずっとだ。」
ロンロンも走ってやってきた。
「いいところに来た!」
「私はどうすれば?」
「よし、なら顎につないであるワイヤーを巻き取り機にセットして、思い切り巻きあげろ。俺はエーテルを持ってくる。」
「エーテルって、気を失うやつ?」
僕が尋ねた。
「お前、宇宙を飛んでいながらエーテルも知らないのか?まあいい、説明は後だ。ロンロン、頼んだぞ。」
ロンロンが巻き上げ機のレバーを最大出力に押し下げると、バトロイドの機体頭部はシュールな動きをしながら顎先が思い切り引き上げられた。
「できたわ。次は?」
「上出来だ。なら、あいつと交代してエンジンのクランクを回してくれ。止めるなよ?」
スタミナの限界に達しつつあった僕は救われた。
「よし、今からエーテルを吸わせる、この重いマスクを口の位置に装着するから運ぶのを手伝ってくれ。休ませないぞ。」
重いマスクの4箇所をボルトで固定する。オヤジの指示は尽きることがない。
「エーテルをラングユニットに吸わせる。横にあるシーソーを可能な限り動かしてくれ!これはゆっくりでいいから、クランクを回しているロンロンと交代するか。」
次にオヤジは、今度は長いホースを担いできた。
「こいつで目一杯オイルを注ぎ込む。血が足りないんだ。」
オヤジはホースの先にあるライン・ユニットをバトロイドの右脇のプラグに思い切り差し込んだ。
「これで安定するはずなんだが、、、」
僕はクランクを回し続けるその先に、異様な光景を目にしていた。よく見てみれば、自力で引きちぎられた腕や脚を、飛び出した無数のコードを介して体幹に引きつけ、自己再生しているみたいだ。吹き上がる赤いオイルの量も徐々に落ち着いて行く。
「局所的な自己再生のプログラムが施してあるんだが、衝撃で暴走しているんだろうか?」
しかし、明らかにおかしな修復が進んでいる。消えた左腕の肩からは、空に向かって伸びた長いコードが執拗に何かを求めてうねりをあげている。右足に至っては大きくねじれて癒合している。ほかの腕や脚も同じだ。更に、右肩の位置には、イオ・バスターがすっかり取り込まれてしまっている。
僕はふと、コックピットはどうなっているのかと気になり、隙間からコックピットへ体をねじ込んだ。
ちょうどその時、機体の目にオレンジの光が灯り、不完全なバトロイドは空に腕を伸ばしてあがき始めた。そして、止まったかと思ったところでマスクを思い切り引きちぎり、オイルのプラグを引き抜き、ぎこちない動きで起立したのち、オイルを吹きながら大空へと向かって飛び出した。途中、顎先のワイヤーが首に絡みつき、バトロイドは実に奇妙な動きで振り回されて引きとめられたが、それも非力なままに、頭をがくんと引き上げ、引きちぎって大空へと飛び立ってしまった。僕をコックピットに飲み込んだまま。