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妹が、世界を壊す前に  作者: ピザやすし
第1楽章 果実が落ちない理由
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第4話 お兄様、それは反則ですわ

ジンは、城の北にある森を歩いていた。落ち葉に覆われ木々が茂り、道など見えなかった。

既に日は沈み、月も雲に隠れ、辺りは殆ど見えなかった。

だが、こっちに行けば良いのだと、何故か分かった。

誘われるように森を進む度、落ち葉を踏みしめる音と、木擦れだけが耳に残る。

あのフードの男が、どうしても頭から離れなかった。

男のことを考える度、ある景色が浮かんでくる。

「今さら帰るのも……」

と、呟いてみても、足は止まらなかった。

木々が拒むのをやめると、見覚えのある鉄門が現れる。

鉄門に描かれているのは王家の紋章。

手を置き、軽く押すと、錆びた蝶番が鳴き、道を開ける。

ここは、魔力適性が無い自分が住んでいた、王家の別邸だ。

中に入ろうとするが、入り口は固く閉ざされていた。

「……そりゃあ開くわけがないか。」

仕方ない、と、玄関先に腰を下ろす。

敷地内を見渡すを思い出が沸き出てきた。

「懐かしいな。」

ここにあるのは良い思い出ばかりではない。

母は、魔力適性の無い俺を産んだことで、俺と一緒にここで暮らしていた。

いつも窓辺に座り、外を眺めていた。

外を眺める母に声をかけても、返事は一度も無かった。

母の好きな香木は、何だったか思い出せない。

ああ、母は空っぽになってしまったのだ、と、思った。

ある日、母はそこで毒を飲んだ。

後天的に魔力適性が生じた事例がある、と、魔術についての教えは受けていた。

だが、自分にできることは、物体に魔力を通して少し浮かすだけだった。

ある日、庭で女の子が泣いていた。

どうしたのか、と、声をかけた。

『みんなが私を怖がるの。何もしていないのに。』

と、女の子は泣きながら話してくれた。

単純だった俺は、ただ泣き止んでもらいたくて、一緒に遊びたくて、言ったのだった。

「全然怖くなんかないのに、変なの。それより、一緒に遊ぼうよ。」

と、当時を思い出しながら、同じ言葉を呟く。

「……お兄様?」

「シア?!」

立ち上がり、声のした方を向く。

寝間着にケープを羽織ったシアが居た。

「シア、どうしてここに?サクラはどうした。」

「ふふっ、お城を抜けて来てしまいました。何かに呼ばれているような気がして。……でも、まさかお兄様だったなんて。」

雲が途切れ、月明かりが差し込み、シアの姿がはっきりと映る。

「あまり見ないでください。枝葉がかみに絡んでしまって。」

そう言って赤面するシアをみて、ふふっと笑いが零れた。

「もう!笑うなんて酷いですわ!」

そう言って膨れた後、シアも一緒に笑い出した。


ひとしきり笑い合った後、そう言えば、と気になったことを聞いてみた。

「俺の居場所が分かるのは、魔力探知をしているからなのか?」

「ええ、そうですわ。」

「俺の魔力は微量だから、そうそう分からないと思うのだが。」

「お兄様の魔力でしたら、この大陸のどこにいらしても分かりますわ!」

それはそれで怖いな、と思っていると、シアが続ける。

「……お兄様の魔力は、自分と同じように感じるのです。だから、少しの量でも分かるのです。」

目を瞑り、静かに伝えてくる。

静かに目を開き、周囲を見渡した後、満面の笑みを浮かべて見つめてくる。

「二人きりだなんて、何年ぶりかしら。」

「先日、遺跡で二人きりだと言っていただろ?」

「あの時は他の方も近くに隠れていましたわ!」

頬を膨らませて言う。

そして、改めて落ち着いた声で言う。

「ここには、私たち以外、本当に誰もいませんわ。」

その言葉とともに、シアは纏う雰囲気を変える。

「お兄様……」

シアがゆっくりと近付いてきて、胸にそっと身体を寄せてくる。

その身体をそっと抱きしめる。

「お兄様……好き、ですわ。」

「俺もだ、シア。」

「ああ……」

シアが歓喜に満ちた声を上げる。

「……お前は、俺にとって、誰よりも大切な存在だ。」

シアがより密着してくるのが分かり、抱きしめる腕に力を籠める。

それでも、この線は超えてはいけない。

俺たちは兄妹で、俺は王家を捨て、妹は王を継ぐのだから。

「……大切な、妹だ。」

「……っ!」

シアの身体が強張るのが伝わる。

少し間を置いて、シアが離れる。

「……シア?」

「私、そろそろ戻りませんと。」

そう言ってシアは後ろを向いてしまう。

「それではお兄様、また……。」

駆け出すシアを、動けずに見送ることしかできなかった。

「……涙?」

月はまた隠れ、明るさに慣れた目はしばらく何も捉えられなかった。


動けないまま、どれだけ時間が経ったのか。分からないが、長くいたような気がする。軽く頭を振り、呟く。

「俺も帰るか……。」

歩き出そうとする背に声をかけられる。

「折角来たんだ、ゆっくりしていけ。」

慌てて振り返る。

誰もいなかったはずだ。

そこには、別邸の屋根に座るフードの男がいた。

「また会ったな、シルガルド。」

「お前は、一体。」

「よっ、と。」

男は屋根から飛び降り、こちらへと歩いて来る。

結構な高さがあるはずだが、意に介していないようだった。

「なぜ、お前の名を知っているか、だって?」

そう言いながら、男はフードを下ろす。

丁度雲間から月明かりが差し込み、はっきりと男の顔を見た。

「そ、その顔は……」

父上?いや、自分の、未来の自分の相貌がそこにあった。

顔には皺が刻まれ、髪は少し白くなっている。壮年の自分の姿だった。

「そうだ。俺はお前だ。とは言っても別の存在だと思ってくれて良い。違う時間から渡ってきた。」

否定できなかった。

直観的にこの男の言っていることが正しいと感じた。

何より、その男の発する魔力の特徴が、俺だと示していた。

男はばつの悪そうな顔をしながら言う。

「お前だけを呼んだつもりだったんだが、魔力が混ざっているせいか、シアも呼ばれてきてしまったようだ。」

この男はいきなり何を言っているのか。

違う時間の自分だと言う男に混乱している頭は、その言葉を理解できない。

改まって、落ち着いた声で男が言う。

「自分に魔力が無い理由、考えたことは?」

「あるものか。生まれつきだ。」

そうだ、生まれつきだ。

元々魔力をほとんど持っていない。

「お前が本来持って生まれるはずだった魔力は、今はシアが持っている。」

「……なんだと?」

「それが、お前だけを呼んだつもりが、シアもここに来た理由だ。」

意味が、分からない。

心音が速くなっているのが分かる。

話している言葉は分かるのに、その意味が入ってこない。

「なぜ、お前はそれを知っている。」

そうだ、なぜこの男はそれを知っているのだ。

「……その話が本当だとして、シアが俺の魔力を持っているのはなぜだ。」

深く息を吐き、男は空を見上げる。

流れる雲が見えた。

少し悲しい顔をして男は話し出す。

「俺は、一度死んだ。」


月が雲に隠れ、辺りが暗くなる。

「全ての魔力と生命を使い、敵を消し飛ばした。……そこで終わるはずだった。」

男は俯いたまま自嘲気味に笑う。

「だが、俺の死を、シアは受け止められなかった。彼女は時間を戻す禁呪を発動させた。」

ゴクリと、自分の喉から音が響いた。

「時間を戻したシアは、俺が死なないようにと、俺の魔力を奪った。」

喉が渇く

心音が響く。

それでも、問わずにはいられなかった。

「それは、お前の時間でだろう。俺のいる、この時間ではない。」

こちらの疑問に、男は話を続ける。

「そうだ。元々膨大な魔力を持つシアの行った世界の改変と、魔力の強奪は、お前の魔力をシアへと移す、呪いとして世界に刻まれてしまった。」

呪い?何の話をしているのか。

心音が頭に響く。

この男が言っていることは、恐らく正しい。

だが、理解が追い付かない。

何とか、自分の中で整理しようとする。

この男は一度死んだ。

だが、シアが死の前に時間を巻き戻す。

そして、シアが魔力を奪った。

頭の中で整理するにつれて、冷静さが戻って来る。

では、呪いとは?俺の魔力がシアに移される呪い?

「シアの規格外の魔力は、元々二人分のものなのか。」

「そうだ。お前もシアも、元々膨大な魔力を持っている。それが二人分だ。そして、規格外の魔力が、より魔力を集めている。それが今のシアだ。」

王家の血統は本物だったのか。

と考えていると、男が深く息を吐き、重く、言う。

「そして、シアは感情の急激な高ぶりで魔力の暴走を起こす。」

覚えがあった。

あの時泣いていたシアの周囲はどうなっていた?

――地面に霜が降り、草花が凍り付いていた。

王女がなぜ独りで泣いていた?

――巻き込まれるのが怖くて近寄れなかった。

「本来、人の身で扱える量の魔力ではない。まだ、器が完成していないのに、魔力だけが与えられているんだ。」

男は悲し気に言う。

「シアを、助けてやってくれ。あの子は、とても弱いんだ。」

「……分かっている。」

そう答えると、男はふっと笑って言う。

「そうか、頼んだぞ……。」

ざあっと風が吹き、舞う木の葉に一瞬目を閉じると、男はもうそこにはいなかった。

そこにあった気配も、風と共に攫われてしまったようだった。

空を見上げると、月が見えていた。

周囲が明るくなっていることにすら、気付いていなかった。

まだ、頭では理解できていなかった。

が、心は男の話が真実だと感じていた。

「……急に冷え込んできたな。」

もう夏前だと言うのに肌寒い。

もう、ここに用は無い、と、ゆっくりと歩き出した。


木々の中を走る。

涙で滲んだ視界の中、何度も転び、あちこち擦り傷だらけだった。

「お兄様にとって、私は……、私は……っ!」

とても近くにいるのに、直ぐ触れられる距離にいるのに、心は、超えられない壁に隔てられていた。

私はこんなにもお兄様を想っているのに。ずっと見ていたのに。

ずっと、一緒にいたのに。

私だけ、私だけが……!

そして、また転ぶ。

痛かった。

湿った土が身体に着く。

口の中に鉄の味が広がる。

擦り傷からは血が滲み、膝からは血が流れていた。

泥だらけの手で涙を拭い、立ち上がろうとする。

そこに声をかけられる。

「お嬢様?!」

サクラがいる。

私は、いつの間に森を抜けていたのだろう。

「ああっ、お嬢様、こんなにお怪我をされて……」

サクラが心配してくれている。

「すみません、お嬢様……お一人にさせてしまいました……。」

謝らなくて良いのに。

私が自分で勝手に抜け出したのに。

うまく、言葉が出なかった。

「……ぅ……ぁ……。」

「大丈夫です、お嬢様。

ご無理をなさらないでください。

サクラがおります。

サクラが、お嬢様のお傍におります。」

そう言ってサクラが私を優しく抱きしめてくれる。

サクラの腕に抱きしめられた瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚がした。

その瞬間、私の中で何かが溢れた。

強大な魔力が瞬間的に周囲に放たれた。

魔力の奔流に晒されたサクラの服が凍り付いていく。

サクラは身体を一瞬強張らせたが、直ぐに全身の緊張を解き、抱きしめる腕に力を込めた――私はサクラの変化に気付かなかった。

サクラの指先は白く霜を帯び、唇は紫になっていた。吐き出す息は痛いほどに白かった。

けれど、サクラが抱擁を解くことは無かった。

吐いた息の白さは夜の闇を染める絵の具の様に広がっていった。


季節外れの雪が舞い出す。

音も時間も凍り付いたような静寂に包まれていた。

月明かりを遮る雲が流れ辺りを闇で覆うが、光は直ぐに戻って来る。

雪片が月明かりを反射し輝いていた。

私は、その静寂の中で、感情に任せて大声で泣いた。

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