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妹が、世界を壊す前に  作者: ピザやすし
第三楽章 胎動

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第16話 震える手。秘めた決意。

傷の治りが遅い。

災厄による傷には治癒術式の効果が薄く、術技師が追加の薬剤を調合していた。

治癒官は交代で術式を使用していた。

彼らの顔にも疲労の色が滲む。

この治療の経過は記録され、災厄による傷の治療状況として報告される。

各国が連携して、未曽有の災厄に対する備えをしているのだった。


キャンプの中央には炎が灯され、周囲を赤く照らしていた。

交代で周囲への警戒の任に就く護衛と、休憩中に歌い踊る姿は対照的に見えた。

冒険者はギルドの運用する武力であるとともに、それぞれは独立しており、歌に秀でる者、舞踊に秀でる者など、こういった場での雰囲気を和らげていた。

技術連邦の調査官と錬金公国の術技師は、捕縛した獣の解剖、生体変化などを議論し、詳細な記録を記していた。


そんな中、シアは少し離れたところで膝を抱えていた。

「お嬢様、お食事でございます。」

「ええ、ありがとう……」

サクラが即時の準備をしていく。

「お嬢様、お食事を摂らないと、体力が持ちません。少しでも、召し上がってください。」

「ええ……分かっています……。」

そう答えるが、とても食べられる気分ではなかった。

目の前で兄が異形の攻撃を受け、そして負傷した。

制止されていたとはいえ、防げたはずだった。

護れたはずだった。

自責の念に苛まれる。

気付くと、サクラの気配が消えていた。

「……サクラ?」


もう大丈夫だろう、と、治療が終わった。

皆の顔に疲労の色が見て取れた。

「ありがとう、助かった。」

「これも、貴重な情報です。」

息を整えながら治癒官が言う。

「災厄の魔力による傷に対し、神聖術式を始め、既存の治療法の効果は限定的でした。あなたが怪我を負った事、それは決して無駄な事ではないのです。自分を責めないでください。」

医務官がそう言って励ましてくれる。

治療にあたってくれた各国の、全員がその言葉に頷く。


まだ無理はしないでくださいね、との言葉を背に受けながら、医務テントを出る。

歌や踊りに盛り上がる者もいれば、確保した獣の調査をしている者も見える。

各々がそれぞれの責務を果たし、つかの間の休息を享受していた。


その中からシアの姿を探す。

離れたところに一人でいるのを見付け、近寄っていく。

「珍しいな、一人だなんて。サクラは?」

「ええ。つい先程まで、一緒にいたのですが……。」

さては、自分が来ることを見越して気を遣ったな、と、思いながら、シアの隣に腰掛ける。

「すまない、心配をかけた。」

「本当に心配をしました。無茶はなさらないでください。」

シアは俯きながら、静かに言う。

「そう言えば、シアは怪我していないのか?」

袖が破れているのを見て、尋ねる。

言われて初めて気が付いたように、シアが自分の腕を見回す。

そこには血も傷も、その痕跡すらも見当たらなかった。

「……大丈夫そうですわ。衣服だけ、掠めたのでしょうか……。」

「そうか、無事なら良いんだ。」

と安堵の溜息を吐く。

「大事な妹に傷を付けたとなりゃ、父上が立場を忘れて怒鳴りつけに来るからな。」

やれやれ、といった大げさな身振りにシアが笑う。

「ふふっ、お父様ならやりかねませんわ。」

そう言いながら笑うシアに、先ほどまでの暗い雰囲気は無かった。


「お兄様。」

真剣な面持ちでシアが言う。

「……どうした。」

受け止めつつも、平静を装う。

「私、とても、怖いのです。」

どこか遠くを見ながら、シアが言う。

「お兄様が傷付くのを見ると、心が張り裂けそうになるのです。」

そう言うシアは、小さく震えていた。

「……心配をかけて、すまなかった。」

そう言って、震えに手を重ねる。

シアは、一瞬身体を強張らせるが、その手にもう一方の手を重ねる。

「お兄様、ご無理はなさらないでください。私は、私には、お兄様しかいないのです……っ!」

ふと、孤独だった自分と、恵まれながらも孤独だったシアを思い出す。

重ねられた手を持ち上げ、顔の前で両手で包む。

「……大丈夫だ。俺を、信じてくれ。」

涙で顔を歪めながらも、無理矢理笑って見せてくれる妹を、守ってやれるのは兄である自分だけだ、と、感じていた。

シアの手を包む自分の手は、そこにもう不安を感じてはいなかった。


欠けた月が、かつての賑わいを懐かしむ様に、静かに、一夜の宴を見守っていた。

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