終わりの始まり
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以上。SKULL
それでは、A.Sシリーズ第一作「A.S 新天地を目指して」をごゆっくりお楽しみください。
銀世界で覆われた日本列島。太平洋上の青空を飛行する旅客機のコックピットからは、千葉県の東側沿岸の九十九里浜を目視で確認できる。
迎春も二、三日前となりはじめる一月の五日。世間ではある話題で溢れかえっていた。
「思ったより、関東も積もってますね。成田も一センチほど積もってるようです」
航空管制施設からの情報を頼りに、コーパイロットは着陸態勢の準備に入る。
「しかしいい天気だ。地上の積雪がはっきり見えるな。……そういえば、先日お子さんが生まれたと聞くじゃないか」
コックピットの左側に座るキャプテンが、ふと思い出したようにコーパイロットに聞いてみる。
「そうなんですよ! 日本を出発した後に生まれたばかりだからまだ顔を見れていなくて……。だから今日、会うのを楽しみにしているんです」
着陸態勢の準備にとりかかっていたコーパイロットは、つい興奮してその手が止まる。
ニューヨーク(J.F.K)発、成田国際空港着の全日本航空(AJA)001便は着陸準備に入ろうとしている。今日が初就航の001便はアメリカのボーリング社が設計、製作した最新鋭の旅客機で、約九十パーセントをコンピュータで制御するという次世代旅客機だ。
そのため離陸と着陸などのアナログ的な操作以外のほとんどは、あらかじめに設定しておいた通りの航路をコンピュータが的確に操縦する。もちろん機能的には着陸すらコンピューターに任せきることができるのだが、日本の空港設備が未だ対応しておらず世界から取り残されてきているのも現実だ。
コンピューターに任せる、と言えばたしかに便利な事だ。しかし、過去の機体のような達成感は得られず、パイロットの仕事とはただコンピューターに指示を出すだけで良かったのだろうか、ならばこれを操縦する自分は本当に必要とされているのか、と着陸態勢中にも関わらずキャプテンは頭の隅で考える。まるで河の流れるままに時代は常に変化し、自分の中でそれをある意味拒むような感情を抱いているのではないか。
「おめでとう。私にも、もうすぐ二十五になる息子がいるのだが……数年前から喧嘩をしててね。……ちなみに名前は何にするのか決めたのかね?」
「はい。剛志にしようと。金剛力士の剛に志すって書いて」
コーパイロットは自分の長男のことで頭がいっぱいになっている。
「そうか。この機のファーストフライトと重なるなんて、本当に幸せ者だな」
「そ、そんなことないですよ。……それにキャップはこれが人生のラストフライトじゃないですか。こんな有終の美は他では味わえませんよ」
「あぁ、ありがとう。……さて、私のフライトも最終段階に入ってきたな」
心の中では時代の流れに歯向かうことを考えていても、やはり最新鋭の就航便のキャプテンを務めることは素直に嬉しく、誇りに思えることだ。それがパイロットとして最後のフライトだとすれば尚更だ。
キャプテンの脳裏にパイロット養成学校の頃からの記憶が不意に蘇り、目に涙をにじませたとき、突然手元の計器から警報音が鳴り響いた。たった一つの警報音が落ち着いたコックピットを緊迫の状況へと陥いる。
「! こ、これは……」
コーパイロットが再び計器を見ると、ディスプレイに表記された数値が異常な速さで変化しているのを目にする。
「アビオニクスにトラブル発生……それもほとんど全て!」
目に入る電子計器のほとんどが役に立たず、いくらかのスイッチ類もまったく言うことを聞く様子が見られない。ディスプレイはジャミングの影響でサンドストームが入り乱れる。
「……か、管制に! 緊急降下に入るっ。フラップ・ダウンだ。客室にマスクを……」
キャプテンが操縦をオートからマニュアルに切り替え、そしてトランスポンダーに入力してある機体識別番号を専用コード『7700』に合わせる。
「Mayday! Mayday! Mayday! All Japan Airline 001 TOKYO CONTROL?」
コーパイロットがわずかに映るディスプレイを操作しながら、東京コントロールに通信を入れた。と同時にキャプテンも自ら、数あるスイッチ類を操作し、原因を確かめる。
「TOKYO CONTROL……何が起こりましたか?」
管制官から通信が入る。
「千葉県九十九里浜沖を航行中に突然電子系統に不具合が生じました。ナンバーワン、ツーエンジンに異常発生、油圧も供給されていない状態で三個のうちの一つの油圧システムが作動していません」
「確認しました……例の一番便ですね。まず、高度を2700フィートに維持をし……」
突然通信が途絶える。
「!? こちらオールジャパンエア……トーキョーコントロール?」
「……」
管制官からの返答がない。
「機内のスイッチには異常が見当たらない。そうすると外部から何らかの影響が来ているはずだが……。電磁障害か? そっちはどうだ?」
自分の仕事で手いっぱいだったキャプテンはコーパイロットと管制官の通信が耳に入ってなかった。しかしキャプテンは即座に原因を“外部”からと絞り込んでいる。
「……通信が途絶えました」
「そ、そうか。……ならこの機は俺たちの手に掛かってるっていうことだな!」
キャプテンは妙に力を入れて操縦桿を握りしめる。
コックピットには再び静けさが戻る。しかし以前とは違ったのは各計器から鳴り響く断末魔のような警報音だ。
「エンジンの停止で推力が低下。き、機首が落ちています!」
「ならもっと上げろ! ギア・ダウンだ! 計器は戻ったか?」
「い、いえ……現在の高度と速度は不明です」
「……通信が途絶えて計器が狂ったからといってまだ死んだわけじゃない!」
「は、はい!」
キャプテンもできる限りのことをした。
しかしコーパイロットはもちろん、キャプテンですら体験したことのない事態だった。
「クソッ! 最後の最後にこれか……」
管制塔と通信が途絶えてから五分後、彼らの乗った旅客機はレーダーから消えた。
「こんにちは。一月五日正午のニュースをお伝えします。……連日お伝えしておりますように、GSJM・地質調査総合機構が発表した地球の危機にかかわるニュースからです。GSJMは地球の内側にある核のうちのひとつ、外核に何らかの異常が生じた可能性があると発表しました。また、世界各国の地質学の研究所などからも同様の報告があることから、地球の内部で何らかの現象が起こっているのは確実視されています。それに先立ち、国連では緊急の総会を開き対応に追われていて……」
広く閑静な病室にいた女性は椅子の上に置いてあったリモコンを手にとり、それでテレビを消そうとする。
ここ最近ではそのニュースばかりで正直聞きあきたという顔をしているが、しかし胸に抱えていた赤ちゃんが突然に泣きだし、優先順位が変わってテレビの電源を切ることを一時あきらめる。
「よしよし、もうすぐパパと会えるからね」
女性はまだ目の開いていない赤ちゃんをそっとなでる。
「……たった今入ったニュースです! 先ほど旅客機が消息を絶ったという情報が入りました。現在確認を急いでおりますが、情報によりますと飛行していた旅客機や貨物機などがあちこちで墜落しているということです。数は不明で各空港では離陸を禁止しているということですが――」
これには女性もテレビに目をやり、そして夫の身を案じる。無意識に電源ボタンに触れていた指を音量ボタンに据え、音量を大きくした。
「――原因は不明ですが、どれもほぼ同時刻に電子系統に異常が発生した後に無線通信もできなくなるという共通点があります。そして……新たな情報が入りました。今日が初就航を迎えていたアメリカのボーリング社の次世代旅客機878-8型機が消息したことも確認されました。繰り返しお伝え――」
女性はテレビを見ているが頭の中は真っ白だった。その女性の心を現すかのように赤ちゃんはひたすら泣き続ける。
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