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妹が、世界を壊す前に  作者: ピザやすし
第1楽章 果実が落ちない理由
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第2話 依頼はピクニック気分で

ギルドの中は、普段と変わらない喧噪に包まれていた。

「建国祭だってのに、ここは変わらず賑やかだな。」

そう言いながら受付に肘を置く。

「そうなんです!他国からの来賓の方が、バザーで見かけたものを大量に依頼するケースが多く、普段よりも報酬も高めで。」

話ながら大量の依頼書を仕分けているのは、王都の冒険者ギルドの顔である、リリィ嬢だ。

噂では微笑み一つで依頼の質が変わる、だとか。機嫌を損ねてはいけない相手である。

「楽して稼げる依頼、あるか?」

真剣な面持ちで尋ねる。

「またそれですか……。」

心底呆れた表情で、溜息を吐きながら言う。

「ジンさん、あなたならもっと高みを目指せるのに。」

「高みってのは、満足に腹が膨れてから目指すものだろ?」

やれやれと言った身振りで軽口を叩く。

リリィ嬢は頬を膨らませ、一枚の依頼書を出しながら言う。

「楽な依頼は無いです!……ですが、これは報酬が相場よりかなり高いです。三系統以上の魔術を使いこなせること、と言う但し書きはありますが……」

リリィ嬢が、少し眉をひそめて言う。

「三系統以上?それはまた、なかなか厳しい条件だな。」

「ええ。場所はそう遠くない遺跡で、そこまで危険は無かったと思うのですが……」

考えるような表情を浮かべるリリィ嬢に、軽く答える。

「ん、まあ、依頼としてはそこの薬草を取ってくれば良いんだろ?」

「ええ。ジンさんであれば、その、王女殿下がご一緒なさると思うので、系統は問題無いと思います。」

声を潜めてシアのことを伝えてくる。

確かに、遺跡に行くとなればシアはついて来るだろう。

どこで知って来るのか、王都の門で待ち伏せされるのだ。

衛兵も、王女が気軽に出かけていくのを、見ぬ振りで済ませないで欲しいのだが。

「まあ、だろうな。」

軽く溜息を吐きながら答える。

「その依頼、受けて良いか?その額ならしばらく飯に酒を付けても困らなそうだ。」

お酒はほどほどにですよ!とリリィ嬢が釘を刺す。

「では、こちらの依頼、ジンさんで受理します。すぐご出発されますか?」

事務手続きをしながらリリィ嬢が尋ねる。

「そうだな、特にやることも無いし、直ぐに発とう。日没までには済ませられるだろう。」

錬金公国で作っている治癒薬の手持ちもある。

大丈夫だろう。

「承知いたしました。それでは依頼の成功と、ジンさんのご無事を祈っております!」

任せとけ、と、依頼書を受け取り、力こぶを作る真似をしてみせる。

さて、このまま王都の門へ向かおう。楽に稼げてギルドも依頼主も嬉しい。

皆が得をする良い依頼じゃあないか。

自然と笑みが零れる。シアがきっと門で待っているだろう。

危険も無い依頼だ。

きっとピクニック気分でついて来るに違いない。


ギルドを出ると、視線を感じた。

一瞬ではあったが。

どこからかは分からなかった。

シアであれば直ぐに寄って来るだろうから別の誰か。

気のせいか?少し考えてはみたが、思い当たるものも無く、まあ良いか、と街路を歩き出した。

門まで来ると、案の定シアとサクラがいた。

「あっ!お兄様!」

恭しく礼をしてみせた後、シアが寄って来る。

「今日はルーゼル遺跡に薬草を採りに行くのですね。あそこは途中の泉が素敵ですよね。崩れた天井から差す光がまた、幻想的で。」

うっとりとした表情で語りだす。

「……依頼の内容まで知っているのか?ああ、その通りだ。その泉まで採取に行く。」

「お兄様の事で知らないことはございませんわ。」

上機嫌で答えるシアの隣で、サクラが舌打ちを鳴らす。

シアと俺が仲良くしているのが気に入らないようなのだが、そこまで露骨にされる程の事をしただろうか。

「まあ、そんなわけなんだが、一緒に行くか?」

「当然ですわ。泉で昼食を摂りましょう。お弁当を作らせて参りましたの。」

笑顔でシアが答える。

今にも踊り出しそうな程機嫌が良い。

本気でピクニックと勘違いしているのではないだろうか。

「歩くには少し遠い。馬を借りようと思うが――」

「その程度の距離、転移すれば一瞬ですわ。」

シアが言うなり景色が歪む。

空間魔術はかなりの高位魔術だったはず。

その中でも転移は特に難しく、安定した魔力制御と緻密な座標制御が必要な――。

と考えている間に遺跡の前にいた。

「高位魔術……だよな?」

我が愛しく優秀な妹が、自分の理解を遥かに超える魔術を無邪気に使う様に、背筋に冷たいものが流れるのを感じた。


遺跡と言えど、あちこち崩落しており、半分は洞窟の様なものだ。

目標である途中の泉で光が差し込むが、道中は松明を灯して進む。

入り口で灯りの準備をする。

「お兄様とピクニックなんていつぶりでしょうか。心が躍りますわ。」

「一応獣も要るし、依頼で来ているんだがな。比較的安全とは言え。」

「何があろうとも、私がお兄様をお守りいたしますわ。」

上機嫌のシアは、本気でピクニックだと思っているのだろう。


遺跡に入って直ぐに、違和感がざらりと肌を撫でた。

何かに見られている。

「サクラ。」

「分かっております。」

そう言うと、サクラはすっと闇に溶けて気配が消えた。

「お兄様!二人きりですわね。」

シアが抱き着いて来る。

「そうだけれど、そうじゃない。何かおかしい。一度外に出た方が――」

言い切る前に何かが飛んでくるのを感じ、咄嗟に躱す。

何かが頬を掠める。

灯りを向け、それが小石であることを確認する。

その間に、闇から出てきた男にシアが捕らえられてしまう。

「あらあら。」

何が起きたのか分かっていないような、気の抜けた声を上げるシアの喉元に、短剣が突き付けられる。

シアを捕らえた男が叫ぶ。

「動くな!動くとこの女が死ぬぞ!」

シアは笑顔を崩さないまま目を瞑っている。

男ではなくシアに向かって叫ぶ。

「シア!殺すなよ!絶対にだぞ!」

この男はおそらくシアを知らない。

この国の人間であれば知っているであろうシアを知らない。

「あ?お前、状況が分かっているのか?」

理解できない、とばかりにこちらに尋ねてくる。

「状況が分かっていないのはお前だ。……その女が誰か、知っているのか?」

「誰でも関係無いだろう。高く売れそうな、良い女だ。」

「……サクラ。」

呼ぶと、暗闇からその場に似つかわしくないメイド姿の女が現れる。

「状況は?」

「遺跡の入り口に二人、離れたところから入り口を見張っているのが三人。そして、そこに二人。」

灯りを向けると昏倒している男が二人見える。

「……殺してないよな?」

「当然です。お嬢様を知らないような連中です。」

話の分かる侍女だ。

こちらの話を聞いていた男が狼狽える。

そして、半狂乱になりながら喚く。

「お、おい!状況が分かっているのか?!動けば、この女の首が飛ぶぞ?!」

その気持ちも分からなくもない。

一瞬で状況が逆転しているのだ。

「ふふっ、首を飛ばせるものなら飛ばして御覧なさい?」

シアが笑顔を崩さないまま男に言う。

「へ?あ?」

その瞬間男の手足が凍り付く。

動かすことも、逃げることも叶わなくなっていた。

「う、うわああ!」

悲鳴を上げる男からすっとシアが離れる。

首元の短剣も、転移魔術には意味を成さないようだ。

男に向き直り、改めて尋ねる。

「さて、どこの、誰からの依頼だ?」

「し、知らん!我らはただの盗賊だ!この女が高く売れると思い襲っただけだ!」

白を切る男に、やれやれ、と言った身振りをしながら答える。

「ま、誰でも良いんだが、盗賊となれば管轄は冒険者ギルドだ。そちらに連絡はさせてもらう。」

冒険者として登録した際に渡された腕輪に触れ、短く詠唱をする。

『ギルド簡易報告術を起動。』

腕輪から鳥型の魔力が飛び出し、ジンの額に触れて遺跡の入口へと飛び去って行く。

「数刻もすればギルドから応援が来るだろう。良かったな。誰にも怪我を負わせていなくて。少なくとも極刑は無いだろう。」

ギルドは盗賊に厳しい。

盗賊の存在で流通が滞れば物価の高騰を招く。

必要な物資が届かず、人々の生活にも影響が出る。

商人が商隊を組むこともあるが、基本的には護衛も、盗賊や獣の討伐もギルドの管轄だ。

人々の生活のための国家に依らない武力、それがギルドだ。

「わ、私を誰だと思っている!」

盗賊が突然態度を変えて言う。

「盗賊だろ?自分でさっき言っていたじゃないか。」

内心、面倒事を引いたかな、と思った。

「私はゼルトヴァイン帝国ブラウハルト侯爵家の三男、ジークベルト・ブラウハルトであるぞ!」

――他国の侯爵家の人間が、なぜここに?

そう思いながらサクラの顔を伺い見ると、如何にも面倒なものを引きました、と言うような顔をしていた。斯く言う俺も、相当渋い顔をしていたと思う。

「あー、で、その侯爵家の三男様が、一体何のために他国で盗賊稼業を?」

こいつは何も知らされず、ただ使い捨てにされた駒だ。

危害を加えることは避けなければならない。

……面倒だな。

早くギルドが身柄を引き取ってくれないだろうか。

「平民風情が!口の利き方に気を付けろ!」

顔を真っ赤にして貴族が叫ぶ。

「これはこれは、大変な失礼を。まさか、他国の侯爵家の方が、盗賊に成り下がっているとは思いもせず、失礼をいたしました。」

お道化てみせる。

こちらも大事な妹に刃を向けられたのだ。

多少は言い返しておいても良いだろう。

こちらの態度が癇に障ったのか、手足の動かせない三男坊が、俺の顔に唾を吐きかける。

その瞬間、周囲の温度が下がったような気がした。

「……今、お兄様に対して、何をなさいましたの?」

シアの言葉は小さく、凍るように冷たかった。

空気がひび割れるような音を立て震え始める。

その変化に頭に血が上った三男坊は気付かない。

「貴様らなど、我が帝国の誇る技術の前には――」

「お兄様のお顔に、汚らわしいものを吐きかけた、その罪を償いなさい。」

パキン、パキン、と、氷が内側から破裂する音が響く。

次の瞬間、三男の四肢が音とともに砕け散る。

支えを失った身体が地面に落ちる。

「がっ!あ?へ?あ……腕が……脚が……」

魔力の奔流が遺跡の中に風を吹かせる。

四肢だけでなく、胴体も凍り付いていく。

「おい!シア!やめろ!」

哀れな貴族は既に気を失っている。

噛み締めたのは己の無力さ。

「お兄様の慈悲に感謝することです。その罪、本来ならば命で償ってもらうところです。」

そう言うと、呼吸を整え、シアが残念そうにこちらを向く。

「お兄様、ピクニックどころではなくなってしまいました。折角、お弁当を用意して参りましたのに……」

「あ、ああ。」

直前までの冷酷さとのギャップに上手く言葉が返せなかった。

「と、とりあえず、傷口は凍らせたままにしておいてくれ。止血の用意が無い。ギルドの到着を待とう。あと、しばらく眠らせておいてくれ。」


日が傾きかけた頃、ギルドからの要請で派遣された衛兵隊がやって来る。

襲われた時の状況、そこの四肢を失って眠らされている男が、帝国の侯爵家の三男であること等を伝える。

「戦争になれば、苦しむのは民であるというのに……」

衛兵隊の隊長が言う。

その顔には悲しみが滲んでいた。

衛兵隊との話を終えると、彼らは盗賊を連れ帰還していった。

それを見送り、シアたちの元へ戻る。

「お兄様、ご依頼の薬草を採取しておきましたわ。」

と笑顔のシアと、感情を押し殺して俯いているサクラが待っていた。

「お弁当は食べられませんでしたが、依頼も済みましたし帰りましょうか。」

シアがそう言うと景色が歪んでいく。

行きが転移だったのだから、帰りもそうか、と考えているうちに王都の門に着いていた。

先に帰還した衛兵たちは未だ着いていなかった。


「お兄様、私もお役に立てましたわ。」

そう言ってシアは満面の笑みで依頼の薬草を手渡してくる。

「それではお兄様、また。」

非の打ち所の無い、完璧な礼をして、シアは去っていく。

その後ろを、表情を殺したサクラが軽く礼をしてついて行く。

「……元々、罠だったのかもな。」

空を見上げる。

夕刻の迫った曇天から覗く朱が、少しばかり顔を明るく見せていた。

「薬草は薬草だ。困ることは無いだろう。」

そう呟き、ギルドに報告へと向かう足取りは重かった。

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