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解けた糸を、結び直す  作者: Kanon


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5/9

修羅場、開幕

 空気が震えた。少女の身体がびくりと揺れる。


「っ……!」


 額を押さえる。


「なに……これ……」


 呼吸が乱れる。


「知らない……いや……違う……」


 声が震える。


「これ……私の……」


 魔法陣の光が強くなる。

 そして、少女の瞳が見開かれた。


「――マキア」


 俺の名前だった。数秒の沈黙。

 少女――アネモネは、俺をじっと見つめていた。まるで信じられないものを見るように。


「……生きてる」


 小さな声だった。

 震えている。


「なんで」


 俺は口を開こうとして――次の瞬間、頬に衝撃が走った。

 パン、と乾いた音が店に響く。

 殴られた。思い切り。


「……っ」


 アネモネの肩が震えている。


「なんでよ」


 声が掠れていた。


「なんで置いてったのよ」


 俺は言葉を失う。彼女は続けた。


「最後の戦い」


 拳を握る。


「私たちも行くって言ったじゃない」


 目から涙がこぼれる。


「なのにあんたは」


 声が震える。


「私たちに黙って」


 嗚咽を噛み殺す。


「勝手に行って」


 一歩近づく。


「勝手に死んで」


 俺の胸を叩く。


「残された側の気持ち考えたことある!?」


 その一言が、胸に刺さる。俺は何も言えない。

 アネモネはしばらく俯いて――そして震える声で言った。


「……ずっと」


 涙が落ちる。


「ずっと、後悔してた」


 俺を見る。


「私がついて行けば」


 声が壊れる。


「あんた死ななかったんじゃないかって」


 沈黙が落ちた。店の空気が重い。

 横でリコリスが静かに言う。


「……なるほど」


 腕を組む。


「重いな」

「あんたは黙ってて!!」


 俺はゆっくり息を吐き、そして言う。


「……悪かった」


 アネモネの肩が止まる。


「でもさ」


 俺は苦笑する。


「すまんがあまり状況が理解できん」

「……は?」

「俺、前世の記憶あんま把握できてないんだよね」

「何でよバカ!!」


 今度は本で殴られた。

「つまりそこの魔王の電気ショックのせいで中途半端なのね」


 アネモネがリコリスを強く睨む。


「というか何で魔王がここにいるのよ!あんた前世でマキアを殺したんでしょ!?どの面下げて!!」


 彼女の周りから魔力が溢れる。俺は慌てて彼女を止める。


「ちょ、ちょっとまて!今は争ってる場合じゃないんだ!!説明したろ!?」

「確かに聞いたわよ!新しい魔王が誕生して暴れてるんでしょ!でもそんなの私たちだけで倒せばいいじゃない!!」

「ふん。こいつを仲間にしようとしたのは失敗だったか」

「なによ!?」


 空気がどんどん重くなって行く。誰か胃薬持ってこい。

 口喧嘩はヒートアップする。

 アネモネの周囲に淡い光の魔法陣がいくつも浮かび、リコリスの足元には黒い魔力が滲む。

 このままだと町ごと吹き飛ぶ。

 俺は慌てて両手を上げた。


「ストップストップ!!タイム!!」

「どけマキア!」

「黙れ」


 二人同時に言うな。

 俺は額を押さえた。


「頼むから落ち着いてくれ……今は本当に内輪揉めしてる場合じゃ――」


 その瞬間だった。

 ズゥン……

 地面が揺れた。三人同時に黙る。


「……今の」


 アネモネが眉をひそめる。続けて地面が揺れる。

 ドォォォォン!!!

 町の外れで巨大な爆発が起きた。黒煙が空に上がる。


「なっ……!?」


 人の悲鳴が遠くで聞こえる。リコリスの目が細くなった。


「……来たか」


 低い声。アネモネが振り返る。


「何がよ」

「……嫌な予感しかしない」


 すると町の通りの奥から、ゆっくりと人影が現れた。

 背の高い男に黒い鎧。頭からはただ無骨なツノが一つ伸びている。肩には巨大な戦斧。歩くたびに石畳が割れる。そして何より――桁違いの魔力。

 アネモネが息を呑む。


「……あいつは」


 男は俺たちを見ると、口元を歪めた。


「お」


 低い声。


「ビンゴ」


 リコリスを指さす。

 アネモネが小声で聞く。


「……何であんたが?」


 短く。


「魔王軍四天王グラディウス」


 俺は顔をしかめる。


「誰あのおっさん」


 グラディウスがニヤリと笑う。


「命令はシンプルだ」


 斧を持ち上げる。


「裏切り者の魔王を殺せとのことだ」

「何であんたがここに!?あんたは前にマキアに負けて二度と人類と関わらないって言ってたじゃない!!」


 アネモネが怒りのまま叫ぶ。


「あん?んなもん俺が死なないための言い訳に決まってんだろ?魔王様が解放された今、死んだヤツの言うことなんざ聞くわけないだろ?」


 アネモネの発言にむしろ満面の笑みで答える。


「ついでだ」


 牙のような歯を見せる。


「裏切り者の恋人も一緒に殺してやるよ」


 アネモネが一歩前に出る。


「は?」


 魔力が膨れ上がる。


「ちょっと待ちなさいよ」


 グラディウスを見る。


「マキアは――」


 指を突きつける。


「私のものなのよ!!」


 リコリスも一歩前に出る。


「残念だが」


 黒い魔法陣が浮かぶ。


「こいつは私のだ」


 俺は叫んだ。


「わたしのために争わないで!!」

「ハハハハ!!」


 グラディウスが腹を抱えて笑う。


「いいねぇ最高だ」


 斧を構える。目が完全に狂っている。


「今日は当たり日だな!!」


 そして戦いが始まった。かと思った。

 次の瞬間。

 アネモネの魔法陣が一斉に展開された。


「《フレアランス》」


 十数本の炎の槍が空中に現れ、一斉に放たれる。

 それと同時に、リコリスが静かに呟いた。


「《シャドウランス》」


 炎と闇の槍が同時に展開される。

 グラディウスが目を見開く。


「は――」


 槍が全弾直撃し、煙が上がる。

 俺はぽつりと言った。


「……なんかすごくない?」


 煙の中からグラディウスが飛び出す。


「効くかぁ!!」


 戦斧を振りかぶり突進。だが、


「《拘束蔦》」


 地面から魔力の蔦が生え、男の足に絡みつく。


「なっ!?」


 動きが止まる。その瞬間、リコリスが手を軽く振った。


「《シャドウグラビティ》」


 ズドン!!

 グラディウスが地面に叩きつけられる。


「ぐはっ!?」


 俺が目を丸くする。


「今の誰の魔法?」

「私」

「私だ」


 二人同時に答えた。グラディウスが立ち上がる。


「チッ……!」


 斧を振り回す。


「舐めるなぁ!!」


 巨大な斬撃が飛び、周りの岩がまとめて吹き飛ぶ。

 アネモネが指を鳴らす。


「《魔力偏向》」


 斬撃が横に曲がり、空へ飛んでいった。

 リコリスが呟く。


「《シャドウバインド》」


 ズドォォォン!!

 影から伸びた手がグラディウスを掴み、そのままグラディウスが地面にめり込んだ。

 土煙。

 俺はゆっくり振り向く。


「……お前ら」

「何だ」

「何よ」

「なんでそんな連携いいの?」


 二人は一瞬黙る。そして。


「簡単だ」


 リコリスが言う。


「こいつの魔法は大雑把だ」

「はぁ!?」


 アネモネが睨む。


「威力だけで制御が甘い」

「だから私が補助している」

「ちょっと待ちなさいよ!」


 アネモネが叫ぶ。


「今の全部あんたの魔法のせいで威力上がってるんだけど!?」

「当然だ」

「私の魔力制御は完璧だからな」

「何よその上から目線!!」


 俺は頭を抱えた。


「戦闘中にケンカすんな」


 瓦礫が動く。


「……ククク」


 グラディウスが立ち上がる。顔がボロボロだ。


「いいねぇ」


 斧を握り直す。


「やっと楽しくなって――」

「《氷結拘束》」


 アネモネの魔法。男の体が凍る。そこに。


「《シャドウグラビティ》」


 リコリスの魔法。バキィン!!

 氷ごと地面にめり込む。

 俺は言った。


「……」

「まだ戦闘始まって30秒なんだけど」


 グラディウスが顔だけ出して叫ぶ。


「ちょっと待て!!」

「何だ」

「何よ」

「お前ら初対面だろ!!」


 俺が頷く。


「そうだよ」


 グラディウスが怒鳴る。


「なんでこんな連携完璧なんだよ!!」


 アネモネとリコリスが同時に言う。


「「マキアの所有者として普通でしょ」」


 一瞬沈黙。

 俺は顔を覆った。


「胃が痛い」


 グラディウスがぼそっと言う。


「……あー、降参ってあり?」


 リコリスが即答する。


「ダメだ」


 アネモネも言う。


「ダメよ」


 そして、二人同時に魔法を発動した。


「《極大火炎》」

「《シャドウブレイク》」


 俺は空を見上げた。


「四天王かわいそう」


 ドゴォォォォォン!!!!

 町外れで巨大な爆発が起きた。

「で?裏切りの魔王って何?」


 リコリスは特に動じる様子もなく答える。


「戦争を放棄した」


 アネモネの眉がピクリと動く。


「……は?」


 俺は嫌な予感がして口を挟む。


「ちょっと待て、その説明雑すぎ――」

「黙ってなさいマキア」

「はい」


 怖い。アネモネは再びリコリスを見る。


「つまりあんた」


 指を突きつける。


「前世でマキアを殺したくせにその後は何もしなかったって?」


 リコリスは一瞬だけ沈黙した。そして、静かに言う。


「……世間ではそうなっているな」

「はぁ!?」


 アネモネの声が裏返る。


「世間ではって何よ!!勇者を殺したのはあんたでしょ!?」


 俺は頭をかく。


「いやその辺俺もちゃんと聞いてなくて――」


 アネモネが叫ぶ。


「ちょっとマキア黙ってて!!」

「すみません」


 怖い。アネモネは一歩リコリスに近づく。

「聞くけどなんであんたマキアをやたら評価してんの?」

 確かにこいつはやたら前世の俺を持ち上げる。

 勇者とか英雄とか唯一尊敬してるとか。なのに――


「殺したんでしょ?」


 アネモネが言う。矛盾している。しばらく沈黙が流れた。そして、リコリスが小さく息を吐く。

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