プロローグ
白羽美夢は、自分の身長に強いコンプレックスを抱えていた。二十一歳の大学生だが、身長は百四十五センチの小柄。黒縁の伊達メガネをかけ、白い長髪にぱっちりした瞳が印象的な少女だ。
大学では部員数の少ないアーチェリー部に所属している美夢。一方の寿奈は部活こそしていないものの、『ゲームサークル』と『料理研究サークル』に所属している。
美夢は講義でも部活動でも、なかなか輪に入れない。
友達が少なく声も小さく、人と目を合わせるのも苦手だ。
そのせいで「周囲から避けられている」「馬鹿にされている」と思い込み、余計に話せなくなる——そんな悪循環を抱えていた。
しかし実際の評価は真逆だった。
異性からは「小動物みたいで守りたくなる」、同性からは「お人形みたい」「白い髪が羨ましい」と密かに好感を持たれているのだ。
そんな美夢の数少ない友人が、明るく社交的な幼馴染の寿奈だった。男女問わず人気があり、美夢とは正反対の行動力を持つ。
その日も、美夢は部活動を終え、ゲームサークルを終えた寿奈を迎えに来ていた。
突然、教室の扉が勢いよく開く。
「じゃあおっさきー! メンテナンス終わったら新武器試そうねー」
元気いっぱいに出てきた寿奈は、美夢を見つけるやいなや駆け寄って抱きついた。
「はみゅー!」
「ちょ、ちょっと苦しいよぉ、はじゅちゃーん!」
「あはは、ごめんごめん。さ、帰ろっ!」
二人は自然と手をつなぎ、校舎を後にした。
ボブパーマの黒髪に、頭頂部の白いたんぽぽの髪飾りが映える寿奈は、いつも明るく元気な雰囲気をまとっていた。
帰り道、寿奈が突然、にこにこと切り出した。
「ねぇ、はみゅ! 今大流行中の『エターナル☆ファンタジア☆オンライン』やろうよ! 新規ユーザーキャンペーンで特典いっぱいだって!」
「え、またそのゲーム? 私、そういうの……」
「だーいじょうぶ! アバターも可愛い服もいっぱいあるし、絶対楽しいから!」
「ゲームほとんど続かないし……今は『フムフム』くらいしか……」
「じゃあエタ☆ファンぴったりじゃん! 似たミニゲームもあるよっ!」
「でもギルドってあるんでしょ? 私、迷惑かけちゃうし……」
「うるさーい! 細かいことはいいからやってみよ! 一回あたしのサブ垢貸すからさ!」
「うぅ、わかったよぉ……」
「っしゃー! では帰宅だ! 二人の愛の巣へ!!」
美夢は苦笑しながら寿奈の部屋へと連れて行かれた。
「これがゲーム機! ほら、寝てみて!」
寿奈に言われるまま、箱型の装置に横たわる。
「これ……見た目、棺桶みたい……」
「見た目はあれだけど、気にしないっ!」
正式名称は《ドリームリンク・カプセル》。
しかし外観が棺に似ているせいで、プレイヤーからは“ネクロポッド”と呼ばれていた。
内部は柔らかいゲル状のクッションで満たされ、身体を優しく包む。
耳元で電子音が微かに響き、外界の感覚が遠ざかっていく。
「閉めるよー。ギルドマスターの『ZAX』さんに、はみゅのことお願いしてあるから、言うことちゃんと聞いてね!」
「……本当に、安全なんだよね?」
不安げな美夢に、スピーカー越しに寿奈の明るい声が返る。
「大丈夫大丈夫! あたし毎日ログインしてるけどちゃんと戻ってるし、10年前の事件みたいにならないから!」
蓋が静かに閉まり、視界に青白いメニューが浮かび上がる。
美夢は《エターナル☆ファンタジア☆オンライン》のアイコンをタップした。
次の瞬間、霧のような光が噴き出す。
「きゃっ……!」
身体から力が抜け、深い眠りに落ちるように意識が沈んでいった——。
***
ログインの瞬間、視界は眩い光で満たされた。
浮遊感の後に広がるのは、絵画のように美しい幻想世界。
空に浮かぶ島、銀の滝、色鮮やかな街並み——
現実では見たこともない光景に、美夢は息を呑んだ。
「すごい……これが、ゲーム……?」
手を動かしながら周囲を見渡していると、突然画面がポップアップする。
《『はじゅ2』さん、おかえりなさい》
「わぁっ!?」
驚く美夢の後ろから、男性の声がした。
「ん? はじゅさんのサブ垢ってことは……あんさんが、えーっと名前なんやっけ?」
振り向くと、左目に傷を持つ金色の狼のような獣人男が立っていた。
「きゃーーっ!! 犬が喋ったぁぁぁ!!」
「うおぉっ!? な、なんや急にぃ!?」
「は、はぅぅ……」
美夢は恐怖のあまり、へなへなと倒れ込んでしまう。
「お、おい、あんさん大丈夫か? 急に倒れてしもうたでぇ!」
狼男が慌てていると、女性の怒声が飛ぶ。
「ちょっとあんた! 驚かせてどうするのよ!」
現れたのは、ストレートのピンク髪に黒い魔女帽子をかぶった女性だった。
「だから私が声かけるって言ったのに!」
「いや、ちゃうねん。わざとやないねん。ギルドマスターとしてな? わてが行かなあかんと思って……」
そんなやり取りをしているうちに、美夢はゆっくり目を開けた。
「あ、あれ……ここは……?」
状況を整理している美夢に、女性が優しく声をかける。
「ごめんなさいね。この変人が驚かせちゃったみたいで。あなたが、はじゅさんのお友達の“はみゅ”さんで合ってる?」
「は、はい……そ、そうです……」
「わては変人ちゃうで」
「黙って」
女性は彼の言葉を一蹴し、無言で睨みつけた。
「おーっ、おっかないのぉ」
「話が逸れてごめんなさいね。私はサラ。はじゅさんと同じギルドのサブマスターよ。こっちのがギルドマスターのZAX」
「ZAXや。みんなからはザックとかザッサン言われとるで!」
美夢は慌てて頭を下げた。
「わ、私は白羽美夢と申します! はじゅちゃんからは“はみゅ”って呼ばれてます!」
「あんまりネットで本名を晒すのは良くないと思うわ」
「あっ……そ、そうでした! 今の忘れてください!」
「ほほぉん、美夢ちゃんって言うんだぁ、可愛い名前やのぉ。わてのことはザッくんと呼んでくれたら嬉しいで。よろしくなー」
「あんたキモい。これだからあんたは結婚できないのよ」
「まあいうて、まだわてはサラさんと違ってわか……」
サラはZAXの顎を突き上げるように杖を当てる。
「わか……なに?」
「サラさんと違って……わ、わか……我儘やからなぁ……。あはは」
「えっと、はじゅちゃんからZAXさんのことは聞きました。でも、今日言われたばかりなのにどうして分かったんですか?」
美夢の疑問にZAXは答える。
「それはなぁ、丁度1週間ほど前に、はじゅさんから『友達をエタ☆ファンに招待したい』って相談されてなぁ。『人見知りでゲーム初心者だけど、頭よくていい子だから、その子が続けれそうならギルドに入れてほしいってなー』って。だからわては、あー、別にええでーって言ったんや」
「なんであんたは正直に全部言うのよ……。少しは考えて物を言いなさいよ」
「いやいや、嘘言うてもしゃーないやろ。――でや、うちのギルドに入らんでも、このゲームで遊ぶゆーんやったら、この世界を案内したるわーってな」
美夢は申し訳なさそうに2人に謝った。
「そうなんですね。わ、私なんかのために貴重なお時間を頂きすみません!」
「ええんやで別に」
「大丈夫よ、気にしないで。じゃあ案内しながら基本操作を教えるわね」
「はい! よろしくお願いします!」
三人は話しながら、美夢にこの世界の基本を教えてくれた。
街の歩き方から、プレゼントBOXの受け取り、ステータス確認、フレンドジャンプ、スキルツリー、武器装備の仕方まで——。
そして、戦闘のデモンストレーションへ。
浅森の街を北に出た初心者エリアで、ZAXは、右側に立つ美夢と、左側に立つサラを交互に見比べながら、得意げに両手を広げた。
「わての武器は爪や! 両手に爪を装備しとるで! このテクニックを使えば、両手杖も両手盾も可能や! でな、今のわては右手に綺麗な花、左手に枯れた花や!」
「え?」
どうやら、右側に美夢が立っていて、左側にサラがいることを指しているらしい。
「やからなぁ、右にはみゅさんがおるから“綺麗な花”。左にはサラさんおるから“枯れた花”っちゅーわけや! ガハハッ!」
「……はみゅ、目と耳塞いで」
「えっ、えっ?」
よく分からず戸惑っていると、サラが美夢に目と耳を塞ぐよう指示した。
次の瞬間、サラの放った《メテオロール》が炸裂し、ZAXの周囲が眩い爆炎に包まれた。
「うおおおっ!? ちょ、待てや! 冗談やんけサラさん!!」
逃げ回るZAXを追いかけ回しながら、サラは怒鳴り続ける。
「あんたのせいで話進まないでしょうが!!」
「いやー! 初心者には笑いが必要やろ!!」
美夢はあまりの衝撃に小刻みに震えながら、その場に立ち尽くしていた。
ようやく落ち着くと、二人は改めて戦闘の基本を丁寧に説明してくれた。
すべてのレクチャーを終え、美夢はログアウトする。
カプセルの蓋が開き、現実に戻ると——。
「おっかえりー! はみゅーっ!!」
「わぁっ!? は、はじゅちゃん!」
寿奈が勢いよく抱きついてきた。
このあと、二人は寿奈の作った晩ごはんを囲みながら、今日あった出来事を楽しそうに語り合った。




