第7話 魔法少女☆なんてね
空は青く澄み渡っていた。
気持ちの良い空に似つかわしくない焼けた臭いと、硝煙の匂いが辺りに漂っていた。
「止まれっ!」
王国軍の下士官に制止を命じられる。
「ギルドからの依頼で生存者の捜索、及び救助のために参りました。」
と、ギルドの依頼書を渡す。
下士官は依頼書を確認しながら言う。
「助かる。本来ならば、我らが救助の任に当たるべきなのだが……」
こっちだ、と前線基地に案内される。
「ギルドからの救助人員を連れて参りました!」
下士官が良く通る声を発する。
一人が立ち上がり、こちらへと歩み寄って来る。
「助かる。ここの指揮官だ。早速で悪いが、この地図を見てくれ。」
机に広げられた地図には村の位置に印が付けられていた。
「君にお願いしたいのはこの村だ。」
両国軍の睨み合っている地点からあまり距離が無いな、と思いを巡らせる。
「見ての通り、危険な地点だ。直接巻き込まれる可能性も無くはないだろう。危険を感じた際は自分の身を優先して欲しい。」
「はい。」
……顔に出ていただろうか。
「では頼んだ。既に何人か、救助を行っているはずだ。合流してくれ。」
「はい。ご武運を。」
指揮官殿は笑顔で送り出してくれる。指定の村へと駆け出していた。
会議室では、宰相が重い口を開く。
「王国は、帝国の要求に応じない。」
閣僚一同が息を飲む。
「既に布陣は終えている。」
解消は顔を伏せる。帝国軍を止める戦力はそこには無い。
一人が言葉を発する。
「……王女殿下の魔力なら。」
そうだ、王女殿下なら、とあちこちから声が上がる。
「ダメだ!」
宰相の言葉に一瞬の静寂が生まれる。
が、直ぐになぜ、と言う声が湧き上がる。
「王女殿下は、まだ不安定でおられる。」
城内の凍結事件を知らない者はいない。
「しかし、それではただ、何もせずに帝国に敗れるだけです。」
そうだ、そうだ、と声が上がる。
しかし、王女殿下が魔力を制御できない、と言うことを他国に知られる訳にはいかない。
周囲の声に、重い溜息を吐き、宰相が言う。
「……分かった。前線の崩壊が避けられぬ場合に限り、王女殿下にご出陣いただく。」
僅かでも時間を稼げば、王女殿下はまた魔力を制御できるようになるかもしれない。
ただの願望であることは分かっていた。
閣僚たちは王女殿下であれば、帝国から王国を守ってくれると信じていた。
いや、信じたかっただけかもしれない。
ただ、王女殿下が、王国の最大戦力であることは間違いない。
気が緩み、談笑を始める閣僚たちを見ながら、振り子時計の時を刻む音を聞いていた。
指定の村は焦土と化していた。
まだ、あちこちから黒煙が立ち上がり、人だったと思しき黒い塊。
異様な臭いに顔をしかめた。
「お!追加の人員かい?」
「はい!生存者の捜索と救助に参りました。」
声をかけられ、それに答える。
「早速で悪いけど、ちょっとこっちに来てくれ。」
ついて行くと、五人ほどが瓦礫をどかしていた。
「下に生存者がいる。塞がって動けなくなっちまったみたいなんだ。」
子どものしくしくと泣く声と、この子だけでも助けておくれ、と懇願する老女の声が聞こえた。
「っ!任せてくれ!」
瓦礫に魔力を込め、どかしていく。
「すごいな、魔術で浮かしているのかい?」
「まあ、そんなところだ。」
話ながらどかしていくと、隙間で女の子が泣いていた。
手を伸ばし、その子の手を掴む。
「もう大丈夫だ。」
「奥におばあちゃんがいるの。」
「ああ、任せてくれ。」
女の子の安全を確認し、瓦礫の撤去を進める。
倒壊した柱に脚を挟まれた老女を見付ける。
「ばあさん、女の子は助けた。次はあんただ。」
そう言って脚を挟んでいる柱に魔力を込める。
その間に仲間に老女を救出してもらう。
「ありがとう。本当に、ありがとう。」
そう言う老女の脚は折れているのだろう。
自力での歩行は困難と判断し、仲間の一人が老女を背に負い、女の子の手を握って安全な場所に誘導する、と去っていった。
その後も救助は順調だった。また一人、また一人、と生存者を見付け、助け出した。
もうここにいるのは、俺と最初に声をかけてきた女の二人だけだった。
「この人はあたしが連れていくよ。」
そう言って負傷者を背負う。
「あたしじゃ瓦礫はどかせないからさ、せめて背負うくらいはね。」
細身の体で意識の無い男を運ぶのは大変だろうに。
「あんたも、無理しないで離れなよ。」
そう言って歩いていくのを見送った。
正直、身体は限界だった。
骨が軋み、眩暈がしていた。
しかし、まだ生存者がいるかもしれない、と、おーい、と声を出す。
意識があれば反応してくれるかもしれない。
声を聞いて意識を戻してくれるかもしれない。
そう思いながら生存者を探した。
指揮官は懐中時計を見つめ、呟く。
「もうすぐ定刻だな。」
両軍の緊張が高まる。
帝国の方を見ると、大砲が並んでいるのが見える。
開戦と同時にあれらが火を噴くのだろう。
魔術師隊で迎撃できるだろうか。
あれを突破できなければ勝利は無い。
懐中時計と心音が、それぞれ違うリズムで時を刻んでいた。
もう、生存者はいないのだろうか。
分からない。
が、自分もそろそろ離れないと危険だろう。
日は傾き、夕暮れが近付いてきている。
ドーンと大きな音がして空気が震える。
思わず伏せる。帝国軍の砲撃が開始された。
「くっ、開戦時刻か。」
轟音が響き、空気がびりびりと震える。
もうこれ以上は危険だ。
撤退しよう。
「……ぅ……」
声が聞こえた。
「誰かいるのか?!」
「……ぁ、こっちだ……助けてくれ……。」
はっきりと声が聞こえた。
生存者だ。
「待ってろ!今助ける!」
轟音の中、声を聞きとれたのは幸いだった。
肌に感じる空気の振動を受けながら、がれきの撤去を再開した。
帝国の砲撃の雨は、想像以上の質量を撃ち込んでくる。
魔術師隊が何とか破壊しようとするが、その数の多さに半数も防げない。
歩兵隊は近付くことすらままならない。
ただ、向かって行っても、無駄に命を散らすだけだ。
突如、轟音が止む。
何事かと確認をする。
土煙の向こうに、大砲を積んだ車を中心に、銃を構えた歩兵隊が見えた。
魔術師隊を見ると、彼らは既に疲弊している。
「撤退だ!退け!退けぇ!」
会議室には魔術通信によって逐一戦況だ伝わっていた。
「宰相!王女殿下を!宰相!」
目を瞑り、深く息を吸い、吐き出す。
「……王女殿下に、ご出陣いただく。」
「かしこまりました。」
サクラが礼をし、退室していく。
これが王国の切り札だ。
そう思いながら伏せていた目を上げる。
窓から見える空は赤く染まり、まるで戦場のようだ、と、思った。
前線は完全に崩壊していた。
帝国軍の進軍を止められるものは、ここには存在していなかった。
犠牲を少なくするためだけに、王国軍は動いていた。
突如、光柱が天を貫き、夕暮れの空の一角を白く染め上げる。
突然の出来事に両軍の動きが止まる。
光が収束すると、誰かが声を上げる。
「人だ……。」
その声に皆が一斉に視線を空に向けた。
そこにいたのは戦装束に身を包んだ一人の少女。
長い黒髪が風に舞い、青い外套が翻る。
王女セラフィア・ヴァルデリア。
王国最大の切り札。
王国最強の魔術師。
戦場に転移し、最初に感じたのは兄の存在。
――お兄様がここにいる。
魔力探知で兄の存在を確かに感じていた。
ちらりと兄の姿を見る。
そして目を閉じ、自身の役割を言い聞かせる。
私は王国を護る魔術師。
お兄様、これは、私の戦いです。
赤く染まった空に突如現れた蒼い魔術師。
「シアか……?」
救助した人を背負い、退避しようとしていたジンにも、その姿ははっきりと見えた。




