16・ハッピーエンドはまだ続く
お久しぶりですね。
夕方五時の明音の部屋。他の四人が帰ってしまい、随分寂しくなっていた。六人でご飯を食べて談笑していただけだったとはいうけども。
文化祭もその打ち上げも終わって、少し寂寥感を覚える。うーん、もうちょっと楽しめばよかったかな。
「うーっし、片付けでもやるかな」明音はそう言うとテーブルの上の皿を纏め始めた。
「手伝うよ」
「いいっていいって」
とめられはしたものの、私は小皿を十枚ほどとって立ちあがった。
「で、どこに持って行けばいいの?」
「いいってのに……えっとな、そこの襖くぐるじゃん? そっから右に歩いて突き当たりに流しがあるから、そこに置いといて」
明音は大きな皿をまとめながらこっちを向くこともなく言った。
「はーい。洗剤用意しとくね」
「はいはい」
言いながら私は部屋の入り口で明音が纏め終えるのを待って、彼女がようやく立ちあがったときに部屋を出た。終わってしまったものは仕方がない。せめて、来年はもっと楽しいことができるようにでも期待しよう。
「えーっと、流しは……ん? 向こう?」
そう言えば、明音の家は江戸時代の御家人から続きここらでもそこそこ大きいらしい。部屋から流しまでだいぶ距離があると思いながら皿に気を配って運んでいった。それにしても、三百年も前は立派な人間を輩出した家になんだってあんなバカ人間が潜んでいるんだろう。
「来年の文化祭、ねえ」
まだ気が早すぎるだろうか。私たちの担任は女性ながらなかなか情熱的で、「今から来年の文化祭のこと考えてても遅くはないよ!」なんて言っていたけど。
もっと楽しいこと――――何をするんだろう? 例えば、明音と同じクラスになれたとして……。いや、明音でなくてもいいけれど。
例えば、よく見るような学園モノの漫画だと文化祭が終わってから屋上に呼び出して、そこで……。
そこで? 何をするんだろう? ただおしゃべりする以外は思いつかない。だとすると、告白――――いや、そんなことはないはず。
私は明音とそんなことをするんだろうか。いや、まさか。そんなことするはずがない。私は、どくどくと鳴る脳内でそんな可能性を否定した。
「奏ー?」
「ひゃっ!? な、何?」
「いや、何じゃなくてつっかえて通れないんだけど。考え事ならもっとこう、さ、落ち着いてからにしなよ」
いきなり後ろから声をかけられて、とてもとても焦って皿を落としそうになった。振り向こうにも皿が危ないのでそうはできない。本当は火照った顔を見られたくないだけだけど。
「別に、何も考え事なんてしてないけど」
「なんだよー、じゃあ妄想? 奏は変態さんだもんなー」
「いやそれは明音に言われたくないかな」
「うん、そこはあまり否定しないわ」
女のくせに、男みたいにギャルゲーやエロゲなんかに手を出している明音なんか、私が好きになるはずない。そもそも女同士なんて、少なくとも私の中では絶対にありえない――――明音のゲームの中にはR-18のレズゲーもあったけど。
ということは、もしも私がソッチに走ったとき、明音は肯定的にとらえてくれる……ということだろうか?
「あのさ……」私はそう言いかけて、口をつぐんだ。
「ん、何?」もっと言うべきことがあるんじゃないかって思って。
「いや、何も……」
「何もってなんだよ。何かあんだろ? ないなら言わないでしょー」
というか、私もすっかり忘れていたけど本当にもっと言うべきことがあった。私は流しに小皿を高くなりすぎないように積んで置いて振り返って言った。
「あー、うん。来週から期末試験なんだけどさ」
「――――」途端に明音の手を離れて滑り落ちようとした皿を、私は慌てて抑えた。
「危ないから多少衝撃的なこと言われても手離さないの! で、来週から期末なんだけど明音は勉強できてる?」
「できてないです!」
「語尾に星マークでもつけそうなテヘペロ顔で言わない!」
「ってかどの科目が出るの?」
「そこはせめて試験範囲にしろよお前! ああもう聞いといてよかった。聞かなきゃよかったけど」
どっちだよ、なんて言葉は胸の中にしまっておいた。
「いやほら、中間考査と期末考査って出る科目違うじゃん」
「期末は授業で扱ってる科目は全部使うけど」
「え!? じゃあLHRとかの話も出るの!?」
「違う! 確かに授業で扱ってる科目全部とは言ったけど! LHRなんて私も一言一句聞いてねえよ!」
本当、なんでコイツの解釈はわけが分かんないんだろう。まるで故意的に私の意図したことから外れてくるようだ。前言撤回、こんなやつは私は絶対好きにはならない。
「あーよかった、留年はしないかな」
「LHRの有無がそこまで大きいとは思えないけどなぁ……まあ期末がうまくいっても二学期三学期でヘマしたら留年でしょ」
ヘマすりゃいいのに。
……はぁ、疲れた。無駄な骨折りだ。
「なーに溜息吐いてんだよ。さて、洗うか。終わったらゲームでもしようぜー」
「期末!」
私はスポンジを揉みながら叫んだ。うん、やっぱりありえない。
明音の部屋のテレビの画面が鮮やかに点滅した。
結局、私達たちは皿洗いを終えたあとゲームをし始めたのだった。私も止めようとしたわけではなく、期末の話をすっかり忘れていたから仕方ないと言えばまあそうなのだけど。勉強道具を持ってきているわけではないけど脳内で数式や化学式を反芻すればまあなんとかなるだろう。
「おい奏! 左からくるぞ!」
「は? 今の動作ってどう見ても右でうぇぁあ!? 死んだ!」
よくあるRPGのミニゲーム。2P式でどちらかが倒れればゲームオーバーなので、もう終わったろうと思ってコントロールを置いた。えーっと、符号がマイナスのときはx軸においては正の向きに――――
だけど、意外にもゲージの中は少し赤く灯っていた。
「死んでないからまだいけるって! はい次右からくるよ!」
明音がそんなことを言い終わるか終わらないかのうちに私はまたコントロールをとり、スティックを傾けた
「分かった! で、これで――――」
だが、その努力もむなしく私のプレイヤーは敵の攻撃をくらってダウン。画面にGAME OVERの文字があらわれた。
「あー、やられたかー」明音は残念そうにリザルト画面を見ながら言った。「どうする? もっかいやるか?」
そのとき、ドアが開いて誰かが入ってくる音がした。直後にただいまーという透き通った低い声。明音の家には父さんがいないから弟だろう。時計を見ると八時半を指していた。
「もう帰るよ。遅いし、考査も近いからね」
「送ってくわ」と明音が言って立ちあがったのを私は止めた
「いいよ、一人で帰れるし」「遠慮しなくていいって。どーせ私だって暇なんだし」「考査」
その言葉を口にした途端に、明音は耳を抑えてうずくまった。だけど数秒後にはまた立ちあがった。
「よし、考査のことなら忘れた! いこうか」
「考査」
「忘れた!」
「こ」
「忘れた!」
……。つくづく、変なやつだなぁと思う。こんなやつに気があるだなんて、数時間前の私は酔狂なことを考えていたものだ。
「奏? なんかあったの?」
「え?」
「顔が赤いけど。熱でもあんのか?」
「!? な、なんでもないけど。
さっさと帰るから、送るんだったら早くしてよ」
「ほいほい」
私がスニーカーを履くのに合わせて明音もサンダルを履いた。
今にも地平線の下に潜り込もうとしている太陽が私たちを照らす。蒸し暑さと涼しさが混じり合った何とも言えない空気を吸う。私は無意識に、明音の手をとっていた。
打ち上げの内容を書かなかったのはめんどくさかったからです。
嘘です。書くととてもグダグダになりそうで省略しました。マジです。
そのお陰で調さんの影がとても薄くなってるけどまた数話ほどまたいで出ます。……多分ね。




