第二節 列車の中で~出発~
綾と国枝はオーストラリア大陸を南北に走る『ザ・ガン鉄道』の最北の駅、ダーウィン駅にいる。これから約一日がかりで目的地のアリススプリングス駅に向かうためだ。
「えー! 汽車に乗るって言うから日本の鉄道みたいに狭っ苦しいものなのかと思ったけど、意外とゆったりできそうじゃないか!!」
国枝は駅のホームから一等車両の様子を見て、ここへ来てようやく目をキラキラと輝かせる。列車の中にはソファやキッチン等が目に入った。そしてテーブルの上には第一級の食材が使われた豪華な料理が並べられている。
「こんなご時世でもあんなもの食えるなんて……。なんだか楽しみだなぁ」
「バカ言ってるんじゃないわよ。ここは一等車両! あたしたちが乗るのは制限が豊富な二等車両だからね!」
綾は、興奮して車窓から中をのぞく国枝を見て、頭の中では不安がよぎる。それもそのはず、約二十三時間の道のりの間はずっと国枝が隣の座席にいるのだから。
「ほら、さっさとついてきなさい。私たちは向こうの車両よ」
そう言うと綾は聞く耳を持たない国枝の耳を引っ張りながら案内する。
「ところで俺を呼んだ理由は何だ?」
まもなく列車の出発時刻となり、国枝たちもようやく座席に落ち着いて座れるようになった頃。突然国枝が日野に訊ねる。
「知りたい? でも聞いて後悔するかも……」
隣の座席に腰をおろしている綾は、何か企むような面相で国枝を覗き笑う。
「? 別に気にしないけど」
「……分かってると思うけど、これからレイサス文明の遺跡に向かうわよ」
「それで?」
綾はウエストバッグから折りたたまれた地図をとり出し、そしてそれを膝の上に広げる。
「レイサス文明の遺跡があるのはアリススプリング駅を西に約一五〇キロほど行ったところよ。あたりはほとんど砂漠だから人はあまり行こうとはしないわ。もともとは国立公園だったんだけどね」
綾は指で大体の位置を示し、国枝は列車の次は車か、と耐え切れない表情になる。
「問題はそこまでの道のりじゃなくて、つい最近私の調査団の一人がここから数キロ離れた場所で新たな痕跡を見つけたの」
「新たな痕跡? まだ見つかっていないものがあるのか?」
「うーんと。まだ見つかってないというよりも、今まで見つかっている遺跡はほんの一部だと思われているの」
「一部?」
綾はまたウエストバッグから今度はメモ帳をとり出す。
「簡単にレイサス文明について説明するわね。……レイサス文明はおよそ一万四千年前に滅亡したと思われるレイサス、っていう人々が繁栄した時の文明なの……。彼らが残した遺跡からは、天と地がひっくり返った。というような内容が見つかって、現在地球で起こっている現象と一部酷似している部分があるわ」
綾の顔はさっきまでとは異なってレイサス文明の事となると真面目な表情になる。それもアニメやゲームなどでいそうなキャラクター風に。
「まさか過去にも起こっていたのか? 今みたいなことが?」
「そう……。今まで地球は南極と北極が入れ替わったりすることはよくあったことだわ。……でもね、その一万四千年前と今の両方は少し状況が違うの」
「どういうこと?」
すると高い汽笛音を出しながら、列車がゆっくりと動き出す。
「つまり地球の両極が入れ替わった後は、多少の変化はあるものの大して滅亡するような変化は起こらない。でも今回のように外核が停止するということは地磁気が極限まで無くなるということ。それにより地球内で予測不能の事態に陥るということ……。結果的に人類のみならず生き物も地球上では住めなくなるかもしれないということ」
「! め、滅亡するっていうこと? そんな話は一度も聞いたことがない!」
国枝は思わず声を張り上げた。そして綾は彼の口を必死にふさぐ。幸い汽笛の音でごまかすことができた。
「だから私たち調査団がレイサス文明のころはどうやってこの地球の危機を退けたのかを必死に調査しているわけ!」
綾は国枝の口をふさいだ手をそっと離す。
「ハァ、でも何で今さら調査するんだよ? 普通ならある程度は調査されているはずだろ?」
「レイサス文明の痕跡は二〇一三年に起こったあの出来事の直後に現れたの……何もない、砂漠からね。だからまだ一部しか見つかってない」
国枝は唾をゴクリと呑む。
「それであなたを雇った理由は、簡単に言うと暇そうだったから」
綾は突然性格が元に戻りそう言う。
「はぁ? それだけのために俺を日本から呼び出したのか?」
「だって涼ったらどうせあれ以来、仕事もろくに就いていないし、他の人を雇うと費用が掛かっちゃうから」
綾はまた覗き笑うようなまなざしで国枝を見つめる。
「じゃあ俺も高い報酬を用意してもらおうか?」
「え! 何? 簡単なものならいいけど」
「それはお楽しみ」
今度は国枝があざ笑うかのように綾を見つめる。
「…………実を言うとね。まだ理由があって。遺跡の中からこんなものまで出てきたの」
綾はメモ帳に挟んである写真をとり出す。そこには大きな乗り物のような絵が描かれていた。
「これは?」
「古代の空飛ぶ乗り物だと思う。一緒に見つかった文献から『巨大飛行舟』っていう乗り物だっていうのは分かってるんだけど、これが本当に空を飛んだのか、それともこれをレイサスの人々が夢見てたのかは分からない。だから少しでも航空技術について詳しい涼に来てもらったのが理由なの……」
「無茶苦茶な理由だな。……ならなんで初めからそう言わないんだよ?」
「……言ったら断ると思って」
綾は何か悲しみの表情になる。
「ハァ~。んな顔するなって。親父の事はもう何とも思ってないよ……。それに親父だってフライト中に死ねたんだから本望だろ。しかも新型機の初フライトでキャップ務めれたんだから……」
「でも、最後に会ったときに喧嘩してたっておばちゃんが……」
「あーもうこの話はナシだ! こんなこと話すためにわざわざここまで来たんじゃないぞ」
「…………」
――列車は目的地まで突き進む――
【次回予告】
C15「あっ、えっ? あぁ……」
C21「こ、これぐらい別に一人で食べられるんだから!!」
C30「……ハァ~おいしかった」
C6「えへへ。ゴメンね」
C28「お、おい。何でお前が泣くんだよ」
『第三節 列車の中で~到着~』