パンケーキのギミック
超移民船団「ガイア」の館内は、その時の地球の暦に合わせて、秋の気候が再現されている。その本艦に宿り木のように張り付いた宇宙船がありその内部には「ラクシャ」と呼ばれる砂漠に埋れた廃墟の街が広がっているのだが、そのアウトローな艦内は遠くの恒星の光をもろに受けて皮肉なくらいの夏日だ。
その廃墟ビルの屋上。サングラスをかけ、ラクダの移民の真似をして砂から守るスカーフで顔を隠した僕の横では、大きな布を被った真っ赤なバトロイドが灼熱に蒸されながら睡眠している。
振り返ると、隣のビルの崩れた壁をまたいで、逆光のシルエットでロンロンがこちらにやって来た。目が慣れてくると、何処かいつもと違う。
「ロンロン、その髪型どうしたの?」
ショートカットに羽のようなウェーブ。
「街で流行ってるらしいのよ。それで、これも。」
彼女の手には中国語の新聞にくるまれたパンケーキがあった。
「街ではこれも流行ってるそうなのよ。」
少しためらいを含んだ口調だ。
すると、奥の崩れた壁のアーチからオヤジがやって来た。
「ロンロンも、ファッションに敏感な年頃なのさ。普段クールだけどな。」
オヤジはすでにモゴモゴしている。
「おい、ベーコンエッグもマッチしてうめえな!」
僕も、手を伸ばして見た。
「こっちがラズベリーのクリーム、これはアボガドのペーストにスモークサーモンを混ぜたもの。ライト・ミールにしたいならキッチンに卵とボイルドチキンが転がってるから。」ロンロンが指を指して説明する。
「えらい凝ってるね。」
「肩と一緒で凝り性なのよ。」
右肩を一瞬だけあげて、苦笑いをしていた。
オヤジは完全にロンロンのパンケーキに心を奪われている。色々な具を合わせるのが楽しいらしい。
「パンケーキ、うめえな、これ、、、むぐむぐ」
午後はまた砂混じりの乾いた風が吹いた。廃墟ビルは完璧な立方体が無造作に斜めに崩されたような外観をしていて、その大きな切り口の正面に僕のバトロイドが眠る別のビルの屋上がある。そして、それに近い一室を僕の部屋にしている。床は大きく抜けていて、下の階に突き抜け、そこにハシゴをかけてロフトにしている。鉄のコップが転がった窓から砂に煙った街を眺めながら一つ思うのは、オヤジがさっきからずっと部屋にこもっていることだ。何かを企んでいるに違いない。
「バトロイドに自動パンケーキ製造機を搭載するのだけは勘弁してよ。」
部屋のドアに声をかけても、聞こえるのはタイプの音と、長い定規や分度器を使って線を引く音が聞こえるばかりだ。
数日後、大きな木枠に保護された巨大なレンズが搬送されてきた。
「まだまだくるぞー」黒いクマのオヤジが上機嫌だ。
運搬会社のバイトの筋肉モリモリ男が数人掛かりで次々とレンズを搬送してくる。
「おい、俺と同じで繊細なんだから、傷一つつけたら承知しないぞ!」
辛辣ではあるが、彼は笑顔だ。
その翌日、黒い土管のようなパーツと重厚な金属の輪っかが搬送された。
そのまた翌日、8枚の羽のような金属板が搬送された。
そして翌日、メープルシロップと業務用の小麦粉が通販で取り寄せられた。
最後に、よくわからない部品の諸々が搬送された。
全ての部品が揃ったのだろう。その日以降は、僕がバトロイドに乗って、倒れた壁の上に砂っぽい設計図を広げたオヤジの指示に従い、数日体制で部品の組み立てを行った。
「で、オヤジ、これはなんなんだ?」
「カメラのレンズ?」
ロンロンが答える。
「戦場で写真撮るわけじゃないでしょ?」
僕が反論する。で、種明かしだ。
「これはな、新兵器イオ・バスターのオプションだ。つまり、これはバスターの先端につけて使う。」
従来のバスターでは、直進全域を攻撃するのに対し、このレンズをつけることにより、自分から設定した距離だけ離れた位置の、特定の範囲のみを攻撃範囲にすることができる、というのだ。
複数枚のレンズを通して、バスターの通過直線のうち、攻撃範囲の前方、後方のダメージを極力抑えることが可能だそうだ。
「もちろん、攻撃範囲の設定が可能だ。スイッチ盤のFと書いてあるレバーを操作してくれ。イオ・バスター関係のスイッチ類は蛍光青で統一してあるからな。」
設計が実現された時のオヤジは決まって饒舌だ。肩を震わせ、うつむきながら彼は続ける。
「このシステムの名前を聞いてくれ。」
情熱を堪えきれないのだろう。
「システムの名は、、、
イオ・バスター・パンケイク!」
「一眼レフのレンズに、ピントの合う距離が極めて短い、パンケーキレンズってのがあってな、ロンロンのパンケーキにヒントを得たギミックなんだ。」