救うための強制、情を捨てた判断
リコリスが話を終える。
アネモネがゆっくり言う。
「つまり世間から見たら」
リコリスを指差す。
「勇者を殺した魔王」
リコリスが頷く。
「そうだ。でも実際は」
「裏切りの魔王だ」
沈黙。
そして。
アネモネが頭を抱えた。
「……何それ」
俺も言う。
「ややこしすぎない?」
リコリスは平然と言った。
「だから言っただろう。説明が面倒だと」
アネモネがため息をつく。
「……はぁ」
そして小さく呟いた。
「まぁ大体わかったわ」
リコリスを見る。
「いいわ、そのバハムートとやらを倒すまでは共闘してあげる」
結果として仲直りしてくれたようだ。
こうして俺たちは再び北を目指して歩みを進める。
◆
北へ向かう道中。
森を抜けたところで、俺はまた指先を見る。リコリスと繋がる一本。アネモネと繋がる一本。そして、
「まだあるの?」
アネモネが話しかける。
「ある」
俺は肩をすくめる。
「しかも全部北」
リコリスが静かに言う。
「残りの仲間だろう」
「……前世の仲間、ね」
アネモネが少しだけ顔を曇らせる。
俺は笑った。
「まあ、いいじゃん。会えるなら会おうぜ」
だがリコリスは何も言わなかった。
数日後、小さな町に着く。教会の鐘が鳴り、穏やかな空気が流れている。
そして俺の指の赤い糸はまっすぐ教会に伸びていた。
「……ここか」
アネモネが呟く。
「教会?」
リコリスは少し考える。
「前世で教会に縁がある者は一人だ」
俺は首をかしげる。
「誰?」
リコリスは言う。
「聖女」
「……リナリア?」
俺の頭の奥が少しだけ疼く。
白いローブ。優しい声に笑顔。
「思い出せん」
俺は頭をかいた。
教会の中では白い修道服の女性が子供に薬を渡していた。柔らかい笑顔。穏やかな声。
俺の指の赤い糸はその人に繋がっている。
アネモネが小さく言う。
「……間違いない」
リコリスも頷く。
「前世の聖女だ」
女性は俺たちに気づき、微笑む。
「こんにちは。旅の方ですか?」
普通の声。普通の反応。前世の記憶なんて――何もない。
俺は少しだけ考えて言う。
「薬、もらえる?」
「はい」
彼女は優しく答えた。
「怪我ですか?」
「いや、胃が」
後ろの二人のせいで。
彼女はくすっと笑う。その笑顔を見て。
俺はふと思った。――この人。今、幸せそうだな。教会の子供たちが彼女に懐いている。町の人も信頼している。静かで、平和で、普通の生活。
俺は振り向かずに小さく言う。
「……やっぱやめとこう」
アネモネが眉をひそめる。
「え?」
「前世の話」
俺は肩をすくめた。
「思い出させる必要なくね?」
リコリスが俺を見る。
「理由は?」
俺は言う。
「だってさ」
教会の中を見る。
「前世を思い出した時、アネモネ泣いてたろ?俺はお前らを不幸にしたいわけじゃないんだよ」
沈黙。
アネモネもリコリスも何も言わない三人はそのまま町を離れた。その夜、森の野営地でアネモネがぼそっと言う。
「マキア、ほんとにいいの?」
「いいって、前世の記憶とか戻ってもあの人は辛いだけだろ」
リコリスが静かに焚き火を見ている。その時だった。空気が凍る。リコリスが立ち上がる。
「……来る」
アネモネも魔力を展開。
「何?」
次の瞬間。ドォォォォン!!!!森が吹き飛んだ。爆風。土煙。そして――二つの影。一人は細身の男で黒いローブを着こなし、性格と同じくらいに捻じ曲がっているツノが一つ伸びている。もう一人は全身鎧。男が笑う。
「見つけた」
低い声。
「裏切り魔王」
「……四天王のムラクと……誰?」
前世では二人しか会わなかったのよねぇ…とアネモネが呟く。男が拍手する。
「ご名答、私は四天王のムラク。もう一人は新参の四天王のシュラだ。グラディウスの反応が消えたのを確認してな」
にやりと笑う。
「調べたら」
指を指す。
「ここにいた」
そして二人が同時に動いた。
「死ね」
巨大な魔法が放たれる。
アネモネがすかさず魔法を放ち、相打ちをとる。
その隙をついたリコリスの魔法が前衛の全身鎧を襲う。
しかし全身鎧は魔法を全てくらいながら突っ込んでくる。
「うっそだろ!?」
全身鎧が一部だけ欠け、そこから見えたのは――骨と爆薬だった。
使い捨ての自爆攻撃だろう。
意識外からの攻撃に、リコリスが目を見開く。
「まずい!」
俺は二人の前に出た。
「マキア!?」
ドォォォォォン!!!!
世界が白く弾けた。気づいた時、俺は地面に倒れていた。体が動かない。血の匂い。
「マキア!!」
「まずい、呼吸が浅い……!」
俺はぼんやり思う。
(あー……反射で行動しすぎたー……)
「やっぱりだ。仲間を護るために身代わりになった。君がこのパーティの中心なのに、ね?」
遠くでムラクが笑う。
「簡単に引っかかってくれて助かるよ。シュラには隠れてもらっているんだ。自爆はさすがに予想外だったようだね。これで終わりかな?」
その時、リコリスが静かに言った。
「……仕方ない」
立ち上がる。
「予定変更だ。しばらく一人で耐えろ」
「何する気!?」
リコリスは言う。
「聖女を呼ぶ」
「は!?」
「相手にはアンデッドがいて、マキアも瀕死だ。となるとやつの力が必要だ」
そして、魔法陣が展開され、光り出す。
「綺麗事を言う余裕はもうない」
顔には焦りが見られた。
「緊急だ。悪いが強制的に」
目が冷たい。
「前世を呼び起こす」
アネモネが叫ぶ。
「待って!!」
「《記憶解放》」
遠く。町の教会で――白い光が空へ伸び、聖女の封じられた記憶が無理やり目覚める。




