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伝説の主従関係

作者: めい

 ん? どうしたんだい子供たち。私のような老婆に何か用かい? ああ、ボールがこっちに転がってこなかったかって? ううん、見てないねえ。

 ふふふ、何、謝ることはない。もうずいぶん探しているんじゃないかい? すこし休憩したほうがいいんじゃないかい?

 何、ボールはきっと見つかるよ。一度休憩して、落ち着いてからの方が見つかることもあるからねえ。

 そうだ、ただ休憩してるというのも暇だろうから、ちょっとだけ私の話を聞かないかい? 題は、そうだねえ……伝説の主従関係。どうだい、面白そうかい?


 あそこに大きな城があるだろう? あの城には昔、何十人もの使用人がいて、それはそれは立派な城主が治めていたのさ。

 ただ、やはり「名家三代続かず」という言葉通り、二代目の時に落ちぶれ、三代目の頃にもなると、一代目の頃の栄華はどこにもなかった。

 三代目の城主は、落ちぶれてしまったにもかかわらずプライドだけは一人前の何とも扱いにくい者での。初めはまだ何人もの使用人がいたのだが、一人、また一人といなくなり、最後にはただ一人のメイドが残っただけだったのさ。

 んん? なぜそのメイドは一人だけ残ったのかって? さあてねえ、話を急かすでないよ。後になればわかることだからね。


 そのメイドは優秀なメイドだったんだろうねえ。たった一人であの大きな城の掃除から洗濯まで、何から何まで行っていたんだから。

 けれど、掃除や洗濯だけじゃやっぱりお金は入ってこない。今まで一代目の残された財産を食いつぶしながらなんとか生活をしていたけれども、もうほとんどお金が無くなってしまい、とうとう逼迫してきたところでメイドはご主人様に声をかけるのさ。


 そのころのご主人様は、それはもうぐうたらな人で、夜の一六時に起きて、朝の九時に寝るというような生活を送っていたのさ。

 夜中ご主人様は何をしていたかって? さあてねえ、夜の街をほっつき歩いて、さんざん遊び歩いた後に朝になって帰ってくる。そんな生活をしていたようだよ。

 朝の十時頃にご主人の部屋に入り込んでも、ご主人はぐうすか寝ている。そりゃそうだろうねえ、朝の九時まで起きていれば。


「ご主人様、早く起きてください」


 メイドはご主人様に声をかけたさ。けれど全くもって無反応。しっかり熟睡してしまっている。


「ご主人様、お願いですから早く起きてください」


「……ううん、なんだ」

 

 何度も声をかけて、ようやくけだるそうに、ご主人様は目を覚ます。


「ご主人様、おはようございます。使用人のわたくしから申し上げるのは、差し出がましいのですが、先日金庫のお金がとうとう無くなってしまいました」


 えっ!? ってそうなのさ。そんなに驚くこともないだろう? ずっと働いてこず、遊びほうけていた二代目三代目がいれば、どれだけお金があろうともなくなってしまうさ。それもあんなでかいお城だ。


「……ふぅん……おやすみなさい」


 だが、そんなメイドの声もどこ吹く風。ご主人様はちっとも聞こうともしやしない。


「お願いです。これ以上の散在は、この伝統あるお城を売り払わねばならなくなります。一代目が築き上げてきたものをご主人様の代でつぶしてしまうというのは、わたくしも大変不本意でございます」


「……売り払ってしまえばよいだろう。もともと過去のものに興味はない。今を楽しくいきたいだけだからな」


 そこから何度もメイドは説得を行うけれど、一向にご主人様は聞き入れてくれなかった。


「お願いです。わたくしはご主人がひとを救う様を見たいのです。いま一度、力を使う気にはなりませんでしょうか」


「ふん……このような力、何も救うことはできぬ。せいぜいが夜の街での余興にしかならぬ。それも私にとっては先代と違って、依代を借りねば力を使役する事すらできないのだからな」


 どんな力かって? ご主人様には、傷や病気を治す力があったのさ。一代目の頃はそれはもう大きな力で、一度死んだものをよみがえらせることもできたというよ。

 けれど、血が薄まるにつれ、だんだんと力が薄まっていって、ご主人様の時は、一代目が残した握り拳くらいもある、大きな宝石を使うことでようやく使うことができたのさ。


「ご主人様。そのように自分を卑下しないでください」


「……ふん……お前も他のもののように、早めに愛想を尽かして去ったほうが身のためだ」


 そう言ってご主人様はまた寝てしまったのさ。

 駄目なやつだって。そうだねえ。けれど、仕方がないところもあるのさ。小さいころから、ご主人様はそれはもう一生懸命その力で直せる力を伸ばそうと努力した。けれど、どうしたって周りの人は一代目と比べてしまう。

 「一代目は本当に素晴らしかった」「それに比べて」「せめて二代目くらいは……無理か」そういった悪口や批判が、直接ご主人様に言われることはなくとも、ささやかれていることは、どうしたって耳に入っちまう。そうしてご主人様は、自分は駄目なやつだと、努力することを諦めてしまったのさ。

 さあ、困ったのはメイドさ。ご主人様に働くつもりがなくてもお金がなければ生活できない。何とかお金を工面しようとしても、使用人ができることはたかが知れている。お城の維持費も馬鹿にならない。

 いろいろな知人にお金を借りながら、次第には煙たがられながら、それでもなんとか生活をしていた。

 ご主人様も、夜遊びをすることはなくなったが、それでもお金の減り方がゆっくりになるだけで、どんどんとお金は減っていった。

 うん? もうご主人様なんて放っておいてどこかへ行けばいいって? そうだねえ……メイドもそうできればよかったかもしれないねえ。


 おっと……話の途中だったね。その後どうなったかって? とうとうお金の無くなったメイドは、夜中に、普段行かないような真っ暗な森をさまよっていたよ。

 ん、何故そんなところに行く必要があるのかって? それは、その森に夜中にしか咲かない珍しい花があったからなのさ。

 その花を売れば、またしばらくは生活ができる。そうメイドは考えて夜の森をさまよっていた。

 けれど、月明かりもぼんやりとしか入ってこない森の中、普段そんなところを歩かないメイドにとっては、どれほど危険なんだろうねえ。

 はたして、そのメイドは足を踏み外して崖に落っこちていったのさ。


 夜が明けて、ご主人様はようやくメイドがいない事に気が付いた。

 とうとう愛想を尽かしたか、そう最初は思ったけれど、朝食もきちんと作られており、何より彼女の衣服が何一つ持ち出されていなかったことに彼は気づいたのさ。普通、出ていくときにはある程度の荷物を持って出ていくだろう? けれど、城の中から無くなった荷物は何もなく、いつもと違うのはメイドがいない事だけだったのさ。

 ご主人様は胸騒ぎがして、宝石だけを握りしめて外へ駈け出した。メイドがどこへ行ったのか、さっぱりわからない。

 けれど、虫の知らせってあるのかねえ……。ご主人様はほぼ一直線にメイドが落ちた崖の下に走っていったそうだよ。


 そこでご主人様が見たのは、全身が血だらけになって、息も絶え絶えで、普通の医者が見たら、絶対に手遅れだろうという、今にも死にそうなメイドの姿だったそうだよ。


「おいっ! しっかりしろっ!」


 ご主人様は叫んだ。ずっとずっと夜の闇の中1人でいたメイドがうっすらと目を開けると、そこには涙で顔が皺くちゃになったご主人様がいた。


「あは、ご主人様…………おはよう……ございます」


 目を開けてご主人様の姿を確認したメイドは微笑んでその言葉を言った。

 口からも血が出ていて、とても聞き取りにくい声だったけれど、その言葉を聞き取ったご主人様はメイドを抱きかかえ叫んだ。


「おはようじゃない! 何があった!」


「……足、すべらせ……ちゃいました。駄目な……メイドで……すみま……せん」


 ご主人様は涙をふくこともせずにメイドの耳元で叫ぶ。

 もう、耳元で叫ばれないと、メイドはほとんど聞こえなくなっていたからねえ。


「馬鹿野郎! 俺みたいな駄目なやつなんぞ、さっさと見切りをつけて出ていけばよかったものを!」


「……無理……ですよ。私は……あなたを……愛してましたから」


 そうなのさ。メイドはずっとずっと、ご主人様の事が好きだったのさ。

 え? なんであんな駄目なご主人を好きになるのかわからないって? このメイドは、ちっさなころからずっとずっとご主人様の事を見てきたからねえ。

 ご主人様ががんばってきたところも、馬鹿にされて自棄になっているところも、傷を治してもらったところも。そんな姿をずっとずっと見てきて、メイドはご主人様の事を好きになってしまったのさ。


「…………俺も、君を愛してる」


 ご主人様も、そこでメイドに告白した。ちいさな声だったけれど、メイドの耳にはしっかりと届いていた。

 最後の最後で、ようやく二人は両想いに慣れたのさ。


「……ありがとう……ございます。でも……これでお別れみたいです。ご主人様、これからはきちんと働いてくださいね……」


「……死ぬなっ! 死ぬなっ! 死ぬなあっ!」


 そう、懸命に叫んでも、メイドのまぶたはゆっくりと閉じられていく。


「さようなら……ご主人様」


 最後にそうつぶやくと、静かにメイドは目を閉じて、息を引き取った。

 死んだ後もずっとずっと、ご主人様が必死に叫んだけれど、そのまま屍になっちまったのさ。






 うん? どこが伝説なのかって? そりゃ、こんな愛し合ったご主人様とメイドなんてそうはいないよ、きっと伝説級だよ。

 ……え? これで終わりかって? その後の話? 聞きたいのかい? ふふふ、それならまず、私の首元の宝石がちりばめられたネックレスを見ておくれ。

 いたっ!? な、誰だい突然私の頭をたたくのは!


「何を子供相手にこっぱずかしい話をしているんだお前は」


 いいじゃないかい。最近はめっきり聞いてくれる人もいなくなってねえ。話すのが好きな私にとっちゃ、死活問題だよ。


「いっぺん死んどいて死活問題も何もないだろうに」


 言葉の揚げ足を取らないでおくれよ。そんな事だから白髪が増えるんだよ。

 ん? 目をぱちくりしてどうしたんだい? ……一代目に死んだものをよみがえらせることができたのなら、三代目だってできても不思議じゃないだろう?


「ふん、宝石が粉々になった。一代目の力を借りて、ようやくだ。さあ、帰るぞ」


 だから自分を卑下しないでおくれよ……ああ、よっこいせっと。おや、あ、すまないねえ。ボール、私の足元にあったみたい。ごめんねえ。

 ありがとうねえ、こんな老婆ののろけ話に付き合ってくれて。


「ほら、早く行くぞ!」


 ああ、はいはい。待っとくれよ……『ご主人様』

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