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妹が、世界を壊す前に  作者: ピザやすし
第五楽章 希望と終演の輪舞

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第23話 世界を壊す前に

静寂に包まれた会議室を、静かに破る声が響く。

「災厄についてだが、シアの、王女の魔力暴走だと、俺は思っている。」

その言葉に室内が騒然とする。

宰相は目を伏せたまま、静かに拳を握りしめていた。

「暴走状態、と、言えば良いだろうか。その状態の王女は、心を失っている様に見えた。」

一呼吸おいて、ジンが続ける。

「そして、王女は、王女の魔力は、ただ、そこにいるだけで、何もせずに世界を侵食する。」

その言葉に室内が騒然とする。

「王女の魔力は膨大だ。規格外の魔力量と、そしてその操作精度を持つ。」

技術連邦代表が息を飲む。

「王女は、平常時でも無詠唱で、魔法陣等の補助を必要とせずにあらゆる魔術を行使する。それが、転移魔術、であってもだ。」

技術連邦代表と錬金公国代表が、慌てて過去の報告資料を見直していく。

「そして、俺が最初に王女の暴走を見たのが、帝国との戦争の時だ。」

宰相は目を閉じ、静かに拳を震わせていた。

帝国の崩壊、その真実が今ここに示されていた。

「帝国との戦争の時、砲弾の破片を受け意識を失っていた。気が付いた時には辺りが異変に満ちていた。」

その言葉に、騒然としていた室内が再び沈黙を抱える。

誰もが、離される内容を正しく受け止めなければならない、と感じていた。

「何が起きているのか、初めは分からなかった。ただ、王女から放たれる魔力の奔流が、周囲の異変を引き起こしている、と、そう思った。」

「そ、それで、その暴走はどうやって止まったのだね。」

錬金公国代表が思わず割り込む。

「……分からない。俺はただ、彼女を止めなければ、と思い、近付いて行った。」

ジンの瞳に悲しさが浮かぶ。

「終わったんだ、もう良いんだ、と、伝えないといけない、そう思ったんだ。」

ギルド代表が補足する。

「ジン殿はその時に負ったと思われる、重度の怪我をしており、気を失った状態で保護されております。その時、王女を抱いていた、と言う証言もあります。」

災厄の収束。

誰もが望むその方法に、まだ手が届かない。

そんなもどかしさを皆が抱えていた。

宰相は、目を閉じたまま、静かに話を聞いていた。拳からは力が抜けていた。

「次に暴走の兆候があったのは、合同調査の時だ。」

技術連邦代表と、錬金公国代表が資料をめくる音が響く。

「俺は少女の幻影に惑わされ、平常心を失っていた。」

そう話すジンの姿は、懺悔しているようにも見えた。

「俺を救うため、王女はその幻影を消し、俺は彼女に掴みかかっていた。」

ゴクリ、と息を飲む声が、室内の緊張感を表していた。

「八つ当たりだったんだ。そう、分かっていた。そのあと、力が入らなくなって、座り込んだ。」

サクラの表情が歪む。

力の籠った拳が震えていた。

「地響きを感じて顔を上げると、王女は無表情で、立ち竦んでいた。周囲には異常が起きていた。」

各報告書に記された事象と、証言とを、技術連邦代表、錬金公国代表が照合していく。

「俺は彼女を抱き締めた。すると、意識を取り戻した様子で、周囲からも異変が消えていった。」

話を聞いた自由同盟代表が質問を投げかける。

「それでは、ジン殿、あなたが災厄を、王女の暴走を止めた、と言うことですかな?」

静かに首を振り、答える。

「分からない。王女に心が戻れば、暴走は止まっていたように思うが……」

沈黙が場を支配する。

「そして、今回。」

ジンがそこで言葉を切る。

目を閉じ、自分を落ち着かせている様だった。

室内の緊張した空気が、次の言葉を待つ聴衆の思いを語っていた。

「今回、俺は暴走の瞬間にいなかった。」

宰相が眉をひそめる。

「……陛下の、護衛として、その場にいらしたと思っておりましたが。」

「ああ。」

静かに答える。

「俺は、陛下から離れ、反転魔術の実験に協力していた。」

自嘲気味に笑うのが見てとれた。

「陛下も、それが国のためである、と、言ってくださった。」

報告書に目を通していた技術連邦代表が質問をする。

「……最初の暴走時、ジン殿が王女殿下を抱き締めた瞬間から、異変の収束が確認されています。また、同時に、光の羽の発生。」

そう言いながら、別の、まだまとめられていない仮説や実験のレポートにも目を通す。

「あなたの反転魔術は、王女の暴走を止め得る。放出される魔力の指向性を反転させられる。」

わっと歓声が上がるが、ジンの心には違和感があった。

「……それは、あの、世界を変質しうる魔力を、全てシア一人に押し付けろ、と言うことか。」

それが正しい意見であることは分かっていた。

理性と感情が、その矛盾を訴えていた。

「ひっ!」

ジンの放つ怒気に、思わず声が出ていた。

「わ、我々は、ジン殿の反転魔術に対しても研究を行っておりました。」

技術連邦代表が紙をめくる。

「魔力を伝達する魔導ワイヤー、差分エネルギーの放出弁であり、エネルギー吸収機構でも保護外套に、蓄えたエネルギーを射出する魔導収束砲を提供できます。……いずれもまだ、試作段階ではありますが。」

ジンは沈黙していた。

その手には力が籠められ、静かに震えていた。

動揺を宿した瞳と、噛み締められた奥歯が、その心情を表していた。

それらの提案が意味するところ、それは、災厄の魔力で、災厄を、シアを滅ぼしてほしい、と言うものである、と、理解していた。


オウゲツ代表の下に、その部下がやって来る。

短く何かを伝え、退室していく。

目を閉じ、祈りか、覚悟か、少し間を置いてオウゲツ代表が声を出す。

「……災厄が出現しました。場所は、ヴァルデリア王国、王城上空。」

室内が騒然とする。

思わず立ち上がり、駆け出そうとする。

「ジン様。」

行く手を阻まれ、停止する。

「……退け、サクラ。」

低く、迫力を持った声が響く。

「今、飛び出して行って、あなたに何ができるのですか?ただ、無駄に死ぬだけです。」

そんなことは分かっている。

それでも、俺は、俺が、行かないと。

あいつを、シアを、止められるのは自分だけなのだから。

「ジン様っ!」

サクラの強い声に、身体が強張る。

「今、あなたは世界の希望なのです。……お嬢様を、止められるのは、あなたしかいないのです……」

サクラの目から涙が零れる。

初めて見るその姿に、勢いは完全に殺されていた。

「……お嬢様は、他の誰に止められることも望んでおりません。ジン様、あなたに止めて欲しいのです!」

それは、シアの、そしてサクラの純粋な願いであった。

「……お嬢様を……止めてあげてください……私からの、心からの願いでございます……。」

そう話すサクラの声は震えていた。

サクラは明確には言わなかった。

――止めることが叶わないのであれば、殺してほしい、と。

その目から、涙が止まることは無かった。

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