第19話 希望の再演
ギルドへと足を運ぶと、リリィ嬢が明るく声をかけてくる。
「ジンさん指名の依頼ですよ!技術連邦で行われる実験に立ち会う、陛下の護衛の依頼です。」
王国からの依頼です、と、嬉しそうに言う。
「こないだはギルドからの指名、今度は王国からか。」
溜息を吐きながら答える。
ぐったりと疲れたような身振りで顔を伏せ、考える。
――王国が今さら、俺に何の用だ?
「勿論受けますよね!移動には転移魔法陣を使って良いそうですよ!」
私、転移したことないんですよ、と羨ましそうにリリィ嬢が言う。
「……碌でもなさそうな依頼だが、断ることはできるのか?」
「ダ、メ、です!絶対に受けてください!」
やれやれ、と言った身振りをして、受領のサインをする。
「陛下がご移動される時間は明示されておりませんが、実験の日程は決まっています。本日中に移動しておいてください。」
仕方ないな、と、言う顔をして依頼書を受け取り、ギルドを後にする。
一応身なりを整えておかねばならないな、と、着替えるために宿へと戻る。
技術連邦に着くと、実験の準備が進められていた。
その中にシアを見付ける。
「シア、どうしてここに?」
一瞬緊張が解けたような声を上げるが、直ぐに冷静に答える。
「お兄様!……いえ、対災厄、その制御実験として、私の魔力が、災厄の魔力に与える影響を調べるそうです……」
そう言うシアの顔には、不安が浮かんでいた。
「……大丈夫だ。俺がいる。」
妹を実験材料にする、と聞いた兄の拳は強く握られていた。
災厄の魔力には、合同調査の際に捕縛した獣から取り出した、魔力の影響を受けて変異した肉片が用いられるらしい。
この魔力に対し、妹の魔力が抑制する力を示せば、今ある希望としての仮説が強化される。
そういう実験であった。
転移魔法陣が輝く。
シアがここにいる以上、転移してくる者は一人しかいない。
道を開け、頭を下げる。
転移魔法陣から出てきた人物は、ジンの前で歩みを止める。
「……今はジンと、名乗っているのであったな。」
「はっ。」
短く答える。
「……すまなかった。」
「……は?」
思わず素っ頓狂な声とともに顔を上げてしまう。
そこには、威厳と優しさを湛えた父がいた。
「シアを、セラフィアを頼む。……娘が心を許すのは、お前しかおらぬ。」
そう言うと、父は――国王陛下は――実験棟へと歩き出す。
その後ろ姿を呆然と眺めていた。
実験の準備が着々と進められていく。
万一に備え、物理的にも、魔術的にも隔てられた強固な防壁に囲まれた中に、シアが座っていた。
調査官たちはあちこちに指示を出し、計測の準備をしていた。
防壁は中が見えるようになっており、まるでシアを実験動物として扱っているように見えた。
シアは、静かに震えながら俯いていた。
不安そうな表情を浮かべるシアがこちらを向く。
目が合うと、ぎこちなく笑って手を振って見せる。
そうして、実験が開始された。肉片の入れられた箱が置かれると、災厄の魔力波形が観測され始める。
シアの魔力がその魔力波形を打ち消すと、おお、と歓声が上がる。災厄の魔力に対する干渉と、災厄を打ち消す可能性が高い、と、記録されている。
シアは、不安を滲ませたまま、こちらをちらちらと見ていた。
その様子に奥歯を噛み締めていた。
「ジン殿。」
不意に声がかけられる。
合同調査の時の調査官だった。
「君の反転魔術だが、幾つか検証したくてね。もしかしたら、魔力をより遠くに伝達されられるかもしれない。」
それは、触れなければ発動できない、と言う制約を、取り払えるかもしれない、と言う希望であった。
「あと、王女殿下が反転魔術を模したときに、負荷を逃がせる、と、言っていたね。あれも、もしかしたら魔導装置で再現できるかもしれない。いや、それどころか、その負荷を、エネルギーとして再利用できるかもしれない。」
冷静に、しかし熱を込めて語る。
「あの負荷が何か、分かったのか?!」
「これは仮説なんだが……」
計測機器を見ていた技官が伝える。
「魔力波不安定化傾向有り。」
シアの目は技官と話し込む兄に向けられていた。




