第25話 抱きしめて。……そして、殺して。
王城付近では赤紫の雲が渦を巻き、雷鳴が響いていた。
飛行船を操縦する技師官が、伝令管に叫ぶ。
「これ以上の接近は無理だ!飛竜はどうだ?!」
「怯えもあるが、行けるだろう!この子たちは優しく、そして強い!」
短く、やり取りを交わす。
王城の一角に、世界から切り取られたかのような、不自然に白い空間があった。
あそこにシアが居る、と、自然と感じていた。
「飛竜隊、出撃準備!地上の様子は?!」
地上では自由同盟とギルドが避難誘導、支援、そして、退避路の確保を完了し、合図を送っていた。
「準備、完了しています!」
「よし!支援部隊は詠唱開始!」
竜の咆哮と、神政庁の祈りが周囲を包む。
王城を中心とした地面が輝き、優しい光を放ち始める。
「飛竜隊、いつでも行ってくれ!」
ジンに恐れは無かった。
突入には東国の術師五人とジンの、合わせて六人。
ジンは伝えられていなかったが、東国の術師は、災厄の魔力からジンを守るための身代わりであった。
「……行くぞ。」
短く伝え、飛行船から飛び出す。
一瞬暴風に流されるも、本来空を統べる竜、直ぐに体勢を整え、白の災厄に向かう。
その姿を、飛行船に残った皆が、言葉にならない祈りを胸に見守っていた。
白の災厄に近付くにつれて異変が発生する。
一人の術師の首が突然飛んだ。
一匹飛竜が急激に衰弱し、術者とともに砂となって消える。
「くっ、正面からの接近は無理だ!上から強引に突入する!」
そう言うと、四人は白い災厄の、更に上へと向かう。
「俺だけで良い!三人は戻ってくれ!」
その言葉に、術師は首を振る。
「我ら、この身に変えても、ジン殿を王女の下へ届けます!」
そう言って笑顔を見せる。
「お前たち……」
何が彼らをそうまでさせているのかが分からなかった。
「白の災厄に飛び降りる!飛竜は即離脱!続きたい者だけついて来い!」
そう叫ぶと同時に、ジンと術者三人が飛竜から飛ぶ。
術師が詠唱を始める。
一人ずつ、衰弱し、色彩を失い、崩れていく。
最後の一人がジンに言う。
「ジン殿、我らの想いを託します!」
そう言うと、その術者の身体も枯れ、色を失っていく。
違ったのは、完全に色彩を失う前に光が飛び出し、ジンへと吸い込まれていったこと。
ジンだけが、白の災厄の中に突入していった。
中は、とても静かだった。
ここに来るまでに、幾つもの命が失われた。
幾つもの協力の末、辿り着いた。
その中央に、静かに浮かぶ少女の姿があった。
静かに歩み寄っていく。
少女から放たれる魔力の奔流が、見えない刃となってジンに襲い掛かる。
あちこちにぴっと赤い線が走り、血が流れる。
致命傷だけは、託された光が防いでくれていた。
その中をシアだけを見て、歩き続ける。
そして、その手が届く。
シアを抱き締め、魔力を込める。
反転案術が発動する。
エネルギー放出機構が熱を、光を放つ。
魔導ワイヤーも、放出経路の役を担っていた。
エネルギー回収機構は直ぐに限界を迎え、回収しきれないエネルギーが、魔導収束砲から頭上に放たれる。
ジンの背中に、かつて光の羽を生やした傷口から、再度光が噴き出す。
魔導ワイヤーに沿って、更に二つの光の羽が作られる。
その痛みに、錬金公国の秘薬を飲み込む。
世界から異変が消えていく。
その中央にあった王城からは、天に向かって放たれる光の柱が作られていた。
そして、その柱の下には、四枚の光の羽を広げる者がいた。
「……あれ?」
人々が異変に気付く。
いや、異変が収まっていくのに気付く。
夜の闇を漏らしていた空は青を湛え、太陽は光を放っていた。
舞っていた雪の代わりに光が降っていた。
「わぁ、きれい!」
女の子が感嘆を漏らす。
手にした光は羽根の形をしていた。
光の羽根が世界に降り注いでいた。
手にとっても直ぐに消えてしまう、儚い羽根。
人々は自然と歓声を上げていた。助かったのだと。
「……お、兄……さま……?」
シアの声が聞こえた。
反転魔術による自身の魔力の奔流を受け、手足が弾けては再生していく。
その声に、動揺が広がる。
意識が戻ったのなら、暴走は止まるはずだ。
これ以上、反転させ続ける必要は無い。
そう思った。そう信じたかった。
それでも、反転魔術は魔力の指向性を内側へと押し返していた。
動揺から手から力が抜ける。
思わず手を放そうとする。
だって、このままでは、シアが消えてしまうから。
シアを、殺してしまうから。
離れようとする身体に、少女が重さを委ねてくる。
「……いいえ、そのままで。」
そう言うと、少女は笑顔を向ける。
「もう、止まらないの……だから、このままでいて……。」
魔力の奔流が、シアの身体を壊しては修復させる。
目の前が歪んで、妹の顔が見えなかった。
「ふふっ、お兄様ったら、酷い顔をしていますわ。」
「シアっ、俺、俺は……お前を……」
言葉は途中で遮られる。
「良いのです。お兄様。そのままでいてください。」
静寂が訪れる。
弾ける肉体と再生していく音が聞こえていたはずだが、とても静かだと思った。
そして、少女が願いを口にする。
「お兄様。そのまま抱き締めてください。……そして、そのまま、私を殺してください。」
その言葉とともに、シアの魔力が増える。
負荷に耐えきれなくなったエネルギー回収機構が破裂し、魔導収束砲が沈黙する。
天を貫く光柱が消え、四枚の光の羽根を持つ少年と、その腕に抱かれる少女が残る。
――シアっ!
その叫びは音にならず、光となって消えていく。
激しい光と衝撃波に、飛行船が大きく揺れる。
祈りは続けられ、竜たちも弔いとともに声を上げる。
「どうなった?!」
光が収束していく。
災厄の異変も消えている。
静かに、光が消えていった地点を見守っていた。
収束した光の下。
――お兄様、ありがとう。
シアの最期の言葉が胸に残っていた。
ジンは右腕と左脚を失っていた。
身体の痛みは錬金公国の秘薬が連れ去っていた。
腕の中にあった温もりは、もう何も残っていない。
両の目に湛えられた涙を零さぬ様、空を見上げる。
そこには澄んだ青空がどこまでも広がっていた。




