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9・祭の前の騒がしさ。

「嵐の前の静けさ」という単語をもじって今回のサブタイをつけたつもりなんですがなんだこれ

「こうかな?」

 教室のカーテンを閉めて、窓に黒いゴミ袋を幾重も貼りつけて光を完全にシャットアウト。すべてのドアを閉めきると、真っ暗になった。三十人が楽しそうにざわめく。

「おーし、後は段ボール並べろー」

 と、男子の一人がドアを開けながら言ったが、そこへ明音の声が割って入った。

「ちょっと待ってーまだ切り終わってないよ」

 奏と明音、それに女子数名は鋏を必死に動かし続けたが、三十分経ってようやく折り返しというところである。奏に至っては言外に手伝えと言っているように鋏を一本差し出している。


 青嵐高校創立当初から学校の歴史をなぞってきた文化祭は、その名を青嵐祭という。もうちょっと凝った名前にすればよかったのに、と奏は思うのだが、最近よく見るキラキラネームのことを思い出した。

 一年一組は青嵐祭で幽霊屋敷を出すことになっている。全員エキストラや幽霊として出ることになるが、奏はこともあろうに幽霊役に抜擢された。背が低く、子供っぽい顔立ちの彼女が幽霊をやるなんて、丈に合わないにもほどがある。

 案の定明音はこのキャスティングに大爆笑した。文化祭前日の昼休み。午後からの授業は全て文化祭準備にあてられている。クラスメイトたちは幽霊の衣装を試着していて、それは奏たちも同様だった。

「あっははは、無理無理! 絶対お前が周りの暗さにびびるって」

「そんなことないもん。私だって化けようと思えばいっくらでも怖くなるから」

 と言う奏は古い浴衣を着て、前髪につけ髪を、口角から垂れるように血糊をつけてお化けの装飾を施して椅子に座っていた。本人はこれで化けたつもりらしいが、あまりのシュールさに明音の目にはいつにも増してファンシーという単語が浮かんでいた。

「はは、可愛い幽霊だな」

「可愛くない!」

 と膨れっ面をする姿が余計に憐憫である。

 この中で最も妥当な格好であるのは腕にメイクを施した望である。とはいえ、彼女はエキストラとして壁と床の隙間から手を突き出す役で、彼女の見た目に言及の余地がないのだが。

「まあ、七村も変だけど」

「んー?」

 望が明音の胸に目をやりながらボソッと呟いた。確かに、額から血糊を垂らしてずたずたに裂けた手の手袋をはめた見た目は死人の幽霊が豊胸だったら、驚くに驚けないだろう。

「確かに変だよ。サラシ巻いたらいいじゃん」

「そうしようと思ったんだけど胸がキツくてさー」

『……』

 奏と望は顔を見合わせて、それから自分の胸に目をやった。それを見て明音は器用に奏だけをからかうように言った(望はからかうような絶壁ではないと明音は思っていた)。

「奏こそサラシ巻いたら? お前だったらキツくないだろ? ああ、そっか、巻く必要もないよげうえっ」

 奏の指先が的確に明音の額を突いた。

「明音の馬鹿。セクハラ。変態。女版露出狂。二次元に帰れ」

「そこまで言われるようなことしたかな……」

 二人のやり取りを見て、望が呆れたようにため息を吐いた。

「明音のせいで指先に血糊ついたし」

「そこまで責任転嫁されても困るよ!?」

 そのとき、奏の服の中に謎の手が侵入してきた。

「っぴゃあああああ!? ちょっ、えっえっ、何こっ」

 白黒する奏の目には、彼女のちょっと上を見上げる明音と望が映っていた。二人に求めた助けは全くもって届いていないようだった。

「お、アイ先輩」と明音は言い、望は顔を曇らせて少しだけ頭を下げた。

「ア……イ先輩?」

 と奏が言うと、首元から服の中に入ってきた手は特に何もなかったかのように出ていった。近くにいたクラスメイトの数人がはばかるようにこちらを見ていた。

 奏が後ろを見上げると、長い黒髪に切れ長の瞳が際立つ一つ上の先輩が見下ろしていた。愛沙は特に変わった格好をしているでもない制服姿だった。明音が笑いながら言った。

「先輩、何やってんスか」

「通りかかったらカナちゃんが薄着で座ってたから、ちょっと触りたくなっちゃって」

「だからって、い、いきなり来て人前で服の中まさぐったりしないで下さいよ」

「ふふ、ごめんなさい」

 この人に渾名をつけろと言われたら、自分は真っ先に痴女という言葉を挙げるだろう、何て事を奏が考えていると、望が突然立ちあがった。

「先輩」

「ん、何かしら……え」

 そのまま無言で愛沙の手をとると、教室から出ていった。突然の出来事に、少しの間奏と明音はぼーっとそれを見ていた。

「全く教室に入ってくる気配を見せなかったなー。流石ロリコンだ」

 と、その後ろ姿を見つめながら明音。

「ふん、どうせ私はロリコンホイホイですよーだ」

 と奏。随分不満げだったが、明音は笑って返すことしかしなかった。そこへもう一人来客があった。

「姫雪さんいるー?」

 このとき、奏の椅子はドアの近くにあったが、それが原因なのか上から声が聞こえたようだった。というより、この声の主は彼女の椅子のすぐ後ろに立っていて、そこから声を発しているのだった。

「ここです」

 と下から言うと、声の主の少女ははにかんで、手の中のUSBメモリを奏に手渡した。

「あ、どうも神垣先輩」数秒見つめて、彼女は相手が誰か気付いた。

「ううん、こちらこそありがとねー」

 髪こそ茶色に染めて、普段の行動も善意にかけたところが見られるが、中身はごくごく一般人。いつか帰り際にみかけて、望を通じて奏に文化祭のイラストを描くよう依頼したのは、神垣千早という人だった。

「……誰?」首をかしげる明音を尻目に、奏と千早は話を進める。

「ちょうどパンフレットも仕上がって、今から印刷なんだ。ホントに助かったよ、ありがとう」

「いいえ、またいつでもどうぞ」

「困ったときに言ってみるよ。じゃあね」

 彼女が教室を出ようとしたところで、明音の思考がようやく追いついた。

「あ、この人この前のヤンキーじゃっもごもご」

 余計なことを……と、奏に口を塞がれた明音の言葉に、千早はくすっと笑った。

「あはは、そんな気遣わなくていいよ」

 と言って、千早は教室を後にした。


「なんだ、奏あのヤンキーと知り合いだったの?」

「ヤンキーじゃないよ。寧ろ生徒会やってるくらいだし」

 と奏は千早を弁護したが、それが明音を更に驚かせた。

「髪染めてる人が生徒会やってるって、この学校もう終わってるじゃん」

「何言ってんだよ。外見は確かにあんなだけど中身は普通の優等生だから」

「へ、へえ……。で、あの人誰? なんで奏のこと知ってるの?」

 こいつは、人のプライベートに頓着なく入り込んでくるなあ……。

「神垣千早さん。二年生で、アイ先輩のクラスメイト。あとノゾミンの先輩なんだってさ。で、文化祭のポスター描く人がいないから私に描いてほしいって頼んできたの。私が絵を描いてるのをアイ先輩から聞いたんだって」

「へー」と相槌をうちながら、明音は鞄から取り出した焼きそばパンを頬張っていた。

「アンタ私の話聞いてないでしょ!?」

 今度は返事すらなく、ただ明音がパンを咀嚼する音だけが漂ってきた。



 所変わって、二階の渡り廊下から脇道に反れた誰も通らない倉庫の前の廊下。望はここに愛沙を連れ出して、さっきの不満をぶちまけていた。

「やめて下さいよ。あんなこと……」

「そんなに迷惑だったかしら? でも、ここまでくる必要はないじゃない」

「確かに、そうですけど……ただちょっと、人の服の中に手入れるのなんか見て……」

 望が言った『見て』という動詞の主語は、彼女と愛沙とで認識にずれがあった。

「まあ、そうね。人前でやるのはちょっと破廉恥がすぎたかも」

「……はあ。人前じゃなくてもやめて下さい」

 沈黙を置いて、さらに溜息までつく理由について愛沙はよく考えなかった。

「別にいいじゃない。誰かが見るわけじゃないし。……あ、もうすぐ二十分ね。私そろそろ行くわ」

「え、ちょっと……」

「明日うちのクラス来てね? それじゃ」

「先輩」

 まだ何かあるのか、という表情は見せずに、愛沙は口角を持ち上げただけだった。望はそんな表情一つ一つが気に入らないといった風で、

「先輩って鈍いですよね?」と一言だけ。

「……それは、どういう……?」

「そのままの意味です。じゃあ、先輩も明日私の……クラス来て下さいよね」

 ぶっきらぼうに言うと、望は一組へ帰っていった。


文章を書けば書くほど変な内容になっていってる気がしてなりません。

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