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3・悪戯っ子の落し物

奏と明音をビジュアル化しようとしてやめました。SAIが落ちたんです。

 勉強のことなんて考えたこともなかった。中学のころは何もしなくてもそこそこの成績はとれていたし、高校になっても中の中という立場は変わらなかった。もちろん模試と考査の二つのテストのみを考慮しての結果だけど、この成績を維持すればそこそこの大学には行けるはずだし、どちらも全く勉強せずにとったから心配はないだろうって思っていた。だけど、なぜだろうか。奏は私にひたすら勉強しろとうるさい。一度「だってー、私が勉強しなくてもアンタ困んないじゃん?」と言ったところ、不貞腐れて口をきいてくれなくなったけど(機嫌をとるのが面倒でした)。

「別にひたすら言ってるわけじゃないし、口をすっぱくしてもいないけど? それは明音の思い違いだよ」

 奏は心底呆れたという風だった。

「敢えて言うなら、課題せずに学校にきて人のを写してるのはやめたらって思ってるだけだよ」

 私は単に面倒くさがりである。それだけなのだ。そんなことより口を尖らせた奏が可愛かった。


 駐車場を抜けるとすぐに校門に辿りつく。校門のすぐそばには乙姫池という謎の水場がある。その周りには桜の木が沢山植えてあった。そこに差し掛かったあたりで、奏は急に立ち止まった。

「宿題教室に置いたままかも……」

「えっ」

 すっかり若葉を茂らせた桜の木の根元でごそごそと鞄の中を探っていた。と思うと、急に鞄からチャック付きのファイルを取り出した。

「そうそう、確かこの中に……あったー!」

 と、奏が晴々しい笑顔でチャックを引いた瞬間、中からプリントがどさどさと……。

「……」

「何やってんだ」

「ごめん」

 風でプリントが飛ばされたのもあって、紙を片付けるのに十五分はかかった。けれども私たちは無事に帰路に着くことはできた。

「お、明日は晴れだな」

「えっ?」

 私たちの住まいがある団地の近くの高台から、西の空が茜色に染まっているのが見えた。

「でも夕方晴れたら明日は晴れってあれだろ、迷信だろ?」そんな綺麗な風景を彩るようなカラスの鳴き声も、どこからか聞こえてきた。

「現代じゃ理論的に証明はされてるみたいよ。昔も統計的な視点からものを言ってたんじゃないかなあ」

「そんな難しいこと言わないでくれよ。頭が逆立つじゃんか」

「稀有な表現だね」

 二か月前と比べると軽くなった鞄を振りまわしながら、高台の裏手の駐車場と、その奥に見える山の頂上の方を向いた。

 この場所は大好きだ。三百六十度どこを向いても良い景色が広がっている。小学校のころ、奏と一緒によくここに来た。一度転校して戻ってきたとき、奏はここのことばかりか私のことすら忘れていたのは少し心にくるものがあったけど。私は鞄を放り出すと、奏の傍に行った。

「あ、そういえば今日アンタ生徒指導室行ったんでしょ?」

「本当ならあなたも来るべきだったけどね」

「そんな皮肉言うなよ、こいつめ」

「ひっ!?」

 後ろから抱きついたり胸を掴まれると驚いて動けなくなる彼女の癖は、自分だけでも熟知しているつもりだ。

「でもアンタが生徒指導室って、何やらかしたの?」

「寧ろ明音のせいだけどね!」

「責任転嫁するつもりか!」「いや事実だから」

 自分がしたことは分かっているのに、そんなことはお構いなしとツッコんでくる奏は何かと面白い。

 そのとき、がさっと音がしたかと思うと私の鞄が、ブロックを打ちながら落ちていった。

「あ、ごめん。偶然」

「いやいやいや、アンタ今鞄あるって分かってて足出したろ!?」

「さて取りに行こうか。明日の朝にでも」

「ちょっと……」

 楽しそうに笑う奏の前で、私はどう反応するべきか判断がつかなかった。意外なところで悪戯する癖があるもんなあ……。

 奏はいつも私に振りまわされていると文句を言うが、自分にも文句の一つくらい言う権利はあるかもしれなかった。

 私たちは近くの階段を下りていった。狭い道を行きながら、高台のさっきまでいた位置と照らし合わせながら鞄を探した。家々の裏の狭い路地だからか、それとも黄昏時だからか、人とすれ違わない。

「もうちょっと先じゃなかったっけ?」

「そっかなー。ここら辺かと思ったけど」

「うん、その辺の家の屋根に引っ掛かってればいいなって思いながら蹴ったもん」

「ってことは道の中央に落ちてそうだね」

「……馬鹿にしたよね、今」

 流石に直接脚力がないと奏に言うのは失礼だと思ったから遠まわしに言ったのに、何故見破るんだ。脚力どころか全体的な運動神経は普通以下の奏だけど。

「あっ」

「ん? どーした」

 急に、奏はスカートやセーラーのポケットをまさぐりだした。何やら焦っている様子だった。

「ポシェット……」

「ポシェット?」

「うん」

 泣きそうな顔でこくんと頷いた。「さっきまであったんだけど……」

 ここは慰めてやるべきだったのかもしれないし、探そうと言うべきだったかもしれない。ただ、生憎私たちはそんな風に相手に情けの言葉をかける間柄ではなかった。私も、奏も。

「はっはー! ざま見ろ人の鞄蹴落としたりするから罰が当たっげふ」

「うるさい」

 鳩尾に拳を入れられた。鞄に悪戯(で済ませていいものかは分からないけど)されたり腹パン喰らったり、今日は厄日だ。百割(・・)奏のせいで。

「人の不幸を笑ったりしなけりゃ明音もまだましだと思うんだけどねー。それより、ほら」

 お前に言われたかねえよと反論されそうなことを言いながら奏が指したのは、民家の屋根の雨樋の端っこで、そこに私の鞄の紐が引っかかっていた。背伸びしたら余裕で届きそうな場所にある。

 背伸びしたら余裕で届きそうな場所にある。私なら。

「なるほど、引っかかってんのを取って渡そうとしないのは自分じゃ届かないからか」

「アンタの鞄でしょ?」

「分かってるって」


 さて数十分後。

「いや、流石にここにはないと思うけどなあ……」

「私もそう思うんだけど」

 奏のポシェットとやらを追って、私たちは大通りに出た。ホームセンターと町役場の間を車が数台通っている。都会に住んでいる知り合いからすればこれが大通りだなんて指しでがましいとのこと。

「でもさ、放課後学校で見たのが最後だったから分からないじゃん」

 というのは奏の弁だが、そもそも大通りなんて通学路と真反対の場所だし、こんなところにあるのがおかしい。

「何入れてたん?」

「色々……」

「そうか」

 不要なことを聞いただけだったというのは分かった。ポシェットの中に何が入っているか知ったところで手掛かりになるはずはない。

「いや、一旦戻ろうぜ……どう考えてもここにあるわけないじゃん」

「そうだね……」

 今更気付くなとは思うが、今の今まで戻ろうと言わなかった私もどうかしていたんだ。茜色の景色なんてとうの過去に消えた。今では西に青、東に群青の夜空が広がっていた。

 奏が悪戯であんなことするからと文句の一つも言いたい気分になった。とはいえ鞄を蹴落とすのとポシェットを落とすのとは全く無関係だ、文字の面からみれば関係大有りだけれども。

 大通りを抜けて歩いていくと、学校に続く坂道が現れた。夜遅くに帰る生徒たちが自転車を押していた。

「学校に戻ってみようか?」

 と私が提案したところ、奏はまさに疲れ果てた、という表情で答えた。

「それより帰ろう。明日探せばいいよ」

 いつも溌剌とした表情はあまり見せてないけど、今日現在の奏は全くもって無気力だった。風が止んで、揺れなくなった街路樹の下を、奏の手を引いて学校まで向かう途中だった。

 気を入れ直すために、髪を束ねていたゴムをとって髪をほぐしてゴムをつけなおしたときだった。さっきの桜の木の枝で、何かが風に揺られているのを見たのは。

「なあ奏。アンタの言ってるポシェットって、木の枝にかけてたんじゃないの?」

「え? あ、そういえば……」

 そう言って私の横に並んだ奏は、風に揺られているものを見て小さく声をあげた。私は、怒るというよりも清々しさを感じていた。

「よーっしゃ、見つかったぜー!」

 いきなり奏の手を掴んで、桜の木までダッシュ! そういえば、ポシェットの中に入れてるものって結局なんだったんだろう?


悪戯で高いところから鞄を蹴落とすってなかなか酷いですねはい。

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