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妹が、世界を壊す前に  作者: ピザやすし
終章

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EX-00 初源

帝国の砲撃と物量を前に、王国の前線はもはや崩壊を避けられなかった。

「シルガルド王子殿下、ご非難ください!」

近衛が言う。

シルガルドと呼ばれた男は、閉じていた目をゆっくり開き、静かに、されど圧をもって伝える。

「全軍に撤退を指示せよ。私は殿を務める。」

近衛が狼狽える。

「そ、それでは、殿下は……」

「……ここで、少なくとも帝国の鉄道に被害を与えねばならぬ。そうせねば、何度でもこの物量で攻めてくるのだ。」

近衛は静かに震えていた。

殿下の覚悟の前に、自身の役目を果たせずにいた。

「心配するな。私はヴァルデリア王国最強の魔術師。それに……。」

同じく、膨大な魔力を持つ少女の顔が浮かぶ。

「万一、私が倒れても、妹がいる。」

「殿下……っ」

近衛は自身の無力さを噛みしてめいた。

「行けっ!撤退の命を伝えよっ!」

「はっ!」

涙を浮かべたその目には、使命を果たす覚悟が灯っていた。


帝国の観測手が戦場を見ながら言う。

「王国兵、撤退してきます。」

「……大したことは無かったな。魔術師の血統を集めても、やはり個の優秀さよりも数が勝る、と言うことか。」

帝国指揮官が戦況を見ながら話す。

個よりも数。

帝国の信念であり、それこそが帝国を強国たらしめていた。

個の力が百であるのなら、それに対抗するためには二十を十集めれば良い。

それが帝国の数への信念である。

優れた個の育成には、王国の様に長い歴史の中で、少しずつ研ぎ澄ましていかねばならない。

帝国は、これに対し、個々が劣っていても、数による運用でそれを上回れば良い、という、群としての運用に長けていた。


撤退して行く王国兵を見ていた観測手が叫ぶ。

「一人、戦場に出てきます。……ぎ、銀の甲冑!シルガルド王子です!」

指揮官がすぐさま部隊に通信を送る。

「王国の誇る銀の盾だ!油断するな!千の魔術師を相手にすると思え!」

その指示に帝国の進軍が止まる。

歩兵隊が銃を構えて陣を組む。

「撃てぇ!」

帝国軍歩兵隊による斉射が、たった一人の魔術師に向けられる。

次の瞬間、撃ったはずの兵の頭が、逆に撃ちぬかれていた。


シルガルドは詠唱をしながら歩いていた。

前には帝国の兵たち。

彼らが一斉に銃を向けている。

単発式の銃だ。

列を成し、撃った兵が下がり弾を込め、その間に別の兵が撃つ。

効果的な運用であった。

シルガルドは詠唱を続けたまま右手を前に出す。

「撃てぇ!」

帝国兵が叫ぶ。

と、同時に、右手の先から空中に、魔法陣が展開される。

魔法陣は銃弾をそのまま反転させる。

撃った兵が、自分の放った弾に撃たれ、倒れていく。


目の前で倒れていく仲間に、帝国兵の中に動揺が広がる。

それが致命的な隙を生むことになる。

遠くに見えるシルガルド王子が、その剣を抜く。

そして、演武を見せるかのように、何もないところでその剣を振るう。

その斬撃は、空間を超え、帝国兵たちの胴体と首を切り離していく。

一人の魔術師に、戦場が蹂躙されていく。

「列車砲、発射用意っ!撃てぇっ!」

指揮官の命令に、列車砲が一斉に砲撃を行う。

爆発により土煙が上がる。

視界が失われる。

中からの反応は無かったが、帝国兵は緊張したまま視線は動かさなかった。


列車砲の砲撃を防ぎながら考える。

やはり、王国付近の鉄道は消さねばならない。

土煙に隠れたまま、長い詠唱の最後の一言を言い終えていた。


「高エネルギー反応!避けられま――」

言い終えるより速く、光が走る。

その光は大地から戦場を抉り取る。

国境に繋がる線路の大多数を削り取る程の、その膨大なエネルギーは、大地に、帝都まで続く傷痕を刻んでいた。


詠唱は魔力の指向性を与えるもの。

どのような性質で、どのように世界に干渉するか。

それを決めるのが魔術である。

それだけ長い詠唱を要するものは、禁呪に分類されるものが大多数である。

シルガルドが詠唱によって与えた、魔力に対する命令は、

――我が生命、我が魔力、その全てを使い、破壊を成せ

であった。

光の中、自身の命が燃え尽きていく。

これで、帝国はしばらくは攻勢に出られまい。

そう信じて、その命を閉じた。


「っ!」

何が起きたのか。

確かに魔術を使ったはず。

だが、その痕跡はない。

付近の帝国兵の気配も残っている。

晴れない視界の土煙が消えるのを待ちきれずに前に出る。

そこには何も変わらない戦場。

ただ一つ、違っているとすれば、全てが止まっていた。

時空魔術、それもこの広範囲に渡って影響を及ぼすものなど、禁呪か、それ以上のものだ。

そんなものを行使した覚えはない。

そして気付く。

自身の魔力が無いことに。

シルガルドの詠唱は確かに完了していた。

が、魔力不足によって不発したのだ。

だが、今起きている現象には説明がつかない。

一体、何が起きている?


不意に、近くの帝国兵が消える。

また一人、消える。

順に、次々消えていく。

自身を中心に、周囲が消えていく。

自国の民すらも消していく。

そして、大地が消え、空が消えた。

何もなくなった空間に、少女が泣いていた。

この、消えた世界に残された少女に話しかける。

「シア、一体、何が。」

「ごめんなさい……お兄様、ごめんなさい。壊れちゃった……世界を、壊しちゃった……」

そう言って少女は泣き続ける。

混乱する頭を落ち着ける。

考えるためにも、少女の隣に腰掛け、彼女が落ち着くのを待った。

何もない世界は、ただ、そこに在ろうとしていた。

それが叶わず、悲鳴を上げ続けている様に感じた。


落ち着いた少女から話を聞く。

話は断片的であったが、内容は理解した。

兄の死に耐えられず禁呪を発動させた妹は、兄が死ぬ直前まで時間を戻す。

けれど、戻しただけでは同じことが繰り返されてしまう。

それでは何も変わらない。


だから、過去の兄の魔力を奪い、その過去と現在を融合させることで、兄の魔力を奪った自分と、兄の死を知らない自分との整合を取ろうとした。

兄から奪った魔力が、それを可能にしていた。

しかし、世界がその矛盾に耐えられなかった。

矛盾した世界は、成立しようとして失敗を繰り返す。

そうして、壊れてしまって、成立しなくなった世界が生じてしまった。

その、因果の中心として、我々兄妹が取り残されてしまった、と。

「ごめんなさい、お兄様……私……。」

また泣き始める妹の頭を撫でる。

「シア、お前の願いは間違っていない。」

そう言うと、妹が不思議そうに顔を上げる。

「お前の願いが、正しかったと証明してみせる。人を、大切に思う気持ちが、その願いが、間違っていた、などと、私は認めない!」


証拠を見つける。

そう言って兄は他の時間を旅し始めた。

私の、世界を壊してしまった初源の願い。

その願いが間違っていないことを示す、と。

でも、私はここから兄を見ていた。

どの可能性の中でも、私が、世界を滅ぼすのを。

私が、兄から魔力を奪った、と言う因果を生んでしまったせいで。

何千、何万、何億。もう何度、兄は旅していたか分からない。

どの可能性でも、私は、兄と私の二人分の魔力を制御できず、世界と一緒に壊れていった。

私が壊れていくのを、兄は何度も、その目で見ていた。

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