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24・同じ気持ち

寒くなってきました。

「どーしたんですか、いきなり」

 マウスを動かして、パソコンのロックを解除する。パスワードを入力してください、と言われて指示に従うと、デスクトップが出てきた。女の子二人が頬を染めて手をつないでいる絵だ。好きな漫画の表紙だったけれど、それに見向きもせずにインターネットのブラウザを開いた。

 母さんが買い物に行くようで、玄関から鍵の音がした。

『ふふふ、どうしてだと思う?』

 電話の向こうの先輩は、台詞こそ意地悪ではあったけれど口調はいつになく穏やかだった。でも、

「……意地悪な言い方しないでください」私はそう言わざるをえなかった。

 さっきまで見ていた動画サイトにつないで、今度は実況動画を検索した。出てきた中から、ランキング上位常連の実況主の動画をクリックする。

 本当は、この人が電話してきて動揺しているんだ。それを隠そうといきなりこんなことをしたのも分かっている。電話で耳がふさがっているので、パソコンのスピーカーから音が出る。

 アイ先輩はそんなことお構いなしに、電話の向うで笑っている。

 十秒、二十秒。待っても何も返ってこない。

「……先輩は」

 そんな状況がしばらく続いて、私は折れた。

「先輩は明音の肩を持つんですか」

 答えを待ちながら、動画の音声を聞き流した。

『んー、別に私はどっちの味方をするわけでもないわ』待っていたものは、思いのほか早くやってきた。

『仲直りしてほしいのよね、どっちかというと』

「……できると思います?」

『言葉の選び方に気を付けた方がいいわよ?』

「ひっ……」

 低い声で、下衆な笑いを含ませながらそんなことを言わないでほしい。

『まぁ、いいんだけど……でもね、仲直りはして頂戴。遅くても次、私と会うまでには』

「……そう……ですね」

 そんなことを言っても、私から彼女に連絡をとる勇気はない。

 この三日間、メールを何回も送ろうとして、全て未送信ボックスに封じ込んでいる。電話もかけようとして途中で指が止まる始末だ。

「そんなことできるくらいだったら、多分……仲たがいなんてしてないと思います」

『そうかもしれないわね』

 せめて、否定の言葉くらいは言ってほしかった。

「……どうすればいいですか」

『的確なアドバイスはできないわね……ごめんね』

「あ、いえ……」

『多分、明音ちゃんのことは私よりあなたの方がよく知っているはずよ』

 そうだろうか。

 私は中三の秋にこの町に戻ってきて、明音と再会して――――すっかり変わった彼女を見て、あれから一年経たないくらいだ。昔の彼女ならともかく、今の明音をよく知っているのはむしろ二年半同じ部活にいた先輩じゃないだろうか。

「そんなこと……」

『なんにせよ、私にできるのはあの子をどこかに呼び出すことくらいね』

 メールも電話も出せない、会うのも怖い……ひょっとして、向うも同じなんじゃないだろうか。いや、あのときの私の〝嫌い”を真に受けていた分、明音の方が怖いのだろう。

 ひょっとすると、もう彼女と一緒にいられる時間はないのかもしれない。

「あ……」

 視界が曇る。パソコンの画面が見えなくなる。鼻水をすする音が電話越しに聞こえたようだ。

『泣かないで頂戴』

「ぐすっ……ごめんなさ……い……」

 手のひらで涙を受け止めても、横からこぼれてくる。

 なんてことをしてしまったんだろう、私は。もう取り返しはつかないのだろうか。

『それは明音ちゃんに言うことでしょう? ほら、怖がっちゃだめよ』

「う……やだ、」

『やだ、じゃないの。怖いのはあなたもあの子も同じよ。仲直りしたいのも』

「……」

 そうですね。

 言おうとしても、口が思うように動かなかった。

 まだ取り返しはつく。それなら、私が、行動しなきゃいけない。

 そんなことわかってる。


挿絵(By みてみん)


 ぼやけた視界をずっと見つめていた。電話越しのアイ先輩の存在も忘れて。

『大丈夫よ』

 もし、仮にアイツが――――明音が、私と同じ気持ちだったのなら、彼女はもう一度私を受け入れてくれるんだろうか。いや、私が彼女を受け入れることが、できないかもしれない。些細な言葉で傷つけあって、しまいには自業自得で泣いてしまった。

 私はバカだ。彼女が私にずっと同じ感情を抱き続けることなんてあるはずがない、なんてわかっていなかった。それ故に、こんな間違いを犯してしまったんだろう。なら――――。

「そうですね」

 今度ははっきりということができた。

「じゃあ、今すぐ」

 一瞬のうちだったのに、いつの間に決意していたんだろう。

「アイツを――――うーん……定子屋、って分かります?」

『学校の裏手の坂を下ったところの店だったかしら。そこまで呼び出せばいいの?』

「ええ……」

『分かったわ。じゃあ、今が一時半だから……二時に来るように言っておけばいいかしら。もちろん、カナちゃんがいるのは内緒ってことで』

「お願いします。それじゃ」

 私は電話を切ると、携帯をテーブルの上に置いた。そしてパソコンの電源を落とすと、家の鍵を持って外に出た。

 ドアを開けた瞬間、真夏の暑さが鼻をつく。ドアに鍵をかけて、マンションのエレベーターまで向かう。

 定子屋まで向かう間、なんて言おうかずっと考えていた。途中で、携帯も財布も持ってきていないことに気付いたけど取りに帰る余裕はなかった。

 学校の校門の前を通り、坂道を下る。途中の踏切を抜けると、件の店は目の前だった。私は、人目につかないところに隠れて彼女が来るのを待った。

 腕時計を見ると、五十一分を指していた。それからずっと待っていた。十分待つだけ、だったのに気が遠くなるほど長かった。

 二時を過ぎた。明音はこない。……まあ、アイツが時間を守らないのなんて別段珍しいわけじゃない。一学期のうちに三回は遅刻しているし。後で文句でもつけておけばいいか。

 三時を過ぎた。明音はこない。心配になってきたけれど、もしかしたらアイツは寝ていてアイ先輩のメールを見ていないのかもしれない。一時間も待たされたんだし、後で文句でもつけておけばいいか。

 四時を過ぎた。

「なんでこないの……!」

 何回もあたりを見渡しているけど、彼女の姿はやっぱり見えない。携帯で先輩と連絡をとろうと思ったけど、肝心の端末を家に忘れてきたんだった。次第に苛立ちが募っていくのが、心の中ではっきりと感じられる。

「……ダメ、かな……」彼女はやっぱり、こないんだろうか……私がいるのを見透かしたのだろうか。そんな目ざといようにも見えないのに。

 だとしたら、このままずっと、仲直りもできないままだろうか。そう思う前に視界がぼやけてきた。

「早く来いよ、クソ……」

 嗚咽の混じった声で誰もいない誰かをごまかすように呟いた。しゃがみこんで、すぐに立った。泣きたくないと思えば思うほど、涙は何粒もあふれ出て頬を覆っていく。何回も明音が来ていないか確認した。

 やっぱりこんな涙でびしょびしょの顔で彼女の前に出るのは恥ずかしいし明日にでもしようと思って、帰ろうと物陰から出てきた。さっさと帰ろう。そう思いながら、顔を上げた。

「――――奏?」

 一番いてほしいはずだった、のに、なぜだろう。今一番、目の前にいてほしくない相手だった。

「……明音」

 来てくれてありがとう。二時間も待たせやがって。この前はごめん。たくさんの言葉が脳の中で渦巻いて、私は言葉を失った。

 何も言えずに、私は彼女を睨み付けた。まだ嗚咽は漏れているし、涙も止まらない。

「ど、どうしてこんなとこに……」

 とりあえず、この前のことをなんとか切り出さないと、そう思っていた。だが、私の口から漏れたのはごめんとは真反対の言葉だった。

「遅い」

「……わりい」

「そ……れ……」

 それは私の言葉。言おうとしても、口が上手く動かない。

「……なんだよ」

「あ……」

 真反対の言葉は、出したくもないのに勝手に口をついて、あとからあとから出てくる。

「散々、音沙汰消しておいて、おまけに二時間も待たせやがって! どういうつもりだよ!」

 ああ、やっぱり私はバカなんだ。こんなときに、ごめんの三字すら言えないんだ。彼女はもう、自分と私が釣り合わないと思って見限ったのかもしれない。

「あほ野郎! 待ってる私の身にもなれ!」

 それでも、私は彼女を失いたくない。涙をぬぐうのも忘れて怒鳴った。

「や……そりゃ、二時間も待たせたのは悪かったけど、さ。でも嫌いだなんて言われたら……」

「うるさいあんなのなしなし!」

「……はー」

 明音はため息をついて、私の方に近づいてきた。殴られる、はたかれる、なんて心配をしなかったのは、彼女の顔が信じられないほど優しげだったからだ。

 彼女は私の目の前まで来て、私の頭にポンと手を置いた。

「バーカ」

「な……」

「今更取り消すくらいなら、あんなこと言うなよ」

 そして、彼女は泣いている私を優しく抱きしめた。

「一つだけ、教えてやる。私はお前が好きだ」

 ささやきを聴きながら、私は彼女の服を掴んだ。破れんばかりに強く。

「な、これで安心だろ? だからもう泣くな」

 明音は私の頬に手を当てて、親指で涙を拭った。それでも、涙は流れてくる。明音はそれを何度も何度もぬぐった。

「……ごめん」

「いいって。

 このままお前に嫌われっぱなしだったらどうしようかと思ってたよ。結局、私たち二人じゃないとだめなんだ」

「……ま、そうだね。もういいよ」

 彼女は私から手を離し、私は歩き出した。

「もう帰ろう」

「えー、飯食っていこうぜ。腹減った」

「財布持ってきてないんだ」

「じゃあ奢るから……あー」

 どうせ彼女の所持金だと奢るどころか自分が食べる分すら払えないだろう。そう思いながら私は帰路に着いた。

「じゃあ、久々におまえんち行ってもいいか?」

「いいよ」

 私は、珍しく彼女の方を向いてほほ笑んで見せた。夕陽が明音を照らしていた。



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