第九節 彼方の時空
青空の中を雲がはしゃぐように泳ぎ、風は遮りのない大地を休むことなく滑空する。その風が絶え間ない草原をなでるように遊ばせる。
「ここは?」
その広大な大地のど真ん中に、国枝は一人立っていた。
いつからいたのかは分からない。これが現実なのか、それとも単なる夢なのかも分からない。分かるのは、ただそこに国枝が立っているという事実だけ。
「夢……なのか? でも、何か見覚えのあるような。懐かしい感じがする」
国枝は再びあたりを見回す。しかし驚くほどに広大なその草原には、小屋ひとつ見当たらない風景が目に映る。
「何もないな。あるのは草と丘と、それから湖か」
すると、丘の向こうから七色に染まる気体のような、塵のような謎の飛翔体が現れる。それはキラキラと輝きながら風に逆らいつつ、それでいてゆらゆらと国枝の近くまでやってくる。
「な、何だ?」
国枝は目をこすり必死に両目のピントを合わせるも、それは先ほどとは変わらない七色の飛翔体であった。
謎の飛翔体は国枝の鼻の先に来ると、ピタッと移動を止める。その謎の飛翔体は七色に輝く小さな粉の群れのようであり、まるで光源の見当たらない、ただ光が浮いているだけである。
「な、何かご用で?」
国枝はそれが生物学上は生き物で、かつ言葉が通じるという前提で話しかける。もちろん返答には小指の皮ほども期待するわけがない。
途端に、その謎の飛翔体はゆらゆらとしていた動きを落ち着かせ、高さ一メートルほどの宙にまとまって浮いていたのを、少しずつ地面の方にも広がっていき、次第に縦長く形を成していく。
「ひ、人……なのか?」
みるみるとまるで人の形に散乱する飛翔体は、高さ約一五〇センチメートルほどまでに伸びる。
「私は人ではありません。人のようであっても人でなく、それでもあなたのような人と接することの可能な人のような存在」
聞こえる女性のような美声、それがどこから発声されているのか理解のできない謎の飛翔体。否、人の形をした人でない存在は、当然人間の言語を理解していたように話す。
「あなたは国枝涼。航空整備士を目指していたが、一年半前の異変で航空業界が衰退するとともに挫折する。その後は技術力を生かした職を転々とする。父の名は国枝矢三郎、元航空操縦士。またはパイロット。一年半前の異変で当時初就航を迎えたボーリング社の八七八-八型を機長という立場で操縦、定年退職でラストフライトだったその便の飛行中に事故死。母の名は国枝瞳。旧名を山田。日本国の旧関東地方、今で言うシントーキョーに在住」
感情は河童の涙ほども含まれない、ただデータを読んだ単調な言葉は国枝を唖然とさせる。そしてデータの棒読みはさらに続く。
「そしてあなたは選ばれし者。およそ一万四千年前にも同様な滅亡が起こった時の英雄の魂を受け継いでいる。つまりは生まれ変わり――」
「ま、待ってくれ! いきなりそんなことを言われても……」
唖然とした表情から戸惑いの様子を見せる国枝に対し、その人まがいは発言を止めるような様子は伺えず、ひたすらデータを読み進める。
「――あなたには秘められた能力があるのは理解しているはず。そしてあなたはその能力により定められた運命を迎えることになるのは、およそ一万四千年前からの決定事項である。つまり私はあなたの死に様を語る事の出来る存在でもある」
「ちょっと待って! 能力の事は大体分かるけど……。運命が決まっているっていうのは腑に落ちねぇ!」
「……最後に、あなたは他のヒトとは比べ物にならない能力を身につけている。それは母なる大地からの贈り物。つまりあなたは人であって人でない人間、神にも等しき能力を身につけた過去の人の憑く人間」
国枝の頭の中で数百年続く数学の未解決の難問を解いているように複雑な情報が入り乱れる。しかし数学もこの人まがいが発するなぞなぞも基本が大事、要するに『人間にはあり得ない能力を身につけているということ』が理解でき、そして自分が『選ばれた人間』なのだというギリギリの解釈を彼はする。もちろん、大ざっぱに解釈したまでだが。
「な、なるほど。で、お前は何なんだ?」
「私の名はラム。あなた方で言う神、または妖精のような存在でこの世は私が絶対。そしてあなたの導き手として選ばれた存在」
「導き手?」
国枝の顔には暗雲が現れる。
「そう。あなたにはやらなければならないことがある。それは未来の人類に受け継がれる際にプラスとなるもの。そのためにあなたは生まれ、私は存在する」
「やっぱりそういうことか」
「嫌なの?」
「あぁ、俺はそんなめんどくさい仕事は引き受けないぜ。どうせうまくいくはずがない」
「さっきも言った。これはおよそ一万四千年前からの決定事項。あなたは未来の人類にとっていいものとなる選択を迫られる。それはきっと自然に、そして唐突に……」
そう言って、謎の飛翔体は形を崩し、飛翔体となってまた揺られるままに飛び立っていった。
「あなたがここに来れば、いつでも私と話をすることが出来ます。何かあればまた来てください」
その美声はそう言い残し、場は暗闇につつまれる。
【次回予告】
C2「きたきたきた」
C4「え? また地震!?」
C12「そ、そのぉ。少し寒いから、その上着返してくれないか?」
C7「きゃぁぁぁ!!」
C21「機械仕掛け?」
『第十節 機械仕掛け