ブラック・バトルと白のスワン
「7時の方向より敵機7体。後方に気をつけて。」
ロンロンはいつになく真剣だ。
「7体でフォーメーションを組んで潰しにかかる気だな。」
モニター越しにオヤジが眉をひそめて顎を撫でる。
パンケーキをまとったイオ・バスターは1発しか打てないことに変わりはない。イオを搭載するためにほかの兵器を積むことはできず、廃墟の街「ラクシャ」に置いてきたのだから、それを放ってしまえば残されるのはタクティカル・メスによる白兵戦のみだ。しかしこれは、一度敵機にヒットさせたら刃先を取り替えなくてはならない難点がある。
そこへ突如、黒と紫の機体が現れ、僕の進行を阻んだ。民間戦力としては最大手のフォーティア社のエリート、ガーラムだ。
「今日は大目玉つけて宇宙にでも引っ越しか?」
「モニターに集中して。」
ロンロンが適切なアドバイスを送る。
「墜撃数二桁のこの俺に対して、いい態度だな!」
彼はフォーティア社の誇る「グンニグル」、長い鋼鉄の薙刀の紫に燃える刃先を僕に突きつける。僕はひるんだ。
「おい、ガーラム、その辺にしておけ。俺たちのプライドはそんなもんなのか?」
ガーラムの背後から彼と同じ配色の機体がやってきて制する。
「すまないな、同じ民間戦力として、街を守ろうな。」
凛々しい横顔が見えた気がした。
気をとりなおして戦線に向かう。思えば今までは遠くから機を疑うことばかりだった。しかし、新しいイオには超長距離の射程はない。ある程度近づかなければ正確な攻撃範囲を確保できないのだ。
バトルシップ「セブンス」の放つ無数のビームに沿い、方向を保って戦地に近づいて行く。軍の灰色の戦闘機が各所で編隊を組み、芸術的な軌跡を作りながら飛翔している。
腕のあるパイロットは敢えて隕石の流れる場所へ敵を誘い、普段の戦術に加え隕石を巧みにかわさなければならない状況下で戦おうとする。しかしながら、敵軍アンドルスにはムラマサ率いる「影軍団」がゲリラ的に身を潜め、追い打ちの機会を伺っている。戦術と戦術がぶつかり交わる宇宙である。
隕石内での超速飛行の訓練を受けていない僕は、クリアな空間から真っ向勝負を仕掛ける他にない。せめて、1体だけでも墜撃しなくては。
敵艦隊のうちでもっとも末梢にある小さな艦隊に目をつけた。あの規模であれば最悪逃げることもできるだろう。僕は進路を変えた。
「敵機4、小規模な構成ね。」
ロンロンがあらかじめ、小規模な敵艦隊の情報を探る。
「罠で無ければいいけど。」
目標の戦艦がグイグイと迫る。そして、ちょうど射程範囲にさしかかったころだった。
「敵機4体、全て飛散、もしかして、、、」
敵機が突如として自壊し、その中からどす黒い煙の塊がうねうねと気持ち悪く手を這い出していた。
「ブラックホールか!!」
オヤジが血相を変えて怒鳴った。
「おい、今すぐ逃げろ!!」
オヤジの怒声が聞こえる頃にはもう、僕は制御を失っていた。その、どす黒いものにどんどん引かれ、ついにはその黒い触手にとらわれたかと思うと、絶妙なタイミングで黒い物体は消失し、代わりに8本のワイヤーでバトロイドは拘束されていた。
敵機より、通信がつながる。無数の罵倒。それは8本のワイヤー以上に僕を、オヤジを、ロンロンを傷つけるものだった。
「お前がこの船を狙うのを待っていたよ。」
「予想通りだ。」
「艦隊の規模で甘く判断しないことだな。」
オヤジがモニターを叩く。
「ブラックホール・システム、、、かつては共に戦った戦艦を慈悲もなく爆弾にするシステム。残酷過ぎねえかよ!」
敵の一体が僕のバトロイドの腕に手を掛ける。
「人体をもしたロボ?笑えるぜ、所詮破壊兵器なのによお。」
バトロイドの左腕が引きちぎられた。
「おお、一人前に血、流してやがる。」
僕は泣いていた。
次々に四肢が失われて行く。
「ワイヤーほどいてやるよ、これぶちかましてからな。」
それは、アラビアガム弾。戦闘機の表面に粘着して剥がれない素材でできている。それを浴びるということは、緊急脱出が不可能になるということだ。
「上官には巨砲を前に緊急脱出を忘れた勇者だったって報告しといてやるよ」
ロンロンが泣いている。オヤジは彼をパイロットにした自分を責めて泣いた。
二人とも、もうこの船団から降りようと決めていた。
しかし、その時だった。
遠方より、3つの白い星。それはやがて三つの機体をあらわにし瀕死の僕のもとに現れた。
「その愚劣な戦い、全宇宙の誰しもが君たちを侮辱するだろう。」
3体のその中央。純白に輝く機体、背には一つの大きな翼を携えている。
「おい、あ、あいつは、、、」
敵の一人が戦慄する。
「あいつは、セブンスの、センチネル・フォース、」
「片翼のスワンだ!」
「て、てったい、撤退だー!」
4体の機体は瞬く間に去って行った。
ボロボロになった機体から、僕は白い機体の3人を見上げていた。すると、翼を一つ失った機体が僕の前にやってきて囁いた。
「やっと会えたね、兄さん。」