運命の赤い糸、魔王と繋がる
目が覚めた瞬間、俺の視界に飛び込んで来たのは――誰かも知らない美少女だった。しかも何故か俺にまたがっている。
夜空のような黒髪に吊り上がった目。そして整った顔立ちから文句なしの美少女だと言えよう。
ただでさえ情報が渋滞する状況なのに目の前の女にめちゃくちゃ睨み付けられている。
頭が追いつかず、困惑の色を濃くする俺に、彼女は不満そうにしている。
やがて彼女がゆっくりと手を伸ばして来たかと思うと、俺は意識を手放した。
◆
さてここで自己紹介をしよう。
俺の名はリシマキア。両親や友達からはマキアと呼ばれてる。お前らもそう呼んでくれても構わないぜ!
変わった名前だって気になる奴もいるだろ?これはな、今の平和な世の中を作ったというあの伝説の勇者様と同じ名前なのだ!勝ったなガハハ!
……ただ俺には戦闘の才能たるものはなかった。勢いで冒険者になったんだけどドラゴンなんてもってのほかで、なんならスライムにすら勝てない。
おかげで俺は薬草採取専門で、万年ランクEさ。
だが!そんな俺には他の奴にはない能力があるんだ!それは――運命が見れるんだ!
その名も「運命探知」。といっても運命の相手を赤い糸と言う形で見ることしかできない上に自分には使えない能力なんだ……戦闘能力?0に決まってるだろ!
「両親には絶対最強になる!と言って半ば家出した手前なれそうにもないから帰るというのもなぁ」
最強になることだけを目指して冒険者になったはずが、薬草採取だけしかしない矛盾した生活を今日も送るはずだった。目が覚めるまでは…。
「……い、おい」
誰かの声が聞こえる。
「おい起きろ貴様。これは何だ」
声を聞く限り、誰かが俺を読んでいることがわかる。
「……あと5分」
「いきなり私に魔力を繋げた目的はなんだ」
寝たりない俺は再び寝ようとするが、突然した覚えのないことを追及される。どうやら相手はかなりイラついているようだ。
反論しようと目を開いた瞬間、驚きで固まる。黒髪の美少女が自分にまたがっていた。
「おい、反応しろ。これは何だ?」
彼女はそう言って自身の小指を指す。そこからは赤い糸が伸びており、先は俺の小指と繋がっているようだ。
「はっ!?誰この美少女!?てか赤い糸が発動してる!?赤い糸ってことはもしかして将来の恋人だったりします!?」
俺が困惑し始める。彼女は俺が事情を理解していないことを理解する。
「仕方ない」
そう言うと、彼女は突然目を赤色に光り始める。
「なるほど。お前の言う運命探知が私と貴様とを魔力で繋げた、と。以前まで繋がらなかったのは自分に使うことが出来なかったからか」
どうやら俺の心を読んで、状況を把握したようだ。まぁ俺はまだ何もわかってないけどね!いつ自分にも使えるように!?
「魔力の件について理解はした。もういい。」
「ありがとうございます……?」
「だが貴様、その能力はどう手に入れた?その能力はアイツしか使い手がいなかったはずだが?」
それについては俺が聞きたい。俺もこの能力は物心ついた時から使えるものでよくわからない。
「もし私の予想が正しいなら……貴様の言い分がどうだろうがこうすればわかるはずだ」
目の前で魔法陣を展開し始め、光る。
「《記憶解放》」
俺の困惑を無視し、彼女は俺の頭に手を伸ばす。頭を掴んだかと思うとすぐにとんでもない情報量が脳に送られる。そして耐えきれずに俺の意識は暗闇におちていった。
◆
焚き火の明かりが、木造の宿の天井に柔らかく揺れている。
俺はゆっくりとまぶたを開けた。視界には、焚き火を囲む三人の女性の姿が映る。
一人は銀髪で、とんがった帽子を被る、いかにも魔女といった風貌の少女。
「……また寝ぼけてるの?」
ツンとすました声だが、瞳の奥には優しさがある。心配そうに俺を見下ろすその表情に、少しだけ安心する。
隣には金髪で柔らかい笑みを浮かべる、まさに聖女のような女性。
「よく眠れた?」
その声は暖かく、耳に残る。眠気まなこでも、少し元気が出るような気がした。
向かいには青髪の女性が、大きな盾を背負ったまま座っている。
「マキア様はのんびり屋ですね」
彼女の声も柔らかく、励ますような響きがある。俺から伸びる赤い糸が、三人全員の小指に繋がっているのを確認した。
しかし安心するのも束の間だった。景色が揺らぎ、焚き火の光が滲み、視界が暗転する。まるで世界が呼吸を止めたかのように静まり返る中、先程の三人が眠る姿が映る。
「……行くか」
俺はそっと体を起こし、宿を抜け出した。夜の闇が冷たく肌を刺す。指先から伸びる赤い糸を辿ると、三人のものとは異なる、別の運命の先へと導かれる。
歩き続け、辿り着いたのは――どこか禍々しさを帯びた城だった。
漆黒の石壁が月光に照らされ、淡い影が蠢く。空気が重く、胸の奥がぎゅっと締め付けられるようだ。
奥に進むと、見覚えのある少女――先程、俺の意識を吹き飛ばしたあの少女――が荘厳な椅子に足を組んで座っていた。
だが、先程の可憐な姿とは違い、頭には二本の黒いツノが生えている。
空気は張り詰め、心臓が不自然に強く脈打った。足音が城内に吸い込まれるようで、微かな緊張が全身に広がる。
少女は椅子からゆっくり立ち上がり、目の前に歩み寄る。
その瞳は真っ赤に光り、威圧感と知性が混ざった冷たい視線を俺に向ける。
「貴様が勇者だな?」
◆
「あいたたたたた!」
体に走る電流が全身を貫き、思わず声を上げてしまう。
「やっと目を覚ましおったか」
彼女は涼しい顔で、俺の手から手を退ける。その手のひらにはまだ微かに電気がまとわりついている。……いや、気のせいだろう。
「ってんなわけないだろ!何電撃浴びせてくれてんだ!」
思わず叫ぶと、彼女は眉一つ動かさずに返す。
「そんな細かいことは気にするな。そもそもこの程度のことで意識を失うのがわからんな。お前の脳は微生物と同程度なのか?」
微生物呼ばわりされるとは思わなかった。どうして俺が攻撃されてるのにdisられなきゃならないんだ……。
「まぁいいよ。それよりさっき俺が見てきたものは何だ?ただの夢にしては実感がありすぎる」
体験したことのない景色、聞いたこともない会話――なのにまるで自分の記憶のように受け入れてしまった。
「察しの悪いやつだ。貴様が見ていたのは夢などという陳腐なものではなく、前世だ。どうだ?はっきりと見てこれただろう?」
「あぁ。何なら寝起きドッキリのおかげで前世どころか天国まで見えたぜ」
つい軽口を叩いてしまう。緊張感を和らげるつもりだったが、どうやら彼女の興味はそこじゃないらしい。
「軽口はいい。それで、どこまで見た?」
問いかけに、俺は正直に答えた。
「どこまでというか……おそらく前世の仲間?な美少女三人組と、禍々しい城に二本ツノが生えたお前みたいなのがいたくらいだな。あ、あと前世の俺?も俺と同じ能力を持ってたっぽい」
「なに?その二本ツノは間違いなく私だろう。貴様がアイツの能力を持つ理由も理解した。だが、記憶解放は全ての記憶を思い出すはずだ。何故そんなに情報が少ない?」
彼女の瞳が鋭く光る。俺の見た前世の情報の少なさに、明らかに疑問を持った様子だ。
少し悩んだ様子を見せた後、彼女が口を開く。
「だいたいわかった。思いつく原因は、三つのうちのどれかだな」
「というと?」
理由を知りたくて、俺は軽く身を乗り出す。
「一つ、私がした電撃によってお前の記憶も飛んでった説。二つ、貴様の脳が予想より小さすぎて、前世を読み取るのに時間が必要で、私が電撃で中断させた説」
「聞いただけでも、やっぱりあの電撃しない方が良かったよね!?」
怒る俺を無視して、彼女は最後の説を放った。
「そして三つ、私の弱体化により、当時作った時より出力が落ちている説、だな」
「ちょ、待って!?また新情報出さないで!?弱体化って何!?てかこの魔法作ったの!?なんで俺が知らないんだよ!」
やかましい俺を、彼女は軽く呆れたように見つめる。
「この説明は少し時間がいる。貴様の前世も絡むからな。貴様も前世を把握出来なかった様だから、それもまとめて説明してやる」
互いに沈黙が流れる。緊張感と、これから話される未知の情報に胸が高鳴る。
そして、彼女は口を開いた。
「私は魔王で、貴様は勇者だった。私と殺し合い、勇者が負けて死んだ。後に国で反乱があり、その結果私が弱体化した。理解したか?」
「まてまてまてまて!簡略化しすぎだろ!俺から聞くから、それに答えてくれ!」
目の前の自称魔王から漂う、どうしようもない奴感に困惑する。
頭を抱えつつも、俺の質問の順番で話を進めさせるべく提案すると、彼女は不満そうにしながらも、それを受け入れた。
「まずお前、魔王で、俺が勇者ってのは?」
「そのままの意味だが」
「オーケー。俺の聞き方が悪かった。お前が魔王なのは置いといて、俺はあの勇者リシマキア様なのか?」
「ふむ、名前は思い出せてるようだな。その通りだ」
英雄譚から引っ張ってきた名前が正しいものとして確認できた。これで話が進む……はずだ。
「わかった。次に勇者様とお前が殺し合った件だ。俺が前世の記憶を見た時は一瞬だが、そんな雰囲気はなかった。何故なんだ?」
俺の問いに、彼女は一瞬だけ言い淀んだかのように目を細めた。だが、その沈黙はほんの一瞬で、すぐに口を開く。
「あの時は戦争中で、お互い国を背負って命を懸けて戦った……それだけだ」
説明は簡潔だった。実際それ以上のことはないのだろう。
「じゃあ反乱は? お前は勇者様を倒したんだろ?なのに反乱が起きる理由がないように見えるが」
「それは簡単だ。勇者を倒し、戦争に勝てる状況で戦争を放棄したのだからな」
「どういうことだ? なんで戦争を放棄したんだ?」
彼女の目は真剣そのものだ。深呼吸して、ゆっくりと説明する。
「あの勇者は魔族と共存するために動いていたのだ。あの勇者に殉じ、私も無為に人を殺すのをやめたまでだ」
言葉だけ聞くと冷静だが、胸の奥に熱い意思が感じられる。俺の頭はまだ整理できない。
「じゃあ弱体化は?」
「反乱の結果、魔族の力の源であるツノを失った。元は誰にも負けないほどだったが、おかげで人より少し強いくらいまで落ちた」
魔王の話を聞けば聞くほど、前世の状況が頭に浮かぶ。しかし理解できない部分も多い。
「最後に一つ聞かせてくれ。勇者様は魔族との共存のために動いていたんだろ? 何でお前と戦ったんだ?」
「……もういいだろう。理解できたはずだ」
彼女はそれ以上口を開かず、鋭い目を逸らした。
気になるが、これ以上詮索しても仕方がない。俺は話を理解したふりをすることにした。
もちろん、全てを信じているわけではない。しかし、俺が見た前世の記憶や彼女の言葉には、幼少期に読んだ英雄譚と重なる部分が多い。納得はできる……だが
「ぶっちゃけ、俺は勇者様できるほどの才能がないんだが……これだけ腑に落ちん!」
そう、俺は万年最低ランクの冒険者なんだ。わはは、と笑う俺に、つい自分でも突っ込みを入れたくなる。
「何を言っているんだ? 勇者も才能あることなんて何もしていなかったぞ。奴がしていたもの全ては知識と技術の集大成だ。それは前世で見れなかったのか?」
言葉を失う。魔王に勝てなかったとはいえ、世界を救った勇者様も、才能はなかった……だと?
「だが確かに貴様の能力全般が不足している。私が唯一尊敬しているあの男の転生先のくせに弱すぎる。貴様は勇者の転生体として、私の次に強い存在であるべきだろう。仕方ない、私が鍛えてやる」
絶句する俺の目の前で、彼女は静かに立ち上がり、威圧感を漂わせながら部屋の窓に向かう。
「では、また明日」
そう言い残すと、彼女は窓から飛び去っていった。
……てか今気づいたけど、あいつ窓割ってきてたのかよ。朝から修繕費とかどうすんだ。
俺は深く息を吐く。状況はわかった。だが、今日やるべきことはただ一つだ。
「よし、薬草採取に行こう」
宿での生活を維持し、窓を直すための金を稼ぐ。今日も冒険者ギルドへ向かう。
「俺の前世が勇者様かどうかなんて、今考えても答えは出ないしな」
そして、あのやべぇ女と結びつけられた運命探知を、少し恨む。魔王じゃなくて恋人をくれよ、と。
……だが、赤い糸はしっかりと繋がっていた。




