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妹が、世界を壊す前に  作者: ピザやすし
第1楽章 果実が落ちない理由
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第3話 仮定の話は禁止です

ギルドに入ると、直ぐにリリィ嬢が駆け寄ってくる。

「ジンさん!大丈夫でしたか?」

日暮れのギルドは賑わいを潜めていた。

「ああ。先に報告した通り、盗賊に遭遇した。だが、依頼の品はある。」

「衛兵隊からも報告を受けております。その、帝国の貴族に襲われ、えっと、四肢を、粉砕した、と。その、まだ衛兵隊が帰還していないので、検分できておりませんが……。」

声を潜め、やや震えた声でリリィ嬢が言う。

「ああ、その通りだ。」

少し俯いて答える。

「そうですか……。まだ、建国祭中だというのに、どうして……。」

リリィ嬢はその顔に、これから起こるであろうことへの怒りと悔しさを浮かべていた。

「……使節団と言う旗を掲げれば、人を動かす口実になる。」

――どうして戦争をしたがるのか。

リリィ嬢が言葉を続けなかった問いに、答えることはできなかった。

「一先ず依頼の報告をしたい。依頼にあった薬草を採取してきてある。検品を頼む。」

「あっ……はい、すみません。確認します。」

暗い表情を払い、リリィ嬢はいつもの顔に戻る。

「はい、依頼の薬草、規定数あります!依頼達成です!お疲れ様でした。……本当に、無事で良かったです。」

労いの言葉とともに渡される報酬を受け取る。

ずっしりと感じる重みに対しても、笑顔にはなれなかった。


城の一室から怒気を孕んだ声が響く。

「お兄様のお顔に唾を吐きかけるだなんて、絶対に許せませんわ。」

湯浴みを済ませ、髪を梳かれながら侍女に言う。

「はい、お嬢様。ですが、あの者は利用されていただけです。」

「分かっていますわ。……これから、この件を口実に動いて来るでしょう。」

「はい、お嬢様。」

侍女は表情を変えず、髪を梳く。

「ですが、罪は、償わなければなりません。」

「はい、お嬢様。ですが……」

言いかけて、直ぐに口を閉ざす。

「いえ……。」

一瞬だけ悲し気な表情を浮かべた侍女だったが、直ぐに元の無表情に戻し、シアの髪を梳き続けた。

夕暮れから空を覆っていた暗雲は、夜の訪れに合わせてコツコツと窓を叩いていた。


建国祭が終わり、賑やかだった街も落ち着きを取り戻していた。

ジンは、楽な依頼を済ませて酒場に来ていた。

昼下がりの店内は閑散としており、楽師の奏でる弦楽器の音が、空気を揺らすのをカウンターで聞いていた。

ぐっと酒を喉に流し込む。琥珀色の液体が喉を燃やしても、胸に空いた隙間は満たされなかった。

「……俺に、力があれば止められたのか?」

呟いた言葉は誰に向けられたものでもなく、答えるようにグラスの氷がカランと音を立てる。

「仮定の話をしてもどうしようもないだろう。」

気付くと隣で、フードの男が同じようにグラスを傾けていた。

「……あんた、誰だい?」

「誰でもないさ、ここでは、な。」

そう言って自嘲気味に笑う口元が見えた。

「なあ、ジン。お前に力があったとして、何ができた?」

「……仮定の話はしないんじゃなかったのか?」

「ふっ、そうだな。」

男はグラスを置くと、真剣な顔をジンに向けた。

「お前があの時止めていたとしても、結果は変わらない。大きな流れは、そう変えられないんだ。」

「……何を言っている?」

一瞬、誰かに似ているような気がした。

だが、記憶の底に届くより先に言葉が届いた。

「はっ、若者が腐っているから励まそうと思っただけさ。」

笑いながら男はグラスを傾ける。

「なあ、ジン。お前は何を願う?」

「……何?」

不意を突かれ、男の方を見る。

手に持ったグラスが、カランと氷の音を鳴らす。

「お前の願いを信じろ。」

男はそう言ってグラスを一気に飲み干す。

理由は分からないが、この男の言葉が胸に刺さった。

「そして、その願いを手放すなよ。」

そう言うと男は立ち上がり、店から出ていこうとする。

入り口でこちらを向き言う。

「また会おう、シルガルド・ヴァルデリア!」

「っ、待て!」

追って店から出るが、その男の姿はどこにも見えなかった。

心音が頭に響いていた。

「あいつ、なぜ俺の名を……」

呟いた言葉は風に消え、喧噪の中で気にするものはいなかった。

足元の石畳を見つめる。

なぜ、あの男が自分の名を、通り名で無い方の名を、城を出てから名乗ったことのない名を、知っているのか。

「くそっ。」

かぶりを振り、溜息とともに肩を落とす。

全身にべったりと疲労が纏わりついていた。

速くなった胸の鼓動はまだ頭に響いていた。

「……帰るか。」

重い足を引き摺り、歩き出した。


その背を、遠くの屋根の上から見ているものがいた。

フードに隠れ、その表情は読み取れないが、その姿を見たものがいたならば、鋭い眼光、と評しただろう。

男は空を見上げる。

男の目は、どこまでも青く広がっている空を、慈しんでいるようだった。

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