第15話 届かなかった手
鬱蒼とした森に入り、一行は止まる。
倒木が道を塞いでいた。
「異常魔力波形の観測地点はこの付近の筈だ。何が起こるか分からない。皆、警戒してくれ。」
技術連邦の調査官が、全員に聞こえるように声を上げる。
倒木をどうするか話し合っている調査官たちに、ジンが尋ねる。
「この木、どかせば良いのか?」
「ああ。しかし、切るにしても時間がかかってしまうな。」
ジンが倒木に手を置く。
「浮かすから手伝ってくれ。上に行きすぎないよう、押さえていて欲しいんだ。」
調査官たちは疑問を浮かべながらも、分かった、と従う。
倒木に魔力を通わせる。
調査官たちは、急に浮き上がる倒木に、慌てて体重をかけて押さえつける。
「……そのまま横に動かすぞ。」
ジンが倒木を少しずつ動かしていく。
その顔には汗が流れていた。
道を塞ぐ木が除かれ、調査官たちは改めて現在地と観測された地点、現在の観測状況を確認する。
ジンはその近くで休んでいた。
調査官の一人がジンに話しかける。
「あれは何の魔術なんだい?浮遊魔術を対象にかけているわけでは無さそうだったが。」
「……自分でも良く分かっていないんだ。魔力を込めた物の、落ちる方向を反転させているみたいなんだ。」
「なるほど、魔力を込めると……。」
魔力、伝搬、……鉄道……と、調査官が呟きながらメモを取っている。
近くで一連の作業と会話を見ていたシアが口を挟む。
「違いますわ、お兄様。それは、向きを反転させているのですわ。」
言うと、近くの小川に目を向ける。
つられて同じ方向に目を向ける。
「見ていてくださいね。」
そう言うと、小川の、ある範囲に入った水が、空へと滝の様に落ちていく。
光が屈折して虹が生じる。調査官が現象を見ながらメモを取り、そして尋ねる。
「すごいな、重力を反転させているのか?!」
「落ちる力、重力と呼ぶのですね。ええ、それを反転させています。」
言い終えると、空から大量の水が降ってくる。
調査官はメモが濡れぬ様、慌てて体で覆い隠す。
「方向性を持つものでしたら、大抵のものは反転させられます。」
唖然としながらジンが問う。
「シア、この魔術、知っているのか?」
シアは静かに首を振る。
「いいえ、聞いたことのない魔術です。お兄様のを見て、真似てみましたの。」
無邪気に微笑むその顔に、場の空気が一瞬和らいだ。
「すごいな……」
改めて妹の凄さを思い知らされる。
「そうだ、これ、使った時に体に負担かかからないか?!重さを感じるような。」
自分の感覚の答えを求めるように妹に問う。
「ええ。ですが、その負荷を逃がしてしまえば問題はありませんわ。」
負荷を逃がす?どうやって?
隣で話を聞いていた調査官が、何やらメモを取りながら呟いていた。
「反転……エネルギーの保存は……負荷……?差分エネルギー……?」
シアがくるりとこちらを向いて笑顔で言う。
「それよりもお兄様、すごいですわ!未知の魔術です!大発見ですわ!お兄様の名が歴史に残りますわ!」
嬉しそうに、興奮気味にシアは語る。
突然、荷を引いていた馬が怯えだす。
一瞬にして皆が臨戦態勢に入る。
「ひぃっ!」
非戦闘員である調査官、術技師が震えだす。
「……サクラ。」
呼んだ後で、あっ、と思う。
今は公に侍女として来ているのだから、表には出てこないはずだ。
「……獣の群れの様です。数までは分かりませんが、囲まれています。」
サクラは律儀に答えてくれる。
東国のシノビだったかの家柄で、シアの母親の家に代々仕えている、と聞いたことがある。
――魔術師のシアの補助役として武芸に秀でているが、シアの魔力の前では披露する機会もあまりないようだが。
お嬢様の安全のためです、と、サクラが静かに呟く。
唸り声が周囲を満たす。
痺れを切らした一匹が飛び出してくる。
口や目――体内から紫の瘴気を噴き出しながら襲い掛かって来る獣を、一瞬でシアが蒸発させる。
「ち、調査したい。」
調査官が震えながら言う。
「い、生きたまま、捕らえられないだろうか……か、可能な限りで良い。」
シアに任せると、先の獣の様に形すら残らないだろうな、
と、考えながら答える。
「善処しよう。」
そう言ってシアの方を向く。
「シア!俺を向こうの木まで飛ばせるか?!」
「お任せください!」
転移魔術で群れの反対側へ移動する。
「て、転移魔術?!一人で……その精度で?!」
調査官が驚いているが、今はそれどころではない。
突然背後に出現した生き物の匂いに、群れの統率が崩れる。
その隙を誰も見逃さなかった。
護衛は二手に分かれ、非戦闘員の安全を確保するものと、獣を倒すもので綺麗に役割分担ができていた。
ジンはシアから聞いた反転魔術の性質を頼りに、飛び掛かってくる獣を弾き返して別の個体にぶつけながら突破口を穿つ。
シアの下に戻ると、襲い掛かって来る獣をサクラが的確に気絶させていた。
それを見て、十分数確保できていると判断し、号令を出す。
「全員下がれ!シアの魔術で一掃する!」
咄嗟に前衛が下がり、シアの電撃が放たれる。
直撃を免れた個体は電撃で痙攣しているが、生きてはいるようだった。
かくして、獣たちは捕縛、制圧された。
技術連邦の調査官と錬金公国の術技師が、瘴気を放つ獣を観察し、解剖し、調べていく。
「災厄の残留魔力による生体変化……ここまでとは……」
術技師が呟く。
「……ゥ……ァ……」
人の声が聞こえた。
シアがその方向に対峙する。
「待てっ!シア!人だ!」
「ですが……。」
シアを制止し、前に出る。
姿を現したのは、先の獣と同じように、顔から紫の瘴気を放つ、人の形をした何か。
「っ!」
人の姿をし、目や口、鼻から瘴気が出ている。
ふらふらと、身体を揺らしながら歩いて来る。
その姿に動揺する。
「……タ……スケテ……」
その言葉に心が揺れる。
こいつは、まだ、人の心が。
その人の形をした何かは、ゆっくりと近付いて来る。
それが伸ばした手を、思わず掴もうと手を伸ばす。
突如、その何かの上半身が膨張する。
何が起きたのか分からず硬直してしまう。
「お兄様っ!」
シアが駆け出す。
破裂音と共に、その何かの上半身が弾け、肋骨が飛来する。
硬直した身体では避けきれず、肋骨の直撃を受ける。
一本の肋骨が、慌てて駆け寄ってきたシアの腕を貫く。
ギルドの護衛が叫ぶ。
「負傷者だ!治癒を!」
……完全に油断した。
何が起こるか分からない危険な調査だと聞いていた筈だった。
後送され、治癒官の術式を受ける。
災厄の魔力に侵された骨が刺さった部位は、治癒の効果が薄いらしい。
錬金公国の用意した治癒薬、止血剤を併用しての治療を受ける。
自分の愚かさを噛み締めながら、自分の治療のために尽力する仲間を見ていた。
人の形をした何かの、急激な魔力の膨張に咄嗟に叫んでいた。
「お兄様っ!」
だが、間に合わなかった。
兄は負傷し、治療を受けている。
お兄様を護れなかった。
こんなに近くにいたのに。
悔しさに満たされていた。
自身の無力さに震える彼女の負った傷は、後送されていく兄を見ている間に、傷など初めから無かったかのように、きれいに消えていた。
周囲の安全の確認が行われ、ここでキャンプをすることが決定された。
確保した個体の調査、負傷者の治療、それらを鑑みても妥当な判断であった。
空には星が輝き、虫の声が聞こえていた。
各々が自らの役目を果たしながら、夜を迎える。




