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妹が、世界を壊す前に  作者: ピザやすし
第三楽章 胎動

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第17話 予兆

翌朝、調査団はこのまま帝都跡に向かうこととなった。

災厄による爪痕が、動物に、人にも深刻な影響を与えていることが分かったからだ。

帝都跡という、人の痕跡が残る地点での、影響を調査したかった。

帝都跡に差し掛かったところで調査官が叫ぶ。

「各員、止まれ!魔力波が異常だ!」

即座に調査官、術技師が集まり、護衛がその周囲に展開する。

このまま調査する必要性と危険性とを議論している様だった。


先の森での異常事態を、誰もが心に置いていた。

たとえ人の形をしていても、それが異常であるのならば、油断は即命取りになる。


帝都跡、居住区画跡から、複数の人影が立ち上がる

「……ゥ……ァ……。」

それらは、ゆっくりと調査団の方へ向かって歩き出す。


ピーッと護衛の一人が危険を示す笛を鳴らす。

全員がその方向に目を向ける。

異形の軍勢。

そう形容せざるを得ない光景が広がっていた。

遠くから、数え切れぬ程の、魔力に侵された人の形をした何か。

それらが、ゆっくりと歩み寄ってきていた。


森でのジン負傷の経緯から、接近戦は避けるべき、との共通した認識があった。

シアが前に出る。

異形を風で薙ぎ倒し、火で焼き、氷漬け、砕く。

それでも異形はなお、その数と、失った部分を瘴気で補い修復しながら、調査団を取り囲んでいく。

「シア!一片も残さず焼き滅ぼせないか?!」

「試してみます!」

その返事と共に、シアを中心とした光が放たれ、異形が滅却されていく。

調査官たちは一体でも分析したがっているようであったが、森で見た膨張、破裂を恐れ、それを提案できなかった。

「ふぅ、流石に残らなければ再生しないのか。」

「うふふ、お兄様のお役に立てましたわ。」

上機嫌で、くるりと回りながらシアが言う。

「……シア、まだ他の連中が見ているぞ。」

呆れながら言う。

「っ!失礼しました。再生可能な部位も残さず消し去れば、この、異形の軍勢も、さほどの脅威では無い、と判断いたします。」

「……あ、ああ。」

王女の見せたギャップか、それとも、存在自体を滅却する程の魔術を、無詠唱で、それも即時展開できる能力への畏怖か、調査官たちは曖昧な返事をする。


その時、物陰から声が聞こえた。

――お兄ちゃん、どうして。

瞬時にそちらに目を向ける。

そこには小さな女の子がいた。

瘴気は出ておらず、身体が透けて見えていた。

「お兄様!」

シアが即座に前に飛び出る。

「ま、待ってくれ!シア、その子は……。」

――熱い。苦しい。どうして。私が悪い子だから、神様が怒ったの?

透明な少女が訴える。

――助けて、お兄ちゃん。お母さんはどこ?お父さんは?

シアを制止したものの、次の行動が続かない。

その子は、何が起こったのかも分からず、災厄によって消された思いの一つだ。

ただ、災厄の魔力の残滓が、それに姿を与えているに過ぎない。

それでも、その訴えは、あまりにも生々しく、そして、あまりにも残酷に感じられた。

――お兄ちゃんは助けてくれないの?どうして?私が悪い子だから?

「ち、違う……。」

心音が頭に響いていた。

頭が理解を拒んでいた。

自分は生き残り、この子が死ぬ必要があったのか。

何も、分からなかった。


「お兄様!」

その声と同時に、その少女は消えた。

何が起きたのか分からず、呆然とした後、思わずシアに掴みかかっていた。

「どうして消したっ!どうして……。」

自分でも、ただの八つ当たりだとは分かっていた。

シアは、自分がその影に心を乱されているのを見て、助けてくれたのだ、と、頭では理解していた。

けれど、感情がついてきていなかった。

シアを掴む手から力が抜ける。

「あ……」

シアの気の抜けた声も、心を通り過ぎて行った。

自分の無力さを噛み締めていた。

なぜ、自分は生き残ったのか。

なぜ、あの子は死ななければならなかったのか。

目の奥が熱かった。

地面が歪んで見えなかった。


少女の影が、お兄様の心を揺さぶっているのが分かった。

これ以上はいけない、お兄様の心が壊れてしまう。

そう思うと同時に動いていた。

「お兄様!」

声が出ていた。

魔力は勝手に動き、少女の影を消し去っていた。

即座に兄に問い詰められる。

「どうして消したっ!どうして……。」

兄の顔はくしゃくしゃに歪み、涙を浮かべていた。

兄の激情に応えられずにいた。

私を掴んでいた手から力が抜ける。

「あ……」

自分がやってしまった事の重大さを思い知る。

兄は泣いていた。

思いをぶつける先が私でないことを知っているように感じた。

自分を責めているように見えた。

私は、兄がその激情を、その少女に向けていることが許せなかった。


周囲の温度が下がる。

青く広がる空に、雪が舞い出す。

季節は夏。

雪が降るはず等ない。

降り続く雪が積もり始め、日の光を反射して輝いて見える。

調査官は、報告にあった異常気象の一例として記録していく。

災厄の痕跡として報告されていた異常気象。

その時は誰もがそう思っていた。


突如、空が青から夜の闇に落ちる。

地響きが鳴り響き、空には、光の代わりに闇を放つ太陽がいた。

「な、何が起きている?!」

全員に動揺が走る。

災厄の報告にあった知覚異常。

それを思い出す者もいた。


地面の鳴動、それに気付き顔を上げる。

「シア……?」

シアは俯いたまま、その表情は見えなかった。

気付けば世界は夜の闇に沈み、月の代わりに、黒い太陽が空を支配していた。

――思い出した、これは、あの夜の……。

「シアッ!」

叫ぶと同時に抱きしめていた。

「……あ……。」

シアは涙を流していた。

視界が歪んで顔がよく見えなかった。

それでも、シアの声を聞くと同時に、世界の異変は消えていた。

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