11・青嵐フェスティバルⅡ
こんな時間にすいません
それから三十分が経ち、私たちは二―Cの教室にいた。
「あらー、それは残念ねぇ……」
アイ先輩は腕組みをしてそう言った。
「残念なのは分かったから離して下さい」
膝の上に私を乗せて。時々膝をもぞもぞと動かすのが非常に気持ち悪い。さっきから明音は携帯を弄ったまま顔をあげないが、話には参加していたようだった。
「ま、明日もあるのが救いっすよね」
アイ先輩がいたのでこの教室に来たけれど当の彼女は本来自分のクラスにいなければいけなかったらしい。
「……先輩、さっさと帰ったらどうですか」
「えー、この店美味しいのにー」
だが、先輩はこんな感じで動こうともせずに雑談に入り浸ってジュースを吸い上げている。
「なー、奏」
そのとき、携帯を弄っていた明音が急に顔を上げた。
「ちょっと携帯貸して」「え? 別にいいけど……あれ」
私はそう言って浴衣の中を探って、携帯がないのに気付いた。アイ先輩が「私が探してあげようか?」と言ってきたけどもちろん無視した。「失せろ痴漢魔」くらいは言ってもよかったかもしれないけど、言葉攻めが好きそうでない上に機嫌を損ねるとどうなるか分からない相手だった。
「ごめん、教室に置いてきたかも」
「スマホでもいいならあるわよ」
まるで私の言うことを待っていたようにアイ先輩はスマホを取り出した。最初からそう言えばよかったのに。
明音は自分の携帯を懐にしまって先輩のスマホを受け取った。
「あざっす。ちょっと借りますね」そしてしばらくスマホを弄って、先輩に返した。私は、明音の胸に携帯が圧迫されて服を変形させている様を見ていた。こんな幽霊、見た人は別の意味で驚くんじゃないだろうか。
「あざっしたー。んじゃ私そろそろ店番回ってくるんで」
そう言ったかと思うと、とたんにその姿は教室から飛び出て見えなくなった。
「落ち着きがないわねー」
「まあ、いつものことですし……いい加減離してくれます?」
「はいはい」
私が不服を言うと、アイ先輩は苦笑しながら離してくれた。
……まだ私は、子ども扱いされてるのかな。
「ま、精神的にもね」
「え?」
なんだか、自分の心が読まれていたみたいで思わず聞き返した。すると彼女は苦笑を微笑に変えた。
「ん、どうかしたの?」「いえ、何も……」
答に窮して、私は口を動かしながら隣の椅子に腰掛けた。
「……ふう」
奏と先輩にトイレに行くと言い残したあと、私はトイレに行って、教室によった。カウンターから段ボールの仕切りの内側に入った。そこには客を驚かせるために待機しているクラスメイトたちが三人と、委員長がいた。
今から用事があるけど、確か私の担当は今からだったはず。さて、どうしようか。
「おーい、私って何時からだっけ」
「ん、七村?」
一人だけ詰襟を着た委員長は私の姿を認めると、ポケットから紙を取り出した。委員長以外の三人は何故か気まずそうに私から目をそらした。因みに三人とも男です。
「えっと……お前は十時半。今からだよ」
「うぃーっす」
「あ、線原がいないから今から三十分たの「えー……」……いえ、いいです」
「えー」の一言でなかったことにしてくれる委員長はとてもいい人だと思う。なんかビビってる顔してるけど。
「んじゃ行ってきまー……す」
バキバキバキ
軽やかに跳ねていく私の目の前で、段ボールが破れてお客さんであろう人が飛び込んできたのが見えた。
「あ……」
後ろの四人は多分口を開けっぱなしにしているんだと思う。
「ば、ばあー……」
幽霊役の一人が脅かそうと手を上げていたけど、勿論かなりぎこちなかった。
「す、すみません! あの、これどうすれば」
客の二年生は立ちあがって壊れたセットを見て狼狽していた。私は段ボールをとりながらこう言った。
「いえいえこっちで修復するんで大丈夫ッスよ先ぱ……げふんげふん。んじゃ、お楽しみ下さい」
「あ、ちょっと!」
委員長が呼び止める声を無視して、客を先に進ませて、当の委員長の方を向いた。
「んじゃ、修理しよっか。予備の段ボールどこ?」
「ん……」不服そうな顔をしたけど、委員長は幽霊役に「あー、ごめん、そこで待ってて」と言い残してカウンターの方に歩いていった。
「え? は、ちょっと待って俺らこのままじゃおいちょっと」
幽霊役の男子はこのままだと脅かす側の立場なのに歩いてきた客から丸見えという非常に残念な立ち位置になる。それはさておき、委員長はカウンターの近くを見渡して首をかしげていた。
「あれ、この辺に置いといたはずなんだけど……」
「え、ないの?」
「どっかやったのかなー……」
「早くしないと、あいつら皆丸見えだよー」
私が笑いながら指した三人の背中は必至に客を驚かせようとしていたけど、それが返って背中を小さく見せていた。ボロボロの段ボールで何とか姿を隠そうとしているのが哀れさをそそる。
「え、えっと……」
「ないんだったら私が買いに行くねー」
「へ? おい、お前ちょっと何言って」
「じゃあねー」
と言って、私はすぐに教室を飛び出した。セットの一部を蹴破って。
「おいてめえ! 直せ!」
「あと一枚ねー!」
後ろを向かずに叫びつつ、廊下を曲がって階段を下りて私はクラスメイトから見られないところまで走っていった。
「っふう……」
あたりを見渡すと、さっき段ボールのセットを壊したお客さんが苦笑しているのが見えた。私はその人のところへ走り寄った。
「うっすヤンキー先輩……じゃなかった神垣さん、さっきはどーも」
「どういたしまして。ホントによかったの? あんなことして」
「のーぷろぶれむですよー。私ちょっと外に出る口実が欲しかったんで。先輩って言いかけたときには体が熱くなりましたけど」
「そっか。
でも私も、知り合って数日経たない相手に文化祭のクラスのセット破壊してほしいって頼まれるとは思わなかったよ」
そういってはにかむ顔は柔和で悪さなんて知らない子供のようで、なんで髪を染めたりしちゃってんだろうと思った。
私は手を振って昇降口の方へ歩いていった。
「んじゃ、私これから段ボール買いに行くんでここで」
「うん、気をつけてね」
「はい!」
本当は段ボールのことなんて微塵も考えていないけど。私は駐輪場に行くと、自分が乗ってきた自転車に跨ってペダルを漕ぎ始めた。
「それは……そうなんですけど」
ずっと教室内にいるのは悪いと思って私は教室を後にして、広い廊下に据え付けられたベンチに腰かけていた。
「でも、ちょっと仲がいい同級生が文化祭に来れなくなったくらいで泣いたりしませんから」
「なかがいい……カナちゃんたまに変なこと言いだすわよね」
「そこに反応しないで下さい」
せっかく微笑みながら行ったのに、アイ先輩はまた変態チックな妄想を初めて私の言葉を邪魔する。
「ふふ、言わなくても分かってるわよ」
「あ、そういえば私もう行かないと」
腕時計を見ると、十時半を指していた。本当ならこの時間帯はノゾミと一緒に幽霊役をすることになってたはずだけど。
「じゃあ」
と言って走り去ろうとすると、不意に腕を掴まれた。
「何ですか?」
「表情が沈んでるわよ」
「う……」
言葉が詰まって、返事に窮した。アイ先輩がここまで勘がよかったのはちょっと意外だった。
ちょっとだけ間をおいて、私は笑顔で首を振った。
「大丈夫ですよ、これだけ暗い顔してたらきっともっと怖い幽霊が出来あがります」
さて、明音はどこ行ったんでしょうね(真顔)




