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8・スクールデイズ

皆さんお待たせしました(ニッコリ)

久々に活字に触れて文章力を失いそうです。

 どささささ……。

 明音が躓いた瞬間ゴミ箱が彼女に引っ掛かって転倒し、教室の床にあらゆるごみをぶちまけた。「あ……あーあ、何やってんの」

 明音と奏の他には望しかいないがらんとした教室を走り抜けて掃除道具箱に奏は飛び付いた。そのとき、望が目を見開いて声をあげた。

「あ、開けるなおい!」

「え?」

 それはもちろん、ほうきを使うためだったのだが、箱を開けた瞬間目に入ってきたものの中にほうきなど一本もなく、

「は? えちょっと何これなんいやああ!!」

 代わりに箱からどさどさと倒れてきて奏を埋め尽くしたのは大量の段ボールの群れだった。地声の低い奏があげた悲鳴は、一部始終を見なければおそらく、彼女のものとは分からなかっただろう。

 文化祭三週間前。一年一組は何をするかもまだ決めかねている内に大量の段ボールを購入したが、その用途どころか収納場所すら決められずに、仕方なく掃除道具箱の中に一切合財を詰め込んだのだった。段ボールたちに居場所を奪われ、箱の奥でひっそりと眠っていたほうきたちが「やあ」と挨拶していた。

 数十秒後に半泣きの状態で救出された奏。明音が彼女の顔を見て笑い転げていたことに気を悪くしたのか、不機嫌そうに鞄を手に取った。

「うう……もう帰る」

「そう気を悪くすんな」

「あはは、ごめんって」

 彼女の不機嫌を紛らわせるために、ほうきは明音と望、ちりとりは奏が担当した。そこでようやく奏と明音は教室を後にしたのだった。

「帰っちゃったか……」

 寂しそうに二人の背を見送る望。だが、まだ半分しか手のついていない宿題のプリントを見返した。今日出された宿題は帰るまえにやってしまおう、というのが彼女のポリシーだった。この調子だと十五分くらいで終わるだろう、とまた取りかかった。


 そして十四分後。

「さっさと帰るか……」

 放物線の平行移動と多項式で埋め尽くされたプリントをファイルの中にしまって、机の中身を取り出した。鞄を背負って、教室の扉に目をやった瞬間、彼女の半開きの目がそこに括りつけられた。


 さて、

 奏と明音は二階の渡り廊下を抜けて階段を下りた。帰ろうとして、しかしその瞬間に明音が急に足を止めた。

「うわー……」

「どうしたの?」

「いや、髪染めてる子がいたから」

 と答を返され、明音の視線を奏も追ってみた。しかし、茶髪どころか人っ子一人見当たらない。もっとも黄金色の光が射すこの時間帯では茶髪に染めていても気付かないだろうに。

「ふーん。まあ、うちの学校もそれなりにヤンキーとかビッチとかいるじゃん。煙草吸ってる噂ある人もいるし」

 ごく一部だけど、と奏は心の中で付け加えた。このことは、青嵐高校に入学した後に知ったことだった。

「で、そのヤンキーさんはどこにいるわけ?」

「え? ほら、うちのクラスの靴箱のところにいるじゃん。

 ……ああそっか、奏の身長じゃ見えるわけもな痛い痛いげふっ」

「明音の馬鹿」

 そっぽを向いて奏は歩き出した。その後ろから明音がついてくる。

 と、遠くの方から一人、誰かが近づいてくるのが目に映った。最初は分からなかったのだが、確かに茶色に髪を染めていた。夕暮れの影響もあるかもしれないが、それでも地毛でないことは明らかだった。少しだけ奏の歩調が速くなった。相手は奏より頭一つ分背が高い。染めた髪とは対照的に、スカートは膝まである。タイの色は青で、彼女が二学年に所属することを表している。

「に、してもさ。よく見えたね」

「ん?」

「いや、階段から昇降口まで結構な距離があったと思うんだけど。廊下とホール挟んでるでしょ。身長云々じゃなくて、遠すぎて見えないよ」

「ああー、まあねー」

 言葉を濁して誤魔化す。というよりは見えるから見えた、という方が明音の口調にあっていた。

 茶髪の少女とすれ違うさいにちらっと視線をよこした。相手は立ち止まってあからさまにこちらを見たように気がしたのだが、それも無視した。

「おおー、派手に染めてんな」

「見ないの。絡まれるよ」

 ヤンキーとかドキュンとかいったものは奏は苦手である。そういえば、彼女のクラスにはそういった類の人間はまず見当たらないが、そのことに精一杯の感謝をささげたかった。

「おおー……あれが友達と一緒にいるとぎゃんぎゃん喚くのかー」

 余計な波風をたてないように穏便に立ち去ろうとする奏と違って、明音は相手をまじまじと観察していた。茶髪の少女がおもむろに振り返ったのを見て、奏は明音の手を取って走り去った。

「馬鹿なの? 校内で喧嘩でも起こしたいの?」

「いやだってほら、ホントに茶色だったからさー。あんな陰気なギャル初めて見たわ」

「今のご時世、ギャル自体希少種じゃないかな。ところでさ、……あれ」

 靴を履き替えようとして、奏は更に不思議だと感じたことがある――――と言おうとして手を止めた。靴箱の中、履きならされたスニーカーの入れ方が前後で逆になっている。だが、一瞬で犯人に心当たりがついた。なぜあのとき、異色の髪の少女は二年生であるにも関わらず、一年生のげた箱の前にいたのか。恐らく、奏に用があったのだろう。

「……そういえば、なんでさっきの人ここにいたんだろうなー?」

 用があったのだろう。ただし。奏は相手に面識はない。

 少なくとも、ビッチだのギャルだのといった人種と面識はない。寧ろ彼女はそんな人間がいれば本人の前で堂々と罵詈雑言を言って見下しているが、高校に上がってから人を嘲った記憶はない。

「あっはは。何でだろうね?」

 背筋にうすら寒いものが走った。吐き気のようにこみあげてくる中学校時代の記憶をもみ消した。


 ドアの向こうに立っていた人物の姿を認めた望は半笑いのまま固まった。なぜ半笑いをしたのかも分からないが、表情が固まっていなければ露骨に嫌そうな顔をしただろう。

 神垣千早。中学校時代の望の先輩。茶髪に陰気な表情をしているので一昔前の不良にでも憧れていると勘違いされがちだが、一般の優等生である。髪を染めてはいるが。

「あんたに用はないよ」

 そう言った目の前の少女は窓から入ってくる直射日光を避けるようにドアの陰に立った。日本人特有の黒い髪ではなく、こげ茶色の癖っ気が彼女の肩から上を覆い隠す。人を刺すような視線に乗せて彼女はこう言った。

「姫雪って人、このクラスにいるんだよね」

 半眼で眉根に皺を寄せ、口の下を広げてその言葉を聞いている望の表情はまさに「とっとと帰れ」と言っているようであった。

「さっき帰りました。あんたもとっとと帰って下さい」

 それを聞いた少女は一言。

「えー使えないなあ」

「いきなり来て用件ぶちまけるあんたに言われたくないんで」

「むー」

 千早はふくれっ面を見せていたが、それすらも鼻で笑うように一息ついた。

「ま、いいや。姫雪さんがいないんだったら、言伝お願い」

「お断りし」

「文化祭のポスター描いてもらえるように頼めないかしら」

「は?」

 通常、そういったものは希望者が描き上げるものだとばかり思っていたので、望は空を突かれたように言葉を切った。

「ごめんねー、今年ポスター作成者に一人も希望者がいなかったのよ。だからまあ、ね?」

「……姫雪と顔見知りなんですか? それに何で絵を描いてるって」

 複数あった疑問を氷解させるように、望は次の質問を投げかけた。

「ふふん、君の先輩が快く教えて下さったのだよ。色々とね」

 と、千早はあまり大きくも無い胸を貼るように顎をあげた。そしてスカートのポケットから写真を二、三枚取り出して望に手渡した。

「で、言伝頼めないかしら? これあげるから」

「え……」

 三枚とも愛沙が写っている写真を数秒見つめた後、ばつが悪そうに望はそれをポケットにしまった。今後の学校生活も、愛沙の存在に大きく影響を受けそうだ。

「ずるいですよ、こんなの」

「ふっふっふ、頼めるかな?」

 と、千早は望の返事を待たずに教室を出て行こうとした。しかし、こんな悪戯をされて望も黙ってはいない。咄嗟に千早の弱点をついた。

「あ、調先輩が探してましたよ」

「……そう、じゃあね」

 一気に顔色を変え、千早は教室を飛び出していった。


「ん? あれ、委員長か」

 二人がいつものように明音の家でゲーム(十八禁)をしていたところ、クラス委員長(十六歳♂)が明音の携帯に電話をかけてきた。明音はそれをとって着信を繋げた。床に置いたパソコンの音量を下げないままで。

「はいもしもーし七村でーす」

『おー、七村? 文化祭のけ……お前今何やってんの?』

「は? 何が?」

『いや、何か変な言葉が聞こえてくるんだけどさ』

「ああ、エロゲの台詞だから気にしなくていいよ」

『そっかそっか……え?』

 ここまで言ったとき、奏がトイレから戻ってきた。

 ハンカチで手を拭きながら奏が見たのは、卑猥な音声をタラタラと垂れ流す肌色主体の液晶と、パソコンから流れてくる音声を臆面も無く流しながら携帯で通話する明音の姿だった。

「何やってんじゃこのボンクラあァー!」

 状況を理解してパソコンの音量ボタンをゼロにしながらそう叫ぶ。この間僅か二秒。ヘッドホンをしていればよかったのだが、奏に聞こえないからと要らぬ気遣いをする明音でもあった。

 せめて音量を下げるくらいのことはすればよかったのにっ! と明音を睨んだが彼女はへらへら笑いながら携帯に声を吹き込んでいた。

「ああ、お化け屋敷? うん、私は別にいいけど。奏もいいと思うよ? ……え? うん、いるよ? 一緒にゲームしてたけど。ほらさっきぼんくらーって叫んだの聞こえたでしょ? あれこいつ。うん、うん、じゃーねー」

 明音はそこで着信を切って携帯を床に置いた。

「あーあー、別に消音にまでするこたないじゃん」

「……明音さん?」

「ん? どうしたどうした」

 ついでに何故奏の声が震えているかも聞きたい明音だったが、良い理由で震えていそうにはないのでやめておいた。

「今の誰だったの?」

「委員長」

「エロゲのヒロインの台詞堂々と流しながら話してたよね?」

「うん」

「…………私もアンタと一緒にゲームやってるって言ったよね? さっき? ん?」

 おう、怖い怖い。今までおちゃらけた態度さえとっていれば許してくれた奏が本気で怒っているのが見てとれた。なんとかこの怒りを解かないと、次から宿題を見せてもらえないかもしれない。

「大丈夫だって、私がエロゲやってるのなんてクラスの人間の大半が知ってるから」

「いや絶対嘘だよ! あとアンタがどうこうじゃなくて私が巻き込まれてるってのは分かってる!?」

「ほらほら、気にすんなよ。人の噂も……七百五十日だっけ? そんなもんでしょ」

 常日頃からローエナジーで活動している奏の怒りも長くは続かず、遂に怒る気力を失くしてしまった。

「ああ、うん。そうなればいいけどね……あと正しくは人の噂も七十五日だから」

 二年近くも悪い噂が続いたら多分自分は自殺したくなるだろう、と心の中でぼんやりと思うのだった。しかし明日からどんな顔をして委員長と話すべきだろうか。

「そうそう、文化祭、お化け屋敷やるんだってさ。別に良いよね?」

「お化け屋敷かー。私は別にいいけど。脅かされるわけじゃないし」

「……脅かされる方は嫌なんだ?」

「あ、……い、いや別にそういうわけじゃ……」


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