第七節 西の太陽と東の太陽
廊下にいた研究員と三浦は、会議室などのある議事堂から外まで歩いてきた。太陽は夕刻を回り、少しずつ西の彼方に傾いてきている。
「久しぶりだな。まだオーストラリアにでもいるものかと思ったよ」
三浦が手を組みながら馴れ馴れしく話す。
「覚えてくれていてうれしいですよ。自衛隊時代以来ですかね? こうして会うのは」
「いや、確か私が綾とこの前の研究報告で会ったときに一度見かけたような」
軽く考える素振りをする。
「そ、そうですか。すみません、全く覚えていなくて……」
研究員は何かに怯えているように三浦を見つめる。
「で? 突然どうしたんだ? わざわざ廊下の前で待っていたみたいだったが」
三浦がつめ寄るが、研究員はもじもじとしながら一人で困惑する様子を見せる。
「なんだ? お前らしくない。さっさと言えばいいじゃないか」
せかすように研究員を訊きなおす。
「その、あなたの妹さんである日野綾日本調査団団長の件ですが、先日の大地震の時にオーストラリアにいらっしゃって、その時に乗っていたはずの送迎車が大破しているのを確認しました。中からは数人の遺体が見つかっていますが、確認ができないほどの損傷で判断にもう少し時間がかかる。という便箋が届きましたことを報告に」
三浦の瞳は開ききり、頭の中が一時真っ白になる。一年と半年前の“地球危機“の影響で夫が飛行機事故に遭ったときと同じように。
しかし三浦も先日の地球大地震で妹の綾の安否を心配していたのも確かだった。だから可能性としては考えていた。
「一年半前に飛行機事故で夫を亡くされ、今は世界機構の総長となったにも関わらずこのようなご報告をして申し訳なく思っていますが、彼女のいたとされるアリススプリングスの町は廃墟となり、内陸ということでなかなか手の届かな――」
「わかった!! …………もう、わかった」
三浦は研究員の言葉を一言目で研究員の言葉を引きちぎるように怒鳴り、そして二言目は悲しみの含んだ弱々しい声で話す。
「綾はまだ生きているさ……。きっと……」
「そ、そうですか。私は現在、日本レイサス調査団アメリカ支部の局長についておりますので、また何かあれば逐一ご報告いたしたいと思います。では」
「すまないな」
研究員はその言葉を聞くと、再び歩き出して逃げるようにどこか北の方へ消えて行く。
「クッ!」
三浦は顔を握るように歪め、そして心の中では無事でいることを願うばかりである。
「もう時間か……。綾、生きてるなら返事してくれ…………今何をしてる?」
三浦は太陽のある西の空を見上げて、間もなく会議が再開すると知りながらも一本の涙の川を流した。
夕焼け色に染まらせる太陽はその涙を一瞬輝かすと、加速度的に西の地平線から姿を消していく。
「まだかー? 綾ぁー」
ところ変わってオーストラリアの砂漠地帯で、二人の人影が一つに見える。
「気持ち悪いわね。それより見て! 東の空から太陽が昇ってきているわ」
綾が国枝の背中にしがみ付きながら、のほほんと東の空を眺めた。
ワシントンD.C.の日の入りとオーストラリアの日の出がほぼ重なっている。
「そりゃ東からは太陽ぐらい昇ってくるよ。……で! あとどのくらい歩いたらレイサス文明の遺跡まで到着するんだ?」
国枝は着ていたジャケットを腰に巻き付け、カッターの袖をめくった格好で綾を背中におぶっている。彼らは徒歩でレイサス文明の遺跡の場所まで向かっているようである。
「今更だけど言ってもいい?」
「あ? まさか逆方向とか言うんじゃねえだろうな?」
「あはは、まさかそこまで方向音痴なわけじゃないのだけどね……。どうして空を跳んでいかないの?」
綾は先日のように跳んでいけば早く到着するだろうと提案する。
「あのなー。あれ使った後、俺半日も眠ってたんだぜ? 第一あれは俺の意思で跳んだんじゃねえよ」
「そうだけど、日に日に鍛錬していけば成長するじゃない」
「何のRPGを連想してんだ?」
国枝はボソッとつぶやくも、なんだかんだ言って彼女を背負っている。恐らくはまた彼女との勝負に敗北を喫したのだろう。彼女は従順な犬のように国枝の事を取り扱っている。
「じゃあもう一つ言うけど……レイサス文明の遺跡に到着してるわよ」
綾が国枝の耳元で優しく声をかける。
その瞬間、国枝はあたりを見回して目を疑った。そこには砂漠と地割れしか目に入らないからだ。
「どこが到着したんだよ? そんなこと言っても歩く速度はあげないからな!」
国枝は彼女が自分の前に餌を吊らしているのだと決めつける。彼女のよく使う手法だからだ。
「いやホントだよ。今回はホントのホント!」
「いーや! お前はいつもそう言って騙してきたんだからな」
綾の言葉にまったく聞く耳を持たない国枝は、断固として彼女の言葉を信じようとはしない。
「わかった。なら今すぐおろして!」
彼女がおろしてと言うものだから、国枝は少し躊躇する。しかしとっさに先日の列車の中の出来事を思い出してみる。あの時の泣き出した場面で感服したために敗北してしまった経験を踏まえ、国枝はさらに彼女のことを信じなくなった。
「ちょ、ちょっと! ホントに降ろさないと後悔するよ!」
「ああ、何度でも言え……。今回は騙されないからな」
日が昇り、徐々に顔からは汗が流れ始めてくる。
「しっかし冬というのにどうしてこんな暑いんだ?」
国枝のつぶやきに綾はまったく応えようとはしない。
「……や、やっぱあれか。気候変動みたいなやつ……なのかな?」
国枝は彼女の顔色を伺いながら声をかけるも、彼女は完全に訊く耳を持っていなかった。国枝の顔からは暑さによる汗のみならず、冷や汗もが湧きだす。
「……はいはい。わかりましたよ! 降ろせばいいんでしょ、降ろせば……」
国枝が耐え切れなくなり彼女をおろそうとした瞬間、突然右足が地面に吸い込まれる感触を覚え、彼らは暗い地割れの奥深くに落下していく。そして地上から瞬く間に姿を消した。
「何してんだろォぉぉぉぉぉぉぉ!!」
地割れからは黙っていた綾の嘆きの叫びが響いている。
【次回予告】
C10「とにかく研究室まで……」
C5「先に進む意味ないじゃん!」
C13「で? 次のプロセスとは?」
C20「となると、綾が?」
『第八節 陰で動くモノ』