第14話 再会。そして――
ギルドの会議室に入ると、覚えのある顔を見付けた。
「お!あんたも参加するのかい?」
民間人救助の時に、声をかけてきた女冒険者だ。
「ああ、ジン、だ。また会ったな。」
そう言って軽く握手をする。
「あたしはルティーナ。ルティで良いよ。」
笑いながら、快活な声で話し出す。
「しっかし、よく無事だったねぇ。何でも神の裁きだ、とか言われているそうじゃないか。」
その言葉に、神政庁から来ている治癒官がわざとらしく咳払いをする。
あちゃっと照れ笑いをしながら、声を潜めて尋ねてくる。
「王女殿下を救ったんだって?お手柄じゃないか。」
「……そうらしいな。悪いが、覚えていないんだ。」
一瞬驚いた後、少しだけ目を伏せて、彼女は笑った。
「ホントに、無事で良かったよ。」
話をしている間に、続々と調査に参加する面々が集まって来る。
先に着いていた神政庁の治癒官に、技術連邦の調査官、錬金公国の術技師。
今回の調査の重みが言わずとも伝わってくる。
そこに、足音が一つ、部屋に響いた。
現れたのは王国の魔術師。
その特徴的な長い黒髪と蒼い外套。
誰もが知るその姿は、王国第一王女、セラフィア・ヴァルデリア、その人であった。
「ご列席の皆様、王国より、此度の合同調査に参加いたします、セラフィア・ヴァルデリアです。以後、お見知りおきを。」
完璧な礼法、透き通る声、隙の無い表情。
侍女のサクラが一歩引いて控え、周囲の目線を丁寧に受け止める。
技術連邦の調査官がわずかに眉をひそめる。
錬金公国の術技師は、これはこれは、と興味深そうに王女を観察する。
「王女殿下自らとは。驚きました。王国も、この調査に全面的にご協力くださる、と言うことですね。」
神政庁の治癒官が穏やかに問うと、王女は一礼し、凛とした声で答える。
「未曽有の災厄を前に、我々は手を取り合わねばなりません。私もまた、あの場にいた者の一人として、この目で確かめねばならぬのです。」
室内がしんっと静まる。
誰もがその決意の重さを感じ取っていた。
そうして、今回の調査の目的が共有される。
異常魔力波形の観測。
それが災厄の兆しであるのか、またはその爪痕なのか。
それらを明確にするための調査である。
休憩時間、ブリーフィングの場を離れ、調査団の面々が食事や準備に散っていく。
ギルドの食堂に、ジンとシアの姿があった。
サクラは料理人との打ち合わせのために席を外していた。
「……ちゃんと王女様しているんだな。」
「あら、お兄様、ご存じなかったのですか?私は、王女、なのですよ?」
ふふっと控えめに笑う。
「お兄様が参加されるだなんて知りませんでしたわ。嬉しく思いますわ。」
頬を緩ませ、上機嫌で語る。
いつものシアがそこにいた。
サクラが戻ってきて、簡易な食事を並べる。
「申し訳ございません、お嬢様。調査中のお食事は、満足なものとは言えませんが……」
「構いませんわ。お兄様と同じものを頂けて嬉しいですわ。」
サクラは軽く礼をし、無言でシアの後ろに控える。
シア、だな、と、心の内で再確認する。
何か心にざらつくものを感じたが、何かは分からなかった。
翌朝、調査団は出発の準備を整えていた。
魔導機器、観測装置、錬金術的分析機器などが馬車に積み込まれていく。
観測ポイントに向かう道中の、旧帝国領内の影響調査も兼ねた合同調査である。
ギルドからの護衛として来ているジンは、周囲に気を配りながらも落ち着いていた。
「ジン様。」
……油断していたわけではないのだが、背後から突然声をかけられる。
「サクラ、驚くだろうが。」
「常に気を張っていてください。護衛なのですから。」
抑揚を抑えて言い放つ。
「ジン様、お嬢様をお願いします。お嬢様には、ジン様でないと、ダメなのです……」
声に、次第に悲痛な祈りがのり始める。
「……ああ。分かっている。」
出発の準備は着々と進んでいく。
もうすぐ出発することになるだろう。
遠くの雲を見ながら、朝の陽ざしを感じていた。
一行は旧帝国領に向けて出発した。
シアは馬車に乗らず、ジンの隣を歩いていた。
「……お兄様、私、あの夜のことを思い出せないの。」
そう言うシアの手は震えていた。
「……俺も、なんだ。気付いたらギルドの医務室にいた。」
そう言って震える手を握る。
シアは一瞬驚いたが、直ぐに握り返す。
「……お兄様が居てくだされば、安心できます。きっと、大丈夫だと信じられます。」
手はもう震えてはいなかった。
歩幅も自然と揃っていた。
青空の下、一行は進む。
雲が、まるで導くかのように、ゆっくりと浮かんでいた。




