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7・モーニングデート

デート→×

単なる買い物→○

 いつも通りのある日のことだったが、その日も変わらず明音と一緒にいた。珍しく彼女が早起きしたというので、二人が来たときには誰もいなかった。

「……」「……」

 しかし、なぜか沈黙が場に降りたってどちらからともなく話し出せない。

 奏が焦って何か話題を出そうと躍起になる一方、明音は無表情のまま目線を僅かに落としていた。

 その瞳に吸い込まれそうになり、奏は体が硬直してきたところで、明音が目をあげた。

「あのさ……ちょっといいか?」

 立ち上がって、気付けば目の前に明音の顔が。体が燃えるように熱く、唇がくっつきそうになった。事の寸前、漏れる吐息に含まれていた。

「好きだよ」



「へっ……」

 寝起きに拘わらず、目は冴えていた。

「夢か……よかったー」

 そうだった。今は明音の家に泊まりに来ていて、そもそも休日なのであった。夢でなかったら……。

「ふぁ……」

 しかし、初夏とはいえ今は朝。にしては漂う熱気が凄まじい。

――――なんだろ?

 主に体の右側が熱いが、人間の温かみに近いものがある。恐る恐る右側を向いてみよう。あるじゃあないか。長い睫毛を伏せた、明音の顔が。

 彼我の差は僅か二センチ。最早鼻が触れあう距離であり、先の夢を思い出して奏の頬に赤みがさした。

「は……はわわわわっ!」

 弾けだすように振り向いて、毛布を体に巻き直して安心する。いや、安心できなかった。今度は目の前に望の顔。二人の息が全くもって同じタイミングで吐き出されて絡み合った。

 ……バッ。

 数秒の沈黙を経て最良の判断。事故を起こさないように、かつ素早く布団から抜け出した。

「あっぶなー。レズに目覚めるかと思った」

 言って時計を見ると八時を回ったところだった。もう一人くらい目を覚ましてもいいだろうと思ったが誰も寝息を乱そうとしないので、彼女自身が起こすことに決めた。まずは明音の枕元に歩いていくと、彼女の額にしっぺ一発。巨体と、奏にはない部位が大きく揺れた。

「いぎゃあ!」

 額を抑えながらよろよろと起き上る明音は――――またベッドに沈み込んで寝息をたてはじめた。唖然と口を開いて、奏はそして明音を揺さぶりだす。

「寝るなー! ほら、朝だぞ朝! 飯作れ!」

「ううーん……あと三時間」

「随分現実的な数字だしたなオイ! 起きろ!」

「……起きたぞ」

 と言いながら気がつけば望が無表情で正座しているのである。明音と愛沙が目を覚ました気配は未だにない。

「寝かしとけ。ご飯なら私が作るよ」

 と言って、望は借りていた寝巻を脱いで昨日と同じ服を引き寄せた。肩まで露出した肌が白く、同性だと分かっていても奏は目を反らしてしまった。

「……何で顔を赤くするの」

「え、いや別に」

「あと意味ありげに目を反らすのも気になるな」と言われたので、

「じゃ、じゃあ眺めまわすよっ」

 と返したが、じっと動かずに見ていると目眩がするようだった。時々望がまた赤い顔で睨んでくるのに耐えられず、終わったときには全く後ろを向いていた。

「……姫雪、もういいよ」

「うぇっ……はひ」

「ったく、着替えをじろじろ見られるとは思わなかったよ。変態」

 詰られたが、今となっては何故見ようとしたのか自分でも不思議だ。

「とりあえずご飯作ろうか」

 よろよろと立ちあがって台所に歩き、冷蔵庫のドアを開ける。さて、その中身。

 卵。丁度四人分。のみが入っていた。

「なんだ……朝食は生卵一個と言いたいのか」

「せめて茹でようよ!」

「いや、冗談だけどさ……外に買い出しいくか」

 と言い、望は財布をとった。

「一緒に行く?」

「そうしたいけど、二人とも寝てるからちょっとやめとく」

 と、腰をおろしかけた奏の後ろで布団が擦れる音がして、更に眠そうな明音の声がした。

「あー……私ちゃんと起きてるから行ってていいぞ。動くのだるいし」

「寧ろアンタは人をパシることに対して一抹の不安くらいは覚えろ」

 ぴしゃりと言い返しはしたが、奏は足取り軽く望に着いていった。


 幸いなことに、七村の家の近くにはスーパーがあった。三界町の在住ではない私はルートを覚えるのに一苦労だったが、徒歩で十分もたたないような場所だ。

「何作ろうか。姫雪は何がいい?」

「私は別に何でもいいよ。強いて言うならまともな見てくれしてるやつかな」

「そうか……」

 姫雪の皮肉は本当に皮肉のように思えた。流石優等生、と思ったけどよく考えれば雰囲気が悪かっただけの話だと思う。

「じゃあ……そうだな、豚肉と」

「レトルトカレーと」

「あるなら早く言えよ」

 真面目に選びだした傍から選択肢を提示するとは思わなかった。何と言うか……一見するとまともな人間なのにどこか常人と離れたところがある。

「じゃあこっちしようか。簡単だし」

 籠にカレーの箱を入れる姫雪の髪から甘い香りが漂ってきた。七村の家にあったシャンプーと、別のものが混じった匂い。じっとその匂いを感じていると、姫雪の鼻が突然私の頬の傍にきた。

「あっ、こっちもいいんじゃないかな」

「迷いすぎだ!」

 人間の体からは熱エネルギーを持った赤外線が出ていて、それで肌が至近距離にあると熱を感じるらしい。だけど、今私の頬が熱いのはそれとは別の理由があったのかもしれない。

「あれ、明音から電話だ」

 そして、そのまま(私に息を吹きかけながら)ポケットに手を突っ込んで携帯を取り出し、耳に当てて話し始めた。

「はいもしもーし。……自分で行け」

 だけど、姫雪は十秒と経たずに通話を切った。携帯をポケットにしまいながら、私の横で愚痴を垂れる。

「一応昼と夜の食材も頼まれたけどいいよね?」

「あ、ああ……あのさ」

「ん?」

「離れろ、暑い」

「あ、はいはい」

 少しも傷ついた様子を見せずに三歩下がる姫雪と顔を合わせるのが気まずくて、後ろを向かないでレジに歩いていった。


「センちゃんってさ」

「その呼び方、やめてくれないかな……。ちょっと気恥ずか」

「どこに住んでるんだっけ?」

「聞けよ!」

 帰り道で談笑に花を咲かせたけど、やっぱり姫雪にはどこか掴みどころがない。逃げ回る幽霊でも追っているかのような気分になる。

「中学で見たことないからこの街じゃないよね?」

古河(ふるが)市」

「ああ、隣のね……」

 そのまま会話は途切れてしまった。こうなると私は、自分から話題を出さないといけないような気分になるけど、そのときに決まって何も思い浮かばない。七村家が目の前にきて、やっと声を絞りあげた。

「あ、あのっ、姫ゆ」

「ただいまー」

 だけど、姫雪はそんなことはお構いなしにと玄関を開けて中へ滑り込んでいった。私は、肩をゆっくり落としながら彼女に続いた。そしてキッチンに上がって見た光景とは。

「……明音?」

「おー、お帰りお前ら。どこ行ってたんだ?」

 エプロンを腰に巻いててきぱきと朝食の準備をこなす七村の姿。ちょっと待て、食材が無かったから近くのスーパーに行ったというのに。

「明音……? こんな短時間でどうやってそんなに食材をそろえられたのか聞いていいかな?」

「え? 朝飯の買い物に行ってたの? あっはははは、ごめんごめん。実はうちの廊下とか日入ってこなくて夏でも涼しいからさ、物置とかに使ってあるんだよっげえ!?」

 的確に七村の腹に跳び蹴り。そして家具を何一つ傷つけることなく着地。姫雪の運動を見ていると、後ろからアイ先輩が近づいてきた。

「お帰りなさい」

「ちょっと、抱きつかないで下さい」


奏は本来運動はてんでダメ系女子でした。別に設定を忘れたわけでもなく明音に制裁を喰らわすときだけ凄まじい運動能力とか結構良くねなどと(黙れ

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