第17話 予兆
翌朝、調査団はこのまま帝都跡に向かうこととなった。
災厄による爪痕が、動物に、人にも深刻な影響を与えていることが分かったからだ。
帝都跡という、人の痕跡が残る地点での、影響を調査したかった。
帝都跡に差し掛かったところで調査官が叫ぶ。
「各員、止まれ!魔力波が異常だ!」
即座に調査官、術技師が集まり、護衛がその周囲に展開する。
このまま調査する必要性と危険性とを議論している様だった。
先の森での異常事態を、誰もが心に置いていた。
たとえ人の形をしていても、それが異常であるのならば、油断は即命取りになる。
帝都跡、居住区画跡から、複数の人影が立ち上がる
「……ゥ……ァ……。」
それらは、ゆっくりと調査団の方へ向かって歩き出す。
ピーッと護衛の一人が危険を示す笛を鳴らす。
全員がその方向に目を向ける。
異形の軍勢。
そう形容せざるを得ない光景が広がっていた。
遠くから、数え切れぬ程の、魔力に侵された人の形をした何か。
それらが、ゆっくりと歩み寄ってきていた。
森でのジン負傷の経緯から、接近戦は避けるべき、との共通した認識があった。
シアが前に出る。
異形を風で薙ぎ倒し、火で焼き、氷漬け、砕く。
それでも異形はなお、その数と、失った部分を瘴気で補い修復しながら、調査団を取り囲んでいく。
「シア!一片も残さず焼き滅ぼせないか?!」
「試してみます!」
その返事と共に、シアを中心とした光が放たれ、異形が滅却されていく。
調査官たちは一体でも分析したがっているようであったが、森で見た膨張、破裂を恐れ、それを提案できなかった。
「ふぅ、流石に残らなければ再生しないのか。」
「うふふ、お兄様のお役に立てましたわ。」
上機嫌で、くるりと回りながらシアが言う。
「……シア、まだ他の連中が見ているぞ。」
呆れながら言う。
「っ!失礼しました。再生可能な部位も残さず消し去れば、この、異形の軍勢も、さほどの脅威では無い、と判断いたします。」
「……あ、ああ。」
王女の見せたギャップか、それとも、存在自体を滅却する程の魔術を、無詠唱で、それも即時展開できる能力への畏怖か、調査官たちは曖昧な返事をする。
その時、物陰から声が聞こえた。
――お兄ちゃん、どうして。
瞬時にそちらに目を向ける。
そこには小さな女の子がいた。
瘴気は出ておらず、身体が透けて見えていた。
「お兄様!」
シアが即座に前に飛び出る。
「ま、待ってくれ!シア、その子は……。」
――熱い。苦しい。どうして。私が悪い子だから、神様が怒ったの?
透明な少女が訴える。
――助けて、お兄ちゃん。お母さんはどこ?お父さんは?
シアを制止したものの、次の行動が続かない。
その子は、何が起こったのかも分からず、災厄によって消された思いの一つだ。
ただ、災厄の魔力の残滓が、それに姿を与えているに過ぎない。
それでも、その訴えは、あまりにも生々しく、そして、あまりにも残酷に感じられた。
――お兄ちゃんは助けてくれないの?どうして?私が悪い子だから?
「ち、違う……。」
心音が頭に響いていた。
頭が理解を拒んでいた。
自分は生き残り、この子が死ぬ必要があったのか。
何も、分からなかった。
「お兄様!」
その声と同時に、その少女は消えた。
何が起きたのか分からず、呆然とした後、思わずシアに掴みかかっていた。
「どうして消したっ!どうして……。」
自分でも、ただの八つ当たりだとは分かっていた。
シアは、自分がその影に心を乱されているのを見て、助けてくれたのだ、と、頭では理解していた。
けれど、感情がついてきていなかった。
シアを掴む手から力が抜ける。
「あ……」
シアの気の抜けた声も、心を通り過ぎて行った。
自分の無力さを噛み締めていた。
なぜ、自分は生き残ったのか。
なぜ、あの子は死ななければならなかったのか。
目の奥が熱かった。
地面が歪んで見えなかった。
少女の影が、お兄様の心を揺さぶっているのが分かった。
これ以上はいけない、お兄様の心が壊れてしまう。
そう思うと同時に動いていた。
「お兄様!」
声が出ていた。
魔力は勝手に動き、少女の影を消し去っていた。
即座に兄に問い詰められる。
「どうして消したっ!どうして……。」
兄の顔はくしゃくしゃに歪み、涙を浮かべていた。
兄の激情に応えられずにいた。
私を掴んでいた手から力が抜ける。
「あ……」
自分がやってしまった事の重大さを思い知る。
兄は泣いていた。
思いをぶつける先が私でないことを知っているように感じた。
自分を責めているように見えた。
私は、兄がその激情を、その少女に向けていることが許せなかった。
周囲の温度が下がる。
青く広がる空に、雪が舞い出す。
季節は夏。
雪が降るはず等ない。
降り続く雪が積もり始め、日の光を反射して輝いて見える。
調査官は、報告にあった異常気象の一例として記録していく。
災厄の痕跡として報告されていた異常気象。
その時は誰もがそう思っていた。
突如、空が青から夜の闇に落ちる。
地響きが鳴り響き、空には、光の代わりに闇を放つ太陽がいた。
「な、何が起きている?!」
全員に動揺が走る。
災厄の報告にあった知覚異常。
それを思い出す者もいた。
地面の鳴動、それに気付き顔を上げる。
「シア……?」
シアは俯いたまま、その表情は見えなかった。
気付けば世界は夜の闇に沈み、月の代わりに、黒い太陽が空を支配していた。
――思い出した、これは、あの夜の……。
「シアッ!」
叫ぶと同時に抱きしめていた。
「……あ……。」
シアは涙を流していた。
視界が歪んで顔がよく見えなかった。
それでも、シアの声を聞くと同時に、世界の異変は消えていた。




