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ステイシーは友人の夢を見るか?

 最上層から最下層まで届く巨大エレベーター。それが公式では唯一の各階層を繋ぐ移動手段である。物資の移動も同じ装置で行われている。

 天地を貫く神秘的な深緑色のエレベーター柱は、まるで海底神殿に置き去りにされたオベリスクのようだ。


「死体探してます――ねえ?」


 張り紙の主と連絡をとるため、エレベーターに併設されている電話をかける。


「ハローハロー。こちらテイ区。指定番号へ交換願います」

「……ウイ」


 電話交換尸(でんわこうかんし)が静かに返事をして繋いでくれる。

 話をつけると、二人はバリケードの上で並んでエレベーターを見張っていた。イヴ・カメリアは膝を曲げて座り、張り紙に写った自分の顔をじっと見ていた。


「探してどうするのかしら。死体でも欲しい理由って……?」

「やっぱりカメリアは身分が高いんだね。私が死んでも多分誰も展示なんてしやしないだろうし、女尸(じょし)にされても結局どこぞの屍姦愛好家の性処理玩具ってとこだろうし。ねえ」


 そうぼやき、ライミは下から海藻のようにワラワラと纏わり付く(カバネ)達の手を避けている。


「死んでいるのだから無意味ですわ。展示されたって嬉しくなんかないのですもの」

「展示されてた側の人から聞いてもなー」


 カメリアはよじ登ろうとしている尸の手をブーツの先で踏みつけにした。指が何本かちぎれて尸は落ちていった。そこに残ったソーセージのような指も蹴散らした。

 それはごく自然な動作である。

 ライミは肩を竦めて溜息を吐く。


「つくづく世界って不平等よね」

「そうですわね。残念な容姿に残念な頭の貴女を見ていると本当に人間は生まれながらに不平等だと思います。お可哀想に」

「丁寧なのは口調だけかい」


 しかしうまく否定できない自分を抱えるライミである。容姿はともかく、ボ区の中では頭が悪い方ではない。兄の影響で文字だって読めるし、こうして仕事にもありつけている。しかし、ボ区全体が教育などあってないようなものだったことや天才的な兄を考えるとジクジクと傷口に膿がわいたような気分になる。


「そんなに展示されたいのですか?」


 おおおぉ。おおおぉ。

 ライミはうなり声の方へ振り向く。上がってきた女尸を見るや、傍にあったモップを拾い、柄でその頭を突く。左目に刺さり後頭部に突き抜けた。頭を蹴り剥がすと、崩れ落ち地面に衝突して軽く跳ねた。頭から落ちたせいで、まるで潰れたトマトのようだった。


「ちがーう。展示ってか大切にされたいってこと」


 自分で言っておきながら、彼女は「そういうことなのか」と改めて妙に納得した。


「なるほど。無価値な死体とはいえ、生前の者に向けた感情はどうしようもないですものね。展示するというのも、そういうことなのですね」

「そんな難しい話かなー」


 ライミは腕をこまねいて、首を捻った。


「ボ区では違うようですが、法や政治を司るコウ区や私のようなオツ区の人間は『教え』を受けるのです。生まれてくるあまねく人々は神の下に平等だと。死ねば魂は抜け出し、死体はただのタンパク質の肉塊となり、生前の価値は無に帰されることで平等となると。それを根拠としてどんな死体であろうと再利用すべきだとされています。死体は尸として再利用され、或いは不必要であれば棄てられ燃やされて灰や塵となるまで」

「でも展示される死体があるってのは矛盾してるんじゃないの」


 二人の見下ろす先には、カメリアが展示されていた場所への入口が見える。


「そうです……博物庭園がこんなことになっているのはもしかしたらそこのところに問題があるのではないかしらそれとも」


 カメリアは記憶の底に現れては消えていくオツ区の風景を思い出していた。霞がかったような人々が、博物庭園の展示死体の存在に対して議論している。


「お嬢様! ああ、ステイシーお嬢様!」


 呼ばれて我に返った。

 大声を上げて、スーツを着た初老の男がエレベーターから出てきた。どうやらカメリアを探していた者らしい。

 ライミは眉をひそめた。


「ステイシぃー?」


 カメリアの方を見ると、神妙な顔つきである。初めてモノに名前があるということに気づいたように、それは静かだが稲妻のような衝撃だった。


「……わたくしの名だわ。そういう貴方はもしやルチオ?」


 ルチオは会えなかった時間を噛みしめるように深々とお辞儀をした。


「そうですお嬢様。お久しゅうございます。前々からお身体が弱くございましたから、心配で心配で。お元気そうでなによりです」

「ええ! 死んでること以外は元気だわ。それからこの()にはお世話になっていて……」


 ステイシーお嬢様とやらに手を引かれ、ライミはバリケードからエレベーターへ近づく。チラリと見えたエレベーターの奥には、赤い制服を着た男たちが数人いた。初老の男は紳士然とした穏やかな態度で微笑んだ。


「貴女はもしやロメロさんの妹さんの、ライミさんですかな?」

「あ、兄を知っているんですか!」


 ライミが降りてきたところを見計らい、ルチオは右手を挙げてエレベーターの男たちに合図を出した。嫌な予感がしたが、ライミは逃げ出さなかった。赤い制服の男たちは全員自動小銃を抱えていたからである。カメリアの前にも男が二人立ち塞がった。


「知っておりますよ。よぉ〜くね」


 ライミは屈強な男たちに両脇を抱えられるようにエレベーターへ連れられ、制服の胸に「教会警察」と書かれているのを見て、やっぱりかと思った。


「私悪いことしてないのに…… と思ったけどしてたわゴメン。ボ区より上の階に来たこと。や、あんな兄がいると犯罪だってこと忘れちゃうね」


 兄の真似をして軽口を叩いてみたが、赤服たちは何も返さない。経緯は知らないがヤバさだけはわかった。

 最も新鮮な死体(フレッシュミート)、という言葉が頭を巡る。エレベーターのスイッチが押される。無情な音を立てて重苦しいドアが妙に粛々と閉まり、同時にテイ区の光が消えた。

 その間中ずっと、カメリアはひたすら抵抗して叫び続けていた。


「離して! あの娘はわたくしの――その、友人なのよ!」

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