『魔王リコリス』
魔族には、角がある。
それは単なる身体的特徴ではない。力の証であり、血の格を示す象徴だ。
魔族の多くは一本ツノ。それは戦士としては優れていても、王の器ではない。
だが――二本ツノの存在が一人だけいる。それが魔王だ。
魔王は自身のツノだけではなく、歴代魔王が継承するツノをもつ。
そして歴代魔王のツノを継承できる器のもののみ、魔王の資格を持つ。
角はただの骨ではない。
それは魔王の力そのものを受け継ぐ器だ。
そして、その器となれる存在は――滅多に生まれない。
その時代、魔王の器と呼ばれた者は二人だけだった。
一人は私、リコリス。もう一人は――バハムート。
◆
バハムートは、暴力の化身だった。
圧倒的な魔力。生まれながらにして戦場を支配する力。
だが、その力には理性がなかった。
「壊す」
「殺す」
「支配する」
それ以外の概念を持たない。
もしバハムートが魔王になれば、世界はただの戦場になる。
それは魔族にとってすら破滅だった。
だから私は、決めた。魔王の座を奪うと。
その日、魔王城の玉座の間には血の匂いが満ちていた。
前代の魔王が死に、王座は空いた。次の魔王を決める戦いが始まる。
「ハハハハハ!!」
バハムートは笑っていた。
「お前も来たのか、リコリス!!」
巨大な体に歪んだ一本角。
その瞳は、ただ戦いを楽しんでいた。
「来たに決まっておる」
私は答える。
「お前を魔王にするわけにはいかんからな」
「お前はなぜ魔王の座を狙う?」
バハムートは何気ない雑談として疑問を投げかける。
リコリスは答える。
「お前が暴れ出すことが目に見えているからだ」
「当たり前だろう。我は強きものとの戦いを望んでいるんだ。しかし、お前は魔王になりたいわけでは無いのか?」
「当たり前だろう」
その瞬間、空気が裂けた。バハムートの拳が城壁を砕く。
私は避ける。魔力を収束させ、刃に変える。
「ならば邪魔をするなぁ!!」
「遅い」
一閃。バハムートの肩から血が噴き出した。だが奴は笑う。
「いいぞォ!!」
狂った歓喜。
だが、それでも私は負けなかった。理性のない力は、いつか隙を生む。
最後に立っていたのは、私だった。
「魔王の座を望んでいないのに、その座を奪うなど、許さんぞぉ……」
その発言後、バハムートは倒れ、魔王の力は私に継承された。
その日、私は魔王になった。世界を守るために。
月日は流れた。
魔族は私の支配の下で安定し、人間との戦争も最低限に抑えられていた。
私は暴君ではない。だが、甘くもない。それが魔王という立場だった。
そんなある日、勇者が一人で魔王城に現れた。
◆
勇者は強かった。
人間とは思えないほどの剣。戦場の流れを読む目。
だが、魔族を殺さなかった。
それが理解できなかった。
「なぜ」
私は聞いた。戦闘の最中だった。
「なぜ殺さぬ」
「できれば殺したく無い主義でね!おかげで王様に背く形になっちゃった!」
簡単に言う。
「というか戦いじゃなくて話し合おう!そのためにも俺一人で来たんだ!共存、しようぜ!」
その言葉は、軽さとは反対に妙に心に残った。
しかし、私は国を背負っていた。
私の一存で行動を決するなど許されない。
戦いは魔王城の前で行われていた。
勇者の剣が私の魔法を斬り裂く。互角だった。
だがその瞬間――空気が歪んだ。
「うおぉぉぉ!!」
聞き覚えのある咆哮。背後から現れたのは――バハムート。
「魔王の座を、返せぇ!!」
奴は一直線に突っ込んでくる。
狙いは私だ。魔王の座を奪ったことへの復讐だろう。
仲間だと思っていたものからの奇襲に私は気づけなかった。
その瞬間――勇者が動いた。
剣を捨て、私の前に立つ。
「なっ――」
バハムートの剣が、勇者の体を貫いた。
血が噴き出す。勇者は、私を庇った。
「……なぜ」
「流石に、ノリで動きすぎた……」
その言葉を最後に――勇者は動かなくなった。
◆
私は怒った。怒りで、世界が震えた。
「バハムート……なぜ邪魔をした!!」
魔力が溢れる。城壁が崩れ、空が裂ける。
「貴様を――殺す」
「黙れぇ!!」
だが、その瞬間。私は思い出した。勇者の言葉を。
『無駄には殺さない』
あの男は、敵である魔族を誰一人殺さなかった。その信念を、私は知っている。……だから。
「やめだ」
私は手を掲げた。魔法陣が広がる。
「貴様は――封印だ」
光が爆発する。バハムートの体が鎖に縛られる。叫び声が響く。そして――沈黙。
バハムートは、深い封印の中へ消えた。
◆
私は、勇者の亡骸の前に立つ。
しばらく、何も言えなかった。そして小さく呟く。
「……馬鹿者」
風が吹く。勇者の髪が揺れる。
私はその背中を見下ろしながら、静かに言った。
「お主のやり方は理解できん」
だが――
「嫌いではなかった」
それが、私と勇者の物語の終わりだった。




