最終話 果実は落ちた
何もない世界。
いや、何かになろうとして、何にもなれなかった世界。
妹が、壊してしまった、始まりの世界。
そこに、戻ってきた。
妹の願いを、それが正しかったと、証明すると言って出たのに、違う答えを胸に抱いていた。
「……お兄様。」
妹が声をかけてくる。
「……シア……。」
突然、様々な思いが溢れ出す。
それに耐えられず、膝をつく。
震える手で、上半身を支える。
その反動でフードが外れる。
そこにいたのは、刻まれた皺も、白髪も無い、この世界から出ていった兄の姿であった。
歪んだ視界から落ちる涙が、何もない世界へと落ちていく。
「……シア、俺……俺……っ!」
「良いのです。……もう、良いのです、お兄様。」
妹が、そう言って抱き締めてくれる。
「俺、は……願いを……お前の、願い、を……。」
妹が静かに首を振る。
「あ……。」
「お兄様は、これまで私を信じてくださいました。私は、とても幸せです。」
その言葉に涙が溢れる。
拭っても、一向に止まらない涙を、恥ずかしそうに拭い続ける兄を、妹は優しく抱きしめ続けた。
「シア。」
落ち着きを取り戻した兄が言う。
「俺に、魔力をくれ。俺から奪った分も、お前のも、全て。……それを使って、俺を、俺の存在を、この因果から消し去る。」
妹は静かに首を振る。
「なぜ――」
妹が言葉を遮る。
「お兄様、自分ばかり背負わないでください。」
呆然とする兄に、妹は笑顔を向ける。
「お兄様の導き出した答え。お兄様の願い。それを、私に叶えさせてください。」
「シア……。」
止まった涙がまた溢れた。
だが、拭うことは無かった。
「お兄様。」
そう言って、笑顔で抱き締めてくれる妹の目には涙が浮かんでいた。
それに応じるよう、兄も、涙を流しながら笑顔を作った。
「お兄様、ありがとう。」
「ああ、シア、ありがとう。」
その言葉を最期に、兄の姿が光となって分解されていく。
その光は、羽根の形を成し、舞い散っていった。
手のひらに残った光の羽根を胸に、少女は祈るように呟いた。
「さようなら、お兄様。」
その言葉とともに、一滴の涙が頬を伝い、そして、何もない世界へと落ちていった。間もなく、世界の再構築が始まる。残された僅かな時間を、少女は兄との思い出と過ごす。
暖かな日差しの下、木陰で本を閉じた少女がいた。
顔を上げると、枝先で一つの果実が静かに揺れていた。
「お嬢様、そろそろ――」
「ええ、今行きますわ。」
微笑み合い、少女は侍女と歩き出す。
急な風が吹き、果実はポトリと、地面に落ちた。




