REC
厚い雲の切れ間から、輝く眩しいものが降りてくる。そいつは果てしない泥の海の上に浮かび、やさしい微笑みを湛えている。
ロメロは息を呑み、男の記憶を映し出すディスプレイを握り締めた。
「大事なのは、見極めること。事実と虚構の区別。そのためには知ること」
自身に言い聞かせる。
記憶というものは非常に不安定で容易に改竄されうるものである。持つ者のイメージに左右される。下層の者の記憶に現れる「親」のほとんどは醜く歪み、荒ぶる邪神のように絶対的な恐怖を体現する。黒い影に目玉が二つあるだけだったり、巨大なカマキリに顔だけが親になっていたり。それは下層で親を持つほぼ全ての者が虐待を受けて育つからだ、とロメロは結論づけている。
では、男の記憶に現れた、この光に包まれた者は何を意味するのか。
端的に言えば救世主。この教会警察の男にとっての神と言ってもいいかもしれない。
ロメロが調べた限りでは、コウ区、オツ区で育った者の記憶には全てこの「光り輝くもの」がいた。名はオバノン。男とも女ともつかない。安心させる慈母の笑み。雄々しく強い父親のようでもあり美しいものが万華鏡のように連なりながらこちらに向けて口を開く。
「――感謝の念が大事なのです大丈夫貴方は不安になっているだけなのです大丈夫心に素直になってください大宇宙の中心融合と無垢美アザトースへの唱魂招魂昇魂大丈夫祈ることです大丈夫この世は一人では回らないのですインナースペース唱魂招魂昇魂大丈夫感謝しなさい大丈夫すべてのものに貴方は一人ではない唱魂招魂昇魂大丈夫仲間がいます大丈夫生命力の燻蒸消毒自分のことのように心配して喜ぶ仲間が唱魂招魂昇魂大丈夫世界は恐怖に包まれています大丈夫下層の者にさえ救いは訪れ魂は天上で一つの偉大なる魂ウボ・サスラへと」
言いながら、ディスプレイの中のオバノンは見上げるほどに巨大になり、しかしよく見ればそれは極小のオバノン達がビッシリと蠢いてワラワラと形作っているのだった。
「キモッ!」
ロメロは吐き気を堪えて男の脳から電極を抜いた。途端に手の平のディスプレイは真っ暗になる。他人の脳が見ている映像は、非常に主観的であるというのに「リアリティ」はこの上なく強い。誰もがそれを「現実」だと認識してしまう。その強烈な体験は、見ているだけでも影響を受けてしまう危険があった。
「インチキ野郎め……」
上層の常識を支える価値観。オバノンによりもたらされる秩序。
壊そう。殺そう。気持ち悪いから。ロメロは非常に論理的に決心した。
「殺したら尸にして、スウィート・タイム・リプレイでこいつが人間をどう思ってるか大スクリーンで上映会だ。マスターベーションの記録も見てやろう。壊れたら、また直して壊そう。そして最後は灰と塵だ」
ロメロは死骸を踏んで、煌びやかにネオンが光るオツ区の街並みに消えていった。